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17.

蔵人達を待っていた兼時は、早良と紫遠を見て訝しんだ。

「何だ?その者達は。」

「狗那の者だ。」

「何!?」

狗那と聞いて兼時の中に沸き上がるものがある。

「そう怖い顔をするな。この者達をどうこうしたとて意味はあるまい。」

蔵人に言われ兼時は、そっぽを向く。

「そなた達は、何処の集落の者だ?」

早良も紫遠も答えない。

「恩川ではないのか?」

蔵人の言葉に早良の顔に驚きが浮かぶ。

「やはりな…出穗にてそなたの顔を見て、どこぞで見た気がしていたのだ。そなた、夷那殿の娘であろう?」

早良が更に驚く。

「里嶺の丹生殿は息災かな?」

「お前、何者だ!」

「あれは、18年前だ。封海と2人で瀬戸内を渡り狗那に赴いたのは。」

「兄上は狗那に行った事があるのですか?」

晴明が問う。

「ああ、周りの大人達が皆、狗那は恐ろしい所だの鬼が棲むなどと言うのでな。本当に鬼が居るなら退治してやろうと思うたのだ。」

「馬鹿であろう?」

封海の揶揄に、晴明は呆れ顔だ。

「馬鹿とは何だ。」

「おかげで、あの時は散々な目に合うたわ。」

「何があったのですか?」

晴明が問う。

「山の中で道に迷ってな、尾根を目指して登っている最中に、こいつが猪の罠に掛かってな、狗那の者達に捕まったのだ。」

「子供とは言え、都の人間、周りは屈強な身体の大人ばかり、散々小突かれた。」

「それで、どうなったのです?」

「連れて行かれた集落が恩川だった。そして夷那殿が、私の有様を見て私を捕らえた者達を叱咤したのだ。たとえ都の者とは言え子供相手に何をしておるのか、とな。」

「それで?」

「その時、丁度、丹生殿が尋ねて来ていたのだ。それで私の処遇をどうするか話し合っているところに蔵人が飛び込んで来て暴れ回ったのだ。伽魚を返せと怒鳴りながらな。」

「そうであったな。」

「それで、どうなったのです?」

晴明が興味津々で目を輝かせながら問う。

「そこは、幼き頃より力が強かったとは言え、多勢に無勢、あっという間に取り押さえられた。まあ、それまでに5.6人の大人が昏倒していたがな。それで、周りの者達がこやつ等は危険だと言い出してな。私は殺されると思ったよ。」

「でも助かった…」

「そう、取り押さえられている蔵人を見て、丹生殿が言うたのだ。」

「何と?」

「神の子を手に掛けては成らぬ、と。」

封海の言葉に、晴明は驚いた。

「そんな事を言うたか?」

蔵人が不思議そうに聞く。

「そなたは散々殴られて気を失うておったでは無いか。」

「お待ち下さい。それでは、その丹生殿という方は、兄上が須佐之男と櫛名田比売の末裔だと分かったと?」

「さて、そこでだ。」

封海は、早良達に向き直り問うた。

「そなた達は、須佐之男や櫛名田比売を奉ったりしておるのかな?」

封海の問いに、早良は首を傾げ、

「そんな話しは知らぬ。」

と、言った。

「では、そなた達の奉じる神は何だ?」

「それは…」

「それくらい言うても差し支え無かろう?」

支那祢しなね様だ。」

「支那祢の由来は確か、風の神である支那都比古から来ておるのだったな。しかし、狗那の社に祭られている主祭神は一言主神ひとことぬしのかみだ。」

「一言主神は、吾が賀茂氏の祭神ですよ。」

晴明が驚いて言う。

「そう、それにな晴明。一言主神は事代主神ことしろぬしのかみと同一とされているのだ。」

「事代主神!?それは、つまり…」

「そうだ、大国主の子という訳だ。」

「何と…しかし、丹生殿は何故、分かったのでしょう?」

「それは分からぬ。」

「聞けば良い。」

蔵人が言う。

「聞く?」

「丹生殿本人に聞けば良いでは無いか。」

「しかし、相手は狗那に居るのですよ。」

「だから会いに行く。どの道、今度の騒動が収まった暁には赴くつもりだからな。」

「兄上は、狗那に行くつもりなのですか?」

「お前も行くか?」

「是非とも。」

晴明は、目を輝かせて言った。

「お前達は一体、何の話しをしているのだ?神の子やら何やら…」

早良が呆れた樣に言う。

「この無駄に身体の大きい男は、本当の名を顕国玉と言う。芦原醜男、つまり大国主の生まれ変わりと言われている。」

「この男が!?ふん、馬鹿馬鹿しい。」

「だが、実際この男は須佐之男と櫛名田比売の末裔なのだ。」

「須佐之男も櫛名田比売も所詮は神話の事では無いか!」

「逆だ。この男の父母が神話になったのだ。」

「何だ、それは?」

「須佐之男も櫛名田比売も人だと言う事だよ。」

「くだらない。」

早良が言う。

「そうだ。くだらぬ話しは辞めにして、肝心な話しをしようでは無いか。」

蔵人の提案を、早良が訝る樣に見た。

「そなた、名は何と言う?」

蔵人の言葉に早良は、そっぽを向く。

「坊主、そなたの名は?」

蔵人は紫遠に向かって言った。

「…紫遠。」

「こ、こら!」

「紫遠か、良い名だな。こっちは、そなたの姉か?」

紫遠が、コクりと頷く。

「早良だよ。」

「紫遠!黙れ!」

「早良か、良い名では無いか。恥ずかしがらずに申せば良いに。」

「恥ずかしがってなど居らぬ!」

早良が顔を赤くして怒鳴る。

「早良よ。これより話す事は、そなた達、狗那に取っても悪い話しでは無い。今、吾等は朝廷に政変を起こそうと考えておる。」

「何!?」

「国政を危うくさせておる梶原を始め、内裏の者共を一掃しようと考えているのだ。その為には今、そなた達に朱賢門院に手出しされては困るのだ。」

「それはまことか!」

「ああ。」

「しかし、この男は梶原の者であろう。」

早良が兼時を指して言う。

「この者が、梶原の世に終いを着けるのだ。」

「親兄弟が相手でもか!」

「そうだ…」

「そなたに問うておるのでは無い!」

早良は兼時に向き直り問うた。

「どうなのだ!?」

問われた兼時は、暫し考え語り始めた。

「俺は、生まれながらにして梶原の恩恵を受けて来た。祖父は太政大臣であり、父は既に参議であった。兄は幼い頃から聡明で将来を嘱望されていて、俺もまた同じく期待された。だがそれは、梶原の身内のみの事で、外に出れば皆、腫れ物に触るかの如く振る舞うのだ。大人ばかりでは無い、同じ年頃の者達もすれ違う度に頭を下げるのだ。話しの輪に加わろうとすれば皆、押し黙り今まで話していたのを止めてしまう。恵まれておったのかも知れぬが、言い樣の無い寂しさもあったのだ。そんな時、俺に対し普通に話し掛けてくれた者があった。」

「兄上ですか?」

晴明が問う。

「いいや、この封海、佐伯伽魚であった。伽魚は俺に対し臆する事無く話し掛けて来た。俺は、それが嬉しくてなあ。時が過ぎるのも忘れ、話したい事を話し、聞きたい事を聞いた。正に生涯の友を得た気持ちであったのだ。その時、いきなり後ろから小突かれたのだ。」

「小突かれた?」

「小突いたのは、この蔵人であった。」

「何故、兄上は小突いたのですか?」

「何の事は無い、俺と伽魚が親しげに話しをしているのが気に喰わなんだのよ。要はやきもちだな。」

「それで、どうなったのですか?」

「いきなり小突かれたので、俺も腹が立って喧嘩となった。まあ、喧嘩と言うても殆ど、俺が殴られ投げ飛ばされておったのだがな。」

「ところが、兼時殿が参ったせずに延々と掛かって来るでな、蔵人の方が呆れておったわ。」

「嬉しかったのだ。俺を相手に平気で拳を振るう蔵人の有様が。」

「殴られながら笑うておるのだぞ。気味が悪いわ。」

蔵人が顔を歪めて言う。

「兼時殿が、余りにしつこいのでな。終いには蔵人が投げ出したのだ。もう良い、終いだ。と言うてな。」

封海の言葉に、晴明はニヤリとして言った。

「何だ、兄上も負けた事が有るではないですか。」

「負けてはおらん。」

封海と兼時が笑っている。

「まあ、それ以来、この2人は俺の生涯の友となった。故に、この者達が目指すものは、俺が目指すものでもある。たとえ相手が親兄弟であろうとな。ましてや今度の事は余りにも赦せぬ。敬子が事のみなれば未だしも、無実の鳴無殿まで巻き込み、その目的が実の父を追い落とす為とは情けない話しだ。」

早良は、兼時の話しを神妙に聞いていたが、徐に顔を上げて言った。

「その話しを信じよと言うて、にわかに信じられるものでは無い。」

「大丈夫だよ早良。この人は悪い人じゃ無い。」

それまで黙っていた紫遠が朴訥と言った。

「紫遠、お前…」

「大丈夫。」

「紫遠よ、悪い人では無いとは誰の事だ?」

と、蔵人が問うと、紫遠は黙って蔵人を指差した。

「確かに、こやつは悪い人間では無い。人たらしではあるがな。」

封海の言葉に、兼時と晴明が声を上げて笑う。

「もう良いわ。」

蔵人は、バツが悪そうに言うと、晴明に問うた。

「晴明から見て、紫遠の力、どう見る?」

「そうですね…才だけを見れば、私より上かも知れませぬ。先刻の呪も並の者であれば、それこそ当人の気付かぬ内に自在に操れましょう。」

「それ程のものか…」

そう言う蔵人の顔がニヤニヤしている。

「兄上、また悪巧みですか?」

と、晴明が問う。

「早良、ちと紫遠を貸してくれぬか?」

「何をさせるつもりだ?」

「それはな…」

蔵人は、そっと早良に耳打ちをした。

早良の目が、見る見る丸くなり、話しが終わるとニヤリとして、

「面白い。」

と、言った。

「何をさせるのだ?」

封海の問いに、蔵人はニヤニヤしたまま、

「まあ、見てのお楽しみだ。」

と言う。

「では、早速。」

と言う早良に、

「頼むぞ。」

と蔵人は言って見送った。



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