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16.

氏時を尋ねた藤次は、手下の彦一の報告をどう伝えるべきか思案していた。

そうしている内に氏時がやって来た。

「待たせたな、藤次。」

藤次は、有りのままに伝える事にした。

「良い知らせか?」

「さて、良いと言えますかどうか…」

「何だ?」

「実は、晁門を見張らせている者からの報告に依りますと、晁門は、このところ長嶋猛麻呂と共に封海の屋敷を尋ねている樣で、恐らく今度の朱賢門院様の件で、猛麻呂の妹を救う算段をしておるものと思われまする。」

「思われるとは、どういう事だ?確かめたのでは無いのか?」

「それが…その者、彦一と申すのですが、晁門達の会合の内容を確かめようと、封海の屋敷に忍び込もうとしたところ、これが入れませなんだ。」

「入れぬ?何だ、それは。」

「言葉通り入れぬのです。」

「そんな訳が無かろう。」

「手前も、そう思い試しましたところ、確かに入れぬのです。何やら見えぬ力に押し返されるかの如く。壁を登ろうと鉤縄を投げても掛からず、山側の木から飛び移ろうと、届いておる筈なのに届かぬのでございます。」

「どういう事なのだ?」

「恐らく、何かの術とか結界の樣なものが施されておるものと思われまする。」

「それはつまり、封海の元に呪師の樣な輩が居るという事か?」

「それが定かでは有りませぬ。何分、晁門を見張らせおります故、そちらに手が回りませぬ。」

「晁門が事はもう良い。あやつは都に居る故、何とでもなろう。その術を施しておる者が何者であるのか、早急に突き止めよ。」

「はっ。」

藤次は、恭しく平伏し、氏時の居室を後にした。



封海の屋敷では、封海と蔵人、更に兼時が座を囲んでいた。

「蔵人、何やら毎日、酒ばかり飲んでおるが、良いのか?」

兼時が問う。

「良いのだ。果報は寝て待てと言うでは無いか。」

「寝ずに飲んでおるでは無いか。」

「細かい事を申すな。それより、お前の腹は決まったのか?」

「…ああ、たとえ親兄弟と言えど、お上や関係の無い無実の者まで巻き込むは赦されぬ。」

「なら、これをやる。」

蔵人は、そう言うと一本の太刀を差し出した。

「これは!?熊手の太刀!坂田の家宝では無いか!」

兼時が驚く。

「俺には必要無い。」

「しかし…」

「良い。お前が、それを抜く時、それに俺の思いも乗る事になろう。」

「…お前は、俺に重いものばかり背負わすのだな。」

「梶原に生まれた運命と諦めろ。」

「ん?」

2人の話しを聞いていた封海が、天井を見やる。

釣られて蔵人と兼時も見上げる。

そこに一匹の紫色の蝶が舞っていた。

「晴明の戯れ事か?」

蔵人のその言葉を待っていたかの樣に、蝶は一枚の白い紙に変じ、3人の間にひらひらと舞い落ちた。

封海がその紙を手に取り見た。

「むっ!?」

「どうした?」

「これを見よ。」

差し出された紙を蔵人が覗くと、そこには¨南¨と一文字書かれていた。

その瞬間、蔵人は傍らに置いてあった大剣・天叢雲剣を取って立ち上がり背負うと言った。

「封海、行くぞ!」

「ああ。」

言われて封海も立ち上がる。

「何処へ行くのだ?」

兼時が問う。

「お隣りだ。お前は待っておれ。話しがややこしくなっても困る。」

そう言って出て行く2人を兼時は見送った。



朱賢門院敬子は、騒動の詮議が行われるまで、南殿離宮に蟄居の身となっていた。

浮かぶ月も今宵は物悲しさを感じる。

その時、表の方が何やら騒がしくなった。

音平の声だ。

「お待ち下さい!晴明殿、余りにも無礼ではありませぬか!」

その声が、だんだんと近づき、やがて敬子の居室までやって来た。

いきなり障子が開け放たれ晴明が現れた。

「晴明?どうしたと言うのじゃ?」

問い掛ける敬子を無視して、晴明はづかづかと入室すると、懐から小刀を取り出すと敬子の胸を突き刺した。



蔵人と封海が南殿離宮に辿り着くと、中から女の叫び声がした。

衛兵達は、何も言わず叫び声も聞こえぬかの樣に立っているだけだ。

とにかく2人は中に入って行った。

すると、廊下を奥の方から這う樣に逃げて来る音平を見つけた。

「音平殿!何があったのだ!」

封海が問う。

「封海様!…晴明殿が…晴明殿が乱心なされて…女院様を殺めてしまいました…」

「何!?」



その騒ぎを庭から眺めている者がいた。

早良と小柄な少年、紫遠であった。

「ふん、侠鮮の呪師を倒した手練というたところで、他愛もないでは無いか。」

「確かに、他愛もないですね。」

「何!?」

後ろから声を掛けられ、振り向こうとした早良は首筋にチクりとした痛みを感じ、身動きが出来無くなった。

前に居た紫遠が振り返って身構える。

「動くで無い。動けば、この者の命は無いぞ。」

早良の首筋に、針を突き立てて言ったのは、晴明だった。

「お、お前…何で…」

「確かに、その者、幼いが大した力を持っている樣ですが、己が呪を返された事に気付かぬとは、まだまだですね。」

「いつの間に…」

「螺鈿門を潜った時ですよ。そして、この離宮に入る時、離宮全てに呪を掛けました。あなた方は今、私の呪の中に居るのです。見なさい。」

晴明に言われ見ると、敬子は何事も無かったかの樣に座したままだ。

そこに音平が、蔵人と封海を伴ってやって来た。

「女院様!」

「何です?騒々しい。」

敬子の姿を見て、音平が目を丸くする。

「兄上、こちらです。」

晴明の声に、蔵人が振り向く。

庭に下り、近づいて来た蔵人が、早良を見て言った。

「おっ、お前は、出穗にて鬼丸と一緒に居た女だな。」

その蔵人に、紫遠が飛び掛かる。

だが、蔵人はその紫遠の首根っこを無造作に掴み上げた。

「なかなか元気だな。」

そのまま振り向くと、封海に向かって言った。

「帰るぞ。」

「お待ち下さい、蔵人殿。」

呼び止めたのは、敬子であった。

「挨拶も無しに去るのですか?」

その言葉に、蔵人は紫遠を脇に抱え振り返った。

「久しいな、敬子殿。」

「伊佐に流罪された身である貴方が何故、此処に居るのですか?」

「それには色々とあってな、一口に説明出来ぬ。」

「朔夜が事ですか?」

「何だ?この期に及んで亭主の側女の心配か?」

「違いまする!」

「敬子殿、違わぬ事になされ。今言うたとて詮無き事だ。いや、あの時であっても変わらぬ。俺には何も出来ぬ。」

「分かっております。」

敬子は、幼き頃から兼時の朋輩である蔵人に思いを寄せていた。

しかし、親同士の確執、蔵人の粗忽で直情的な性格によって、内裏の者達から疎まれている事などを思えば、己が気持ちを出せずにいた。

しかし、入内の話しが持ち上がった時、敬子は全てを捨てる覚悟で打ち明ける決心をしたのだが、それを兼時に諌められた。

蔵人には大伴経清の娘で朔夜という思い人が居るのだと。

そして敬子は入内する事となったのだった。

「それよりも敬子殿、今度の騒動は氏時の奸計である事、そなたも薄々、感づいているのだろう?」

「それは…」

「恐らく、そなたの詮議の場で実時と氏時は麟興や内裏を巻き込んで親子喧嘩を始めるであろう。吾等はそれを制する算段をしておる。そなたや鳴無を救う事も含めてな。」

「どうなされるおつもりですか?」

「それは、今聞かぬ事だな。そなたにとって悦ばしいとは言えぬやも知れぬ故。」

「兼時の兄様は承知なのですか?」

「今度の騒動。収める役はあやつだ。」

「分かりました。私はただ、大人しく待てば良いのですね?」

「そういう事だ。」

「承知しました。音平、この事、他言無用ぞ。」

「はい。」

音平は、敬子の言葉に畏まって平伏した。



「旦那。」

封海、晴明と共に、早良と紫遠を連れた蔵人は、声を掛けられ振り向いた。

見ると、鼬が男を縛り上げて連れていた。

「鼬、その男は何だ?」

「先程から離宮の周りをコソコソと伺っておりましたので、声を掛けたところ逃げようとしたので捕らえた次第で。」

「なるほど。」

蔵人は、そう言いながら男の顔を覗き込む。

「名は?」

蔵人の問いに、男はそっぽを向いて答えない。

「面白い。」

そう言うと蔵人は振り返って晴明を見た。

「晴明、一つ頼まれてくれぬか?」

その顔がニヤニヤとしている。

「何です?悪戯っ子みたいな顔をして。」

「晴明、こやつがこの顔をする時は悪巧みをしておる時よ。」

封海が言う。

「悪巧みとは何だ。」

「事実では無いか。」

鼬を含め、一同が笑う。

その様子を早良と紫遠はおろか、捕らえられた男も、呆れた顔で見ていた。




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