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流動

15.

暦734年7月_。

長嶋猛麻呂は、南殿離宮の前を封海の屋敷に向かって歩いていた。

朱賢門院敬子は、成寿門院淑子を呪詛する指示を、猛麻呂の妹である鳴無に指示したとして調べられ、あまつさえ敬子の文机の中から呪詛の言葉が書かれた紙で縛られた淑子の髪が出て来たのである。

恐らくは、謀なのであろうが、それに己が妹が巻き込まれているのが、猛麻呂なは堪らなかった。

封海に罪がある訳では無い。

それは猛麻呂にも十分分かっている。

しかしながら、己の感情をぶつける相手は封海しか居ない。

封海にしか感情をぶつけられない己の力の無さに、腹が立つのである。

「猛麻呂殿では無いか?」

と、後ろから声を掛けられたのは、その時だった。

猛麻呂が振り返ると、声を掛けたのは設楽晁門だった。

「これは晁門殿、お久しゅうござる。」

「こちらには何用で?」

「あ…いや、」

猛麻呂が口ごもる。

「ははあ、鳴無殿の事でござるな?篳奥より連れ出した封海に一言、文句を言うてやろうと。」

「いや、その樣なつもりでは…」

「まあ、良いではないですか。手前も封海の屋敷に向かうところ、一緒に参りましょう。」

「しかし…」

「悪い樣にはしません。」

晁門は、そう言うと猛麻呂の耳に口を寄せて小声で言った。

「鳴無殿の事も含めてな。」

猛麻呂は、目を剥いて晁門を見た。

2人が揃って封海の屋敷を尋ねると、座敷で封海と兼時が向かい合っていた。

「これは、兼時殿も参られておったのか?」

晁門が声を掛けると、封海が振り返り2人を迎えた。

「これは、晁門殿、何と猛麻呂殿もご一緒ですか。まあ、お上がり下さい。」

2人が、座敷に腰を下ろすと同時に、封海が猛麻呂に向かい頭を下げた。

「今度の鳴無殿の一件、手前の不徳の致すところ、渋る抉麻呂殿に無理に首を縦に振らせ連れ参った方をむざむざ騒動に巻き込んでしまいました。猛麻呂殿のお怒りごもっともでございます。」

「いや、封海殿…」

「ただ、今暫く、この封海に事を預け下さらぬか。必ず鳴無殿をお救い申す故、何とぞ今暫く。」

「いや、手前は決して封海殿を責めるつもりはござらん。元より封海殿に罪が有る訳ではございません。どうぞ頭を上げて下され。」

猛麻呂の方が、おろおろしている。

「では、その罪の有る者を罰するか?」

一同が振り向くと、いつの間にか濡れ縁に蔵人が立っていた。

「そ、そなた…」

猛麻呂が、目を丸くする。

「おう、猛麻呂殿、久しいのう。」

「一体、どうなっているのでござる?」

猛麻呂は驚きと戸惑いの中にいる。

「猛麻呂殿、この男のやる事に、いちいち驚いておっては身が持ちませぬぞ。」

晁門がニヤニヤしながら言う。

「どうするつもりなのだ?」

兼時が、蔵人に問うた。

「それは、お前次第だ。」

「俺次第?」

「お前が取る立場次第で吾等のやり方が決まるのだ。」

「ちょっと待て。」

晁門が、割って入る。

「吾等と言うたが、それには俺も入っているのか?」

「勿論だ。」

「蔵人、お前が何をするつもりか知らぬが、俺が承知するとは限らぬぞ。」

「お前、次の狗那侵攻の軍の指揮を頼まれたらしいな。」

「それがどうした?」

「褒美は何だ?」

「…坂東管領の職だ。」

「その約定、内裏の者共が素直に守ると思うか?」

「いや、…思わぬ。」

「で…どうする?」

「その時は、力押しにて坂東を取る。」

「坂東を取るか…小さいのう。」

「何!?」

「どうせなら、この国を取らんか?」

「何だと!?」

「この蓬莱の王に成らぬかと言うておる。」

「朝廷を倒すと?」

「他に有るか?」

「お前という奴は…」

晁門は二の句が継げなかった。

「晁門殿、身が持ちませぬなあ。」

封海が、からかう樣に言う。

「そなたは知っておったのか?」

「色々と面倒事を押し付けられましたので。」

「お主等には、呆れてものも言えぬ。」

蔵人は、兼時に向き直り言った。

「そこで、お前がどうするかだ。父や兄を守るか敵とするか。」

「惨いな蔵人、それを俺に決めろと申すか。」

「お前が決めずに誰が決めるのだ。お前がぐずぐず言うたところで、実時と氏時が争うは目に見えている。」

「何故だ?」

「今度の騒動に、実時がただ指をくわえて見ておると思うのか?」

「それは…」

「兼時だけでは無い。晁門も猛麻呂殿にも腹を括ってもらわねばならん。」

「手前もでござるか!?」

猛麻呂が驚きの声を上げる。

「どうやら、猛麻呂殿は都の水に慣れ過ぎたらしいな。」

「どういう事でござるか?」

「弟の抉麻呂殿は、一も二も無く承知してくれましたぞ。」

「一体、何を成された!?」

猛麻呂が、蔵人に詰め寄る。

「間もなく、抉麻呂殿は篳奥守と篳奥介の首を取り挙兵する。そして、そのまま都を目指す事になるであろう。」

「何と!?」

猛麻呂は、ただただ驚くばかりである。

「しかし蔵人、都に上ると言うても篳奥からは、余りにも遠い。兵糧を運ぶだけでも大変であろう?」

晁門が言う。

蔵人はニヤリとして言った。

「兵糧は運ばぬ。」

「それは無茶だ!」

「無茶では無い。ちゃんと支援してくれる者が居るからな。」

「支援だと!?誰がだ!」

「坂東の武者共だ。」

「何!?」

「晁門、お前は力押しで坂東を取ると言うたが、その樣な真似をせずとも、既に皆がお前を武士の棟梁と認めている。河津祁介こうづけのすけ南条氏郷なんじょううじさと殿が、取り纏めてくれたわ。」

「養父殿が!?」

晁門が驚く。

南条氏郷は、晁門の妻・頼子よりこの父である。

「後は西だが…」

「西?」

「若多守護職、菅原國友すがわらのくにともが腰を上げるを待つばかりだ。」

兼時が、目を剥いて言った。

「そなた、國友殿にも手を回していたのか!」

菅原國友は、久洲の要所である若多に有り、主に流通の管理、瀬戸内の海賊の取り締まりなどをしている。

猛麻呂が、ふと疑問を口にする。

「しかし蔵人殿、何故、皆こうも簡単に応じるのでござるか?事は簡単ではございませぬ。」

「神輿を担いだからな。それに皆も内裏の者共に対して思うところが有るのだろう。」

「何をした!?」

宣旨せんじを各地の武者役人に配布したのだ。」

「宣旨だと!?一体、どなたの名で!」

兼時の問いに、蔵人はニヤリとして言った。

伊仁王これひとおうだ。」

「何と!?」

蔵人の答えに、封海を除く3人は、皆、驚きの声を上げた。



伊仁王は、皇帝、麟興の実弟であるが、先帝の死後、麟興が即位した時、先帝の意思を引き継ぎ、黄金仏の奉納、狗那侵攻の継続を唱えたのに対し、無駄な浪費を重ねるより、国力を高めるべきだと、真っ向から反対して麟興の怒りを買い、熊野の鞍峯寺くらみねじに幽閉されている身であった。

その伊仁王が座す居室に香炉に焚かれた黒沈香の芳香が漂っている。

伊仁の前に、狩衣を纏った少年が座っていた。

晴明である。

晴明は、いつもの白ではなく、濃紺の地に朱糸で縫い合わせたものを身に着けていた。

その口元に、有るか無しかの笑みが浮かんでいる。

面差しに大人の雰囲気が表れていて、都に来て以来、急激に成長している樣だ。

「そなたの兄は、とんでもなく豪胆なのだな。」

「身体が大き過ぎて鈍いのやも知れませぬ。」

「そんな事はあるまい。篤胤に伴われて御所に参った折り、一度見かけたが隙の無い見事な所作ぶりであったぞ。」

「そうですか。私や封海様は、おかげでてんてこ舞いでございますよ。」

「しかし、今度の策は大胆この上ないに、内裏の者達が気付かぬはどういう事なのだ?」

伊仁の疑問は尤もである。

「目先の欲に駆られ足元の見えぬ者が多いのでしょう。それに、内裏の者達の目を朱賢門院様の騒動に向く樣、経清様が誘導してくれております故。」

「何!?経清も吾等が策に加担しておるのか!」

「経清様は、吾が兄の養父と成られる方です。事が成ったれば伊仁様をお支え下さるでしょう。」

「中宮の詮議は、いつ頃になるであろう?」

「経清様は、来月早々にと。」

「それまで、無事有る事を願おう。」



伊仁王との会見を終え、都に戻った晴明が螺鈿門を潜ろうとした時、背中に張り付く悍ましい気を感じた。

螺鈿門を潜り、フッと一つ息を吐いた。

晴明は、自分に呪が掛けられた事に気付いた。

¨面白い¨

晴明は、己が身を呪のままに任せた。

螺鈿門を潜り、すぐ左に向かう。

都の南の端を東西に伸びる朱雀大路を西に向かう形である。

このまま行けば、西の端の角が南殿離宮であり、西の端を南北に走る白虎大路を挟んだ西の山裾に、封海の屋敷が有る。

封海の屋敷に戻るのかと考えていると、晴明の身体は、南殿離宮の門に向かい始めた。

¨はてさて何をさせるつもりか¨

離宮の門を潜る時、晴明は再び、フッと息を吐いた。




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