胎動
14.
千種は、焦燥感で一杯だった。
あの晩、敬子の命にて音平が、封海の館を尋ねたが、生憎、晴明はおろか、封海も不在で、邂逅は成らなかった。
結局、都に戻って以来、晴明と会っていない。
この樣な気持ちは、生まれて初めての事であり、そのせいか千種は、己の気持ちを持て余していた。
気になるのであれば、会いに行けばいいのだが、この時代の男女の間は、男が女の家を訪れるのが一般的で、女の方から尋ねるなど、はしたないとされていた。
そう思いながらも、千種の足は、自然と封海の屋敷に向かっていた。
しかし、やはり躊躇があり、屋敷の門前で行ったり来たりしている。
「盛貞殿のご息女ではないか。」
と、声を掛けられ、千種は飛び上がる程に驚いた。
見ると、蔵人と封海が立っていた。
「こんな夜更けにどうした?」
「いえ…あの…」
「こんなところも何です、先ずは屋敷に入られよ。」
封海が促す、蔵人はニヤニヤしている。
「でも…私は…」
「良いではないか、これより酒宴を開くのだ、折角ならば男だけで飲むより華がある方が酒も進むと言うものだ。」
蔵人が言う。
「はあ…」
「晴明も居るしな。」
「えっ!?あの…」
「そなたとは、歳も近い故、話しも合うであろう。」
そう言うと蔵人は、千種を、ほとんど抱える樣にして、屋敷に連れ込んだ。
屋敷に入ると、庭に男が2人立っている。
梶原兼時と伊勢勝秋であった。
「出掛けておったのか?」
兼時が問う。
「うん、ちょっと野暮用でな。勝秋も来たのだな。」
と、蔵人が言うと、
「来てはいかぬのか!」
と、勝秋がむっとして言う。
「そう、いちいち突っ掛かるな。」
「まあ、庭先では何ですから、先ずは御上がり下さい。」
封海が執り成す樣に言う。
「こちらの方は?」
座敷に上がると、兼時が千種を指して問う。
「こちらは、先の近衛中将安倍盛貞殿のご息女、千種殿にございます。」
封海が紹介する。
「盛貞殿の?何故、此処に居られるのだ?」
「何やら用があって尋ねて参った樣で、門前でウロウロしておったから共に酒宴をと誘ったのだ。」
「あれは、誘ったとは申しません。無理矢理、連れ込まれたのです!」
「では帰るか?」
「それは…」
千種が困った樣に俯く。
蔵人はニヤニヤしている。
「蔵人、いい加減にせぬか。年頃の娘をからかうものでは無い。」
封海が窘める。
だが、その言葉に千種は顔を上げ、火が着いた樣に、
「封海様!それは、どういう意味にございますか!」
掴み掛かる勢いで封海に迫る。
「あ、いや…それは…」
これには、封海もたじたじである。
「そなたが、晴明に惚れているだろうと言う事だ。」
「まあ!何と言う事を…知りませぬ!」
千種は、火が着いた樣に赤くなった。
「晴明とは?」
兼時が問う。
「吾が弟だ。」
「弟?そなた、弟が居ったのか?」
「ああ、妹も居るぞ。十六夜という。」
「初耳だが?」
「であろう?俺も、つい先日知ったのだ。」
「どうした訳だ?」
「篤胤の父は、実の父では無かったらしい。」
「それはまことか!?」
「まあ、そこはちと複雑でな。弟達とは父が異なるのだ。母は同じだがな。弟達の父は、賀茂英昇殿だ。」
「賀茂英昇といえば、希代の陰陽師ではないか!」
「うん、そして吾が父は洲我蹴速という。」
「何!?洲我だと!」
「うん、父は洲我本宗家の末裔らしい。」
「何と!?」
兼時は驚きを隠せなかった。
「ふん、生まれついての反逆者という訳だな。」
勝秋が鼻を鳴らしながら言う。
「うん、俺もそう思うた。が、晴明に言わせれば、梶原こそが反逆者なのだそうだ。」
「何を申すか!」
「そう怒るな。それ程の事ではあるまい。物事の善悪など、己の立つ立場に依って変わるものだ。」
「ふざけるな!」
「では聞くが、歴史に記されている樣に、洲我が悪として討たれたのならば、梶原は何故、洲我と同じ道を辿るのだ?洲我の悪きを取り除き、正道を歩むが本筋というもの、むしろ洲我以上の事をしておるではないか?」
「その樣な事は無い!」
「違うと申すか?だが、確かに洲我の専横はあったかも知れぬ、しかし己が血筋の子を皇太子にしてまで政を私した事はあるまい。」
勝秋が黙り込む。
「蔵人、その樣な事を申す為に招いた訳ではあるまい。」
封海に嗜められ、蔵人も矛先を収める。
「ただ酒を飲むだけでは無いのか?」
兼時が問う。
「いや、ただ酒を飲むだけだが…お前と酌み交わすは、これが最後となろう。」
蔵人が言う。
「最後?何故だ!」
「俺とお前が、敵同士になるからさ。」
「敵?」
「俺は、梶原を倒し、この国を変えるつもりだ。」
「何!?」
「こやつ、ぬけぬけと!」
勝秋が立ち上がる。
その時、誰かが廊下を走って来る音がした。
皆が、入り口に目をやる。
入って来たのは、晴明だった。
「どうした?慌てて。」
「兄上!一大事にございます!」
「一大事?」
「鳴無殿が、役人に捕らえられた由にございます。」
晴明の言葉に、封海が立ち上がり、
「鳴無殿が!何故だ!?」
「それが、成寿門院淑子様を呪詛した疑いとの事、更には、それを指示したのが朱賢門院様だと、牽いては裏で梶原実時が画策したのでは無いかと。」
「馬鹿な!」
晴明の言葉に、封海と兼時が同時に言う。
「成る程な、そう来たか。」
「どういう事だ?」
蔵人の言葉に、兼時が振り返り問う。
「これが梶原の世と言う事だ。己の目的の為には、たとえ親兄弟であろうと切り捨てる。民の苦しみなど省みる事など出来る訳が無い。」
「何が言いたい?」
「この騒ぎの絵図を描いたは氏時だ。」




