回天
13.
鼬は、兼時の館に忍び入った。
鼬は、与鷹と出会う以前は盗みを生業としていた。
故に、他人の家に忍び込むのは朝飯前である。音も立てずに濡れ縁に上がり進むと、障子から明かりの洩れる部屋の前に出た。
障子に手を掛け少しだけ開く。
中を覗くと、1人の男が居た。
髷も結ばず、下ろした髪は、櫛を通した風もなくざんばらに肩に掛かっている。
左目を布で覆っていた。
兼時であった。
「誰ぞ!」
ぼうっとしている樣で、最初からこちらに気づいていた樣だ。
鼬は、静かに障子を開け、するりと中に入る。
「夜分に、勝手に上がり込みまして申し訳ございません。」
「誰ぞ。」
「与鷹が配下の鼬と申します。」
「与鷹の?」
「はい。」
「何用だ?」
「こちらの書状を、届けに参りました。」
鼬はそう言うと、懐から書状を取り出し、兼時に手渡した。
「与鷹からか?」
「いえ、蔵人の旦那からです。」
「何!?蔵人からと!」
「はい、今、旦那は封海様のお屋敷に居られます。」
「都に来ておるのか!?」
「先ずは一読願います。」
言われて兼時は、書状に目を通した。
「酒を飲む故、来いとあるが、俺を慰めでもするつもりかな?」
「さて、手前には何とも。」
「分かった。出向くと伝えてくれ。」
「承知致しました。」
鼬は頭を下げ、兼時の館を辞した。
狗那の寒河峠に1人の男が現れた。
狗那の兵が捕らえると、男は片言の蓬莱語で言った。
「ウンジェ、居るか?」
「ウンジェ?」
「オニマル、会わせろ。」
「お前、鬼丸殿の知り合いか!?」
兵の問いに、男が頷く。
男は、兵に囲まれ恩川の集落に連れて行かれた。
兵から話しを聞いた鬼丸が現れ、男と対面した。
「タムドクではないか!どうした!?」
「ヒソンが死んだ。」
「ヒソンが!?何故だ!」
「捕まって、拷問される内に舌を噛んで死んだ。」
「朝廷の者に捕らえられたのか?」
「違う、子供だ。」
「子供?」
「妙な業を使う子供に、業を破られ捕まった。」
「妙な業?」
「オンミョウジと言っていた。」
「成る程、しかしヒソンの業を破るとは、相当な腕だな。」
2人の会話は、侠鮮語で行われている。
そこに、久遠がやって来た。
「何かあったのですか?」
「ああ、都の仲間が捕まり死んだ。しかし、困ったな。」
「何がです?」
「その仲間は、呪師だったのだが、まだまだこれからであったに、これでは大した影響は出まい。」
「どうなさいますか?」
「そうよな。今一度、都に赴くも手ではあるが、挑発も度を越えると仇に成りかねんしな…暫し様子を見るか。」
「私が、様子を見てこようか?」
後ろから声が掛かった。
鬼丸達が振り向くと、1人の女が立っていた。
「姉上。」
久遠が言う。
女は、久遠の姉、早良であった。
「1人で行くか?」
鬼丸の問いに、早良は首を振る。
「紫遠を連れて行く。」
「お待ち下さい姉上!紫遠はまだ12ですぞ!」
「相手の陰陽師も子供と言うでは無いか、その陰陽師とやらで紫遠の力を試すも悪くは無いだろう?」
「しかし…」
「良いでは無いか久遠、早良が付いておるなら、そう心配する事も無かろう。」
朱賢門院敬子は、安倍盛兼と、千種を呼び出していた。
「千種、新が事は残念でした。しかしながら、そなたが婿を取らねば安倍の家は絶えてしまいます。どうでしょう、篳奥守、平永衡が一子、宗衡などはどうじゃ?」
千種は黙っている。
「これ!千種、返答致さぬか。」
盛兼が執り成す樣に言う。
「申し訳ございませぬ。」
突然、千種が平伏して言った。
「どうしたのです?」
「千種には思う方が居りまする…」
「思い人が居ると?それならばそうと早く申せば良いに、して相手は誰じゃ?」
「賀茂晴明様というお方でございます。」
「何!?晴明とな!」
「ご存知なのですか?」
「よう存じておる。わらわが先年来、悩まされておった童女の妖しを払うてくれたが晴明じゃ。」
「その樣な事が?」
「晴明ならば、封海のところに身を寄せておる、音平に呼びに行かせよう。」
設楽晁門は、都の南の入り口、螺鈿門の近くを侍従の狩野伊織と共に歩いていた。
その2人の前に、一際大きな人影が立ち塞がった。
「何奴!」
伊織が、太刀に手を掛け問い質す。
「久しいの、晁門よ。」
晁門は、相手が誰であるかを理解し、驚きの声を上げた。
「お前、蔵人ではないか!何をしておる!伊佐に流されている筈ではないか!」
「島流しなど、どれ程の事も無い。」
「確かに、お前にとっては造作も無かろうが、都を夜とはいえうろつくは無謀というものぞ。」
「お前に相談したい事があるのだ。」
「相談?」
「明日の夜、南殿離宮の西にある、封海の屋敷に来てくれぬか?」
「封海の?何やらきな臭いのう…面白き話しか?」
「お前の嫌いな話しでは無い、むしろ好きそうな話しだ。」
「良かろう。明日の夜、必ず行く。」
晁門は、そう言うと蔵人を残し立ち去った。
晁門を見送る蔵人の隣りに封海が現れた。
「本当に、晁門殿を巻き込んで良いものか…」
「物事を動かすには混乱が一番だ。」
「と言うて、その混乱が招く結末が予想出来ているのか?」
「まさか、それが分かるくらいなら、俺は本当に神の子だ。」
「それでは、余りに無責任というものぞ。」
「無論、責任は取るさ。広げた布は畳まねばな…」
内裏の東側、葛川沿いの一角に、梶原実時の館はあった。
明かりは、門前の篝火のみで館内の火は、全て落ちている。
その庭先を一つの影が横切り、音も立てず濡れ縁に上がり込む。
蔵人であった。
蔵人は、そのまま奥へと進み、実時の寝所に忍び込んだ。
実時は、蔵人の進入に気づかず寝息を立てている。
蔵人は、その実時の口を手で塞いだ。
「うぐ!」
「騒ぐな!さもなくば殺す!」
実時は、ただただ頷く。
蔵人は、手を放してやった。
「久しいのう、爺。」
「そ、そなたは!」
「騒ぐなと言うたぞ。」
「何のつもりじゃ。」
「預け物を貰い受けに来たまでだ。」
「預け物?」
「とぼけるな!お前が、火事場泥棒の如く我が家より持ち去った熊手の太刀よ。」
「そこにある。」
実時の指差した床の間に熊手の太刀は立て掛けてあった。
蔵人は、太刀を手にすると言った。
「爺、吾等が間には色々とあったが、それも今宵限りだ。」
「どういう事じゃ?」
「この太刀さえ戻ったならば、最早お前に用は無い。」
「わしを殺すのか?」
「違うよ。」
「違う?」
「今更、老い先短いお前ごとき殺したとて何の事もあるまい。」
「なれば…」
「俺は、国を出る。」
「国を出て何とする?」
「大陸に渡ろうと思う。」
「大陸に?」
「彼の大陸の都、京安では国内外を問わず、有益なる者を登用すると聞く。こんなちっぽけな島国で、下らぬ権力争いを見ているより、よっぽど夢があろうよ。」
実時は、黙ったまま蔵人を見ている。
「このまま俺を黙って見送るならそれまでと言う事だ。騒ぐなら殺すがね。」
「行け、そなたの顔を二度と見る事が無いとあらば、わしとて清々するというものじゃ。」
実時の言葉に、蔵人はにっこりと破顔して言った。
「最後に一つ、良い事を教えてやろう。」
「何じゃ?」
「俺は、お前を殺さぬが、殺そうとしている者もいるぞ。」
「何!?誰じゃ!」
「氏時だ。」
「氏時じゃと!?何を馬鹿な事を…」
「信じずとも良い、ただ氏時は最近、西宮を尋ね、哉椰や昂禰王、橘貞任を交えて何やら画策している樣だがな。」
「そ、それはまことか!」
「嘘かどうか、自分で確かめてみるが良い。」
蔵人は、そう言って寝所を後にした。
実時は、ただ茫然と蔵人を見送った。




