真意
12.
「何故、都に戻ったのだ?」
経清の言葉に、蔵人はにっこりしながら答える。
「経清殿にお会いしとうて戻りました。」
「わしに?何故じゃ?」
「朔夜を貰おうと思いましてな。」
「…やはり、そなたの元に行ったか。それで、朔夜は何処に居るのじゃ?」
「伊佐に居ります。」
「伊佐じゃと!?流刑地に置いて来たのか!」
驚く経清を、手で制しながら蔵人が言う。
「大丈夫でございますよ。あの島では今、皆楽しく暮らしております故。」
「楽しくじゃと?」
「島の者も罪人も役人も皆楽しくやっておりまする。」
「そなた、一体何をした!?」
「何をとて別に、皆で楽しく暮らした方が良かろうと、皆で話し合うただけにござる。」
蔵人の言葉に、経清が呆れ顔で言う。
「そなたと話しておると、何やら馬鹿馬鹿しく思えるわ。」
「何を、おっしゃるのですか。手前は、真面目に言うておるのです。」
「そなたの真意は何じゃ?」
「真意?」
「朔夜が事は、別にわしに断らんでも、そなたは勝手に致すのであろう?都に戻った本当の理由じゃ。場合に因っては内裏に報告せねば成らぬ。」
「兼時の見舞いにござる。」
「確かに、そなたと兼時殿の仲を思えば、それもあろう。だが、それだけでは納得出来ぬ。」
「と、申されてもなぁ…」
「蔵人!」
経清が、声を荒げる。
「わしは、お上や実時殿等、梶原の者の樣に、そなたを嫌いでは無い。娘の婿になる男じゃ、朔夜の見る目も信じておる。適う事であれば、力にも成りたいのじゃ。」
「有り難きお言葉なれど、それ故に話せぬ事もごさります。」
「何故じゃ?」
「経清殿、聞けば後戻りは出来ませぬ。」
「良い、聞かせよ。」
蔵人は、暫し経清を見つめてから言った。
「この国を、変えようと思うております。」
「国を変える?どういう事じゃ?」
「梶原の世を覆すつもりでござる。」
「何と!?その樣な事が適うと思うておるのか?」
「さて、それは分かりませぬ。しかしながらやらねば変わりますまい。」
「そなた…」
「報告なさるなら、それでも構いませぬ。」
「馬鹿な、その樣な事を報告出来るものか!」
経清が、声を震わせながら言う。
「わしに、どうせよと言うのだ?」
「何も成さらずとも宜しゅうござる。関わらぬが、経清殿の為かと存ずる。」
「そなたが、どの樣な策で持って世を変えようとしておるのか知らぬ。だが、聞いたからには捨て置けぬ。わしに出来る事あらば申せ。」
「今は、まだ何も決めておりませぬ。まずは関わらる者の有様を見極めるが先決、その後どうするか考えまする。」
「そなたの都入り、わしの口から出ずとも、いずれ内裏の知るところとなろう。」
「別に構いませぬ。」
「そなたが、構わんと言うて、騒ぎになるは必定…」
「騒ぎは大歓迎でござるよ。」
「何!?」
「どの道、実時の爺には会わねば成りませぬ故。どうせ騒ぎに成りまする。」
「実時殿に!?何をするつもりじゃ!?」
「預け物を返して貰うだけにござる。」
「預け物?」
「熊手の太刀にござる。実時の爺め父、篤胤の死後、手前が流刑になるどさくさに、吾が家より持ち出したのでごさりましてな。」
「しかし、今、実時殿に対し騒ぎを起こすはまずくは無いか?」
「実時などは、取るに足りませぬ。真に懸念すべきは氏時にござる。」
「氏時殿じゃと!?」
「皆、彼奴の物腰の柔らかさに騙されておりまする。あれは、己以外を信じておりますまい。必要とあらば身内すら平気で切り捨てるでしょう。」
経清は、信じられぬ思いで蔵人を見た。
西宮に、昂禰王、哉椰、橘貞任の3人が集まっていた。
「氏時の申し出、母上は如何が思われまするか?」
昂禰王の言葉に、哉椰は首を傾げつつ答える。
「彼の者は、幼き頃より考えの読めぬところがありました。今度の事も真意が何処にあるのか分からぬ。が、しかしあからさまに言葉にしたは、嘘ではあるまい。」
「では、本当に実時殿を失脚させると?」
貞任が問う。
「朱賢門院に男子が出来ず、己が娘を入内させ、男子を産ませ皇太子とした今、敢えて実時を失脚させずとも、政の実権は氏時のものとなろう。にもかかわらず実時を排除するは、何かあるのであろう。その辺りを見極めねば成りませぬ。氏時が、吾等に何をさせるつもりなのかも含めてな。」
暦734年5月_。
師叉介設楽晁門は、朝廷からの招聘を受け、内裏に赴いた。
皇帝を始め、大臣や参議の面々が居並ぶを前にしても、晁門は一向に臆する風も無く座っている。
むしろ、晁門に対し参議等の方が緊張の面持ちである。
その中、口を開いたのは太政大臣、梶原実時であった。
「そなたを呼んだは他でも無い、次の狗那侵攻の軍を指揮して貰いたいのじゃ。」
晁門は答えない。
「どうした、晁門?返答をせぬか。」
「何の為の狗那侵攻でごさりましょう?」
「何を今更、黄金仏制作の為の金脈を確保する為じゃ。」
「その金脈は何処に有るのでございますかな?」
「それは、狗那に有るのだ!」
「では、金脈は狗那の物であって、吾等が物ではごさいますまい。」
「何を言うておるのだ?」
「吾等が物で無い物が欲しくば、先ずは頭を下げ請うのが道理ではごさいませぬか?」
「馬鹿を申せ!何故、狗那ごときに頭を下げねば成らぬのだ!吾が国、お上の威厳が損なわれるわ!」
「その威厳とやらの為に、有無も言わさず押し入り、奪うのでございますかな?
吾等が天子と仰ぐお方は、押し込み強盗の頭目にごさりましょうや?」
「何と無礼な!」
「どちらがでござる?大体、この晁門に求めるが間違いでごさりましょう。仏像制作など、手前に取ってはどうでもよい事にござる故。」
「どうでもよいとは何じゃ!」
「生憎と、手前は神仏の加護を欲しておりませぬ。神仏が何かをしてくれるなど、ただの甘えにごさろう。」
「この罰当たりめが!」
「罰が当たったと言うならば、そちらではござらんか?仏を信心し、仏を奉らんが為に仏像を制作するのでごさろう?その為に狗那の金脈を確保するのではござらんか?」
「その通りじゃ。」
「では、何故に兼時殿は敗れたのでごさりましょうや?仏の加護があるのならば、何故でごさろう?」
「それは…」
「その樣な無駄な事に銭を使うくらいであれば、国を立て直し、国力を強める事に専念なされた方が宜しいかと。違いますかな?氏時様。」
晁門は、実時にでは無く、氏時に問い掛けた。
「何故、みどもに問うかは分からぬが、先ずはそなたに聞く。」
「何をでごさりましょう?」
「何が欲しい?」
「欲しい?とは?」
「軍の指揮をする条件として、欲しいものを言うてみよ。」
「何でも良いので?」
「何でも良い。」
そう言われ、晁門は暫し考え答えた。
「なれば、坂東管領の職を頂きたい。」
晁門の言葉に、参議等からどよめきが上がる。
「それは事実上、坂東の実権を寄越せと言うておると同じではないか!」
参議の1人から声が上がる。
「無理にとは申しませぬ。別にこのまま師叉に戻るも構いませぬ故。」
「吾等を脅すか!」
「これはしたり、それ程までに欲しいものなら自ら奪い取りに行かれるが宜しい。」
「何と申すか!」
「待たれよ!」
氏時の声に、皆が口を閉じる。
「晁門の母は、先帝の妹であり、自身はお上の従兄弟でもある。その生まれに加え、その武勇を鑑みれば、近衛の大将になっていてもおかしくは無い。それを、その力を恐れ疎み、師叉の地に追いやったは、父上も含めたそなた等ではないか。」
「それは…」
「宜しいか。晁門の申す通り吾が国の財政は逼迫しておる。仏像制作に加え、都合4度の狗那への進軍で国自体が疲弊しておるのだ。お上の先帝の望みを叶えたいお気持ちは理解出来まするが、仏教楽土と申しても、その土台たる国がぐらついておっては本末転倒と言うものにて、先ずは国の財政を建て直すが肝要かと存ずる。」
氏時の言葉に、皆静まる。
「別に、狗那侵攻を止めよと申しておる訳で無く、時が必要と言うておるのです。晁門を将軍としたとて兵はどうなさる?晁門の手勢は1500、その他、今使える者を集めたとて3000に足りませぬぞ。」
その氏時の言葉を受けて、実時が麟興に問う。
「お上、如何が致しましょう?」
麟興は、黙って俯いていたが、やがて顔を上げ言った。
「氏時の言、至極尤もである。先ずは国体の立て直しを図るを先決とする。」
その言葉に、一同が平伏した。




