蔵人と封海
11.
手招きする童女に対し、封海は敬子を庇う樣に立った。
「な~んだ、こんな事か、がっかりだな。」
と、声がする。
封海が見やると、そこに狩衣を纏った少年が立っていた。
歳の頃は16、7というところだ。
涼しい顔をした、美少年である。
童女が、少年を睨みつける。
しかし、少年は気にした様子も無く、無造作に童女に近づい行く。
封海が、声を掛けようとした刹那、少年が手を翳し封海を制した。
封海は、成り行きを見守る事にした。
少年は、左手を懐に差し入れている。
「さて、どうしたものですかねぇ。」
そう言うと少年は、左手を抜き出し、手にした白い人型の紙を童女に向かって放った。
人型の紙は、無数に飛び回り童女に取り付いた。
少年が、両手で印を結び、
「ふっ」
と、息を吐くと、童女の姿が掻き消え、無数の人型の紙が庭に舞い落ちた。
「出て来たらどうです?」
少年は、誰ひとり居ない庭の端に向かって言った。
少年の視線の先には、黒松が植えられており、誰も居ないと思われた、その松の裏から一つの影が現れた。
黒いボロボロの衣纏った小柄な男だった。
「何者です?」
少年の問いに、男は答えない。
「何故、この樣な子供の悪戯みたいな真似をするのですか?」
男は答えない。
「ひょっとして、言葉が分からないのですか?」
男は黙ったままだ。
「お前は、侠鮮人なのですか?」
封海は驚いた。
今、少年が口にした言葉は、蓬莱の言葉ではなく侠鮮語だったのだ。
男にも驚きが見て取れた。
「さては、お前、鬼丸とやらの仲間か?」
男が動揺する。
「そうか、なら遠慮は要りませんね。」
そう言うと少年は、再び印を結び、何やら小さく呪を唱えた。
そして、封海は見た。
呪を唱える少年の足元から、わらわらと小鬼が現れ出て来たのを。
小鬼は、無数に溢れ出し、次々に折り重なり、くっついていく。
やがて、小鬼達は一つにまとまり、高さ十尺程の大鬼に変貌した。
男は、驚きの余り目を見開いている。
封海の隣りで敬子も声も出せず驚いていた。
しかし、封海は少年を見ていた。
少年は、男の驚きを余所に、右手を懐に差し入れ、五寸程の針を取り出し、男に向かって投げ付けた。
針は吸い込まれる樣に男の眉間に刺さり、男は声も無く崩れ落ちた。
少年は、男に駆け寄り、両手を後ろ手に取った。
「どなたか、お人を!」
少年の言葉に、封海が家人を呼び、男を捕らえた。
封海は、少年を見やり言った。
「なかなか見事な手並みだが、そなたは何者ぞ。此処が何処だか分かっておるのか?」
封海の言葉に、少年はキョトンとして、照れた樣に頭を掻きながら言った。
「これは大変失礼致しました。何分、出穂の田舎より出て来たばかりで都のものが珍しく見えますもので、表を歩いておりましたら、あの童女の姿を見て、ついつい迷い込んだ次第で…ところで、此処は何処でございましょう?」
少年が、臆する事無く答える。
「此処は、南殿離宮、中宮朱賢門院様の御所だぞ。」
「これはまた、大変な失礼を、田舎者の振る舞いと平にご容赦下さいませ。」
「そなた、名は何と申す?」
「賀茂晴明と申します。」
「賀茂?そなた、賀茂英昇殿の縁の者か?」
「賀茂英昇は、吾が父にございます。」
「何と!?英昇殿のお子と?」
「はい、実は、この近くの封海様というお坊様のお屋敷を尋ねたのですが、お留守でしたので、散策がてら歩いておりましたところで、あの童女を見かけ、ついつい。」
「私が、その封海だが?」
「えっ!?…これは、重ね重ね申し訳ございませぬ。」
「私を尋ねたとは、用向きは何かな?」
「封海様に用があるのは、私ではなく、私の兄でして…」
「兄?はて、どなたかな?」
「兄の名は、顕国玉と申します。」
「何!?顕国玉とは、葦原醜男、大国主の別名ではないか!」
「兄は、葦原醜男の生まれ変わりと言われておりまする。」
「大きく出たな。」
「ええ、大きいのです。身体も肝も態度も。今も私が止めるのも聞かず、お留守のお屋敷に勝手に上がり込み、酒を飲みながら寛いで、封海様のお帰りを待っておりまする。」
「何!?屋敷に上がり込んでおると!」
「伽魚の坊主姿を酒の肴にすると、てぐすね引いて待っておりまする。」
晴明の言葉に、晴明の兄というのが何者であるかを封海は悟った。
しかし、それを敬子に知られる訳にはいかない。
「何者か知らぬが、勝手に人の屋敷に上がり込むなど捨て置けぬ!女院様、大変申し訳ございませぬが、今宵はこれにて失礼致しまする。」
封海は、そう言うと晴明を伴い、南殿離宮を辞した。
安倍盛兼は、左大臣、大伴経清の館を訪れていた。
「盛兼殿、本日は、どういった用向きですかな?」
「実は、先日、孫の千種が苅磨の方に出かけておったのですが、その折、港の漁師共と一悶着ごさりましてな。」
「ははあ、あの気性なれば有り得る事じゃ。」
「それを助けに入ってくれた者が居りましてな。」
「ほう…それで?」
「その…助けてくれた者というのが、坂田蔵人らしいのです。」
「何!?それはまことか!」
「千種の供周りをしております弥彦から聞きましたので。それで、どうしたものかと、実時殿や氏時殿に伝えれば大騒ぎになるは必定。まずは経清殿にと思い罷り越しましたので。」
盛兼の言葉に、経清は首を捻る。
「しかし何故?…いや、彼の者が流刑先の島を抜け出るは有り得る事じゃが、何故今なのじゃ?それで、蔵人は何処に?」
「それが、千種等と共に都に入った樣で…」
「都に!?何処に居るのか!」
「弥彦の話しでは、封海の屋敷に滞在すると…」
盛兼の言葉に、経清は即座に立ち上がった。
「どちらに?」
「封海の屋敷じゃ。蔵人の都入りの意図を問わねば成らぬ。」
経清は、足早に出立した。
封海が、屋敷に戻ると蔵人は濡れ縁に腰を降ろし、酒を飲みながら夜空を見上げていた。
「やはり、お前か。」
「おお!出家坊主、やっと帰ったか。」
封海は、いつもと変わらぬ、蔵人の態度に、半ば呆れつつ隣りに座った。
「お前、どういうつもりだ?」
封海の言葉使いが、普段と違い、ぞんざいになっている。
「そりゃあ、色々とあるさ。」
蔵人は、いつも通りぞんざいである。
この2人は同い年で、今年で30となる。
「だから、その色々を聞いておるのだ。」
「そうさなぁ、お前の出家した理由とかな。」
「馬鹿!そんな事はどうでもよい!本当のところを申せ。」
「申さねば成らぬか?」
「言わぬなら、今すぐ出て行け。屋敷に滞在するは罷り成らん!」
「坊主のくせに、ケチ臭い奴だ。施しという言葉を知らぬのか?何を悟ったのだ?」
「世の中、無償程信用成らぬものは無い。それが、俺の悟りだ、施しが欲しくば対価を払え。」
「出家したとたんにそれか?とんだ生臭坊主だな。対価を払えば施しでは無かろうに。」
「煩い!大体、お前は昔から勝手が過ぎるのだ。」
「分かった、分かった、話せば良いのだろう?」
「最初から素直に話せば良いのだ。」
2人の会話は、傍から見れば喧嘩をしている樣に思えるが、お互いが、口許に笑みを浮かべており、どうやら久しぶりの対面を楽しんでいる樣だった。
「まずは、兼時の見舞いをと思うてな。」
「うん、確かに酷い有様だ。あの涼しげな面影がまるで無い。」
「大分、堪えた樣だな?」
「げっそりとして、髭も当たらず伸び放題で、館から一歩も出ようとせん。」
「まあ、今まで負けを知らなんだからな。これより立ち直れば、あやつも強うなるのだがなあ。」
「それだけではあるまい?」
「ん?何だ?」
「兼時の見舞いだけでは無かろうという事だ。」
「ああ、経清殿に会わねば成らぬ。」
「経清殿に?」
「朔夜を貰うと思うてな。」
「朔夜殿は、何処に居るのだ?」
「伊佐に居るよ。」
その蔵人の様子を、封海がじっと見つめる。
「何だ?」
「まだ、他にもありそうだな?」
封海がそう言った時、晴明がやって来て言った。
「お客様がお見えでございます。」
「客?」
「大伴経清様とおっしゃる方が。」
晴明の言葉に、蔵人と封海が顔を見合わせた。




