戦火の足音
Prologue
太陰暦714年_。
蓬莱国皇帝、頼興帝は、仏教を国内に広める為、各地に寺を建立し、その全ての寺に黄金の仏像を奉納する樣、太政大臣、梶原実時に命じた。
しかし、黄金は国内での採掘がままならず、そのほとんどを海を越えた大国、成からの輸入に頼っていた。
その為、国の財政は逼迫し、命を受けてより15年経った、暦729年に至っても半分も進まぬ状態であった。
瀬戸内の海を挟んだ辺境の地、狗那国の里嶺で、黄金の脈が発見されたのはそんな時期の事であった。
この報を受けた頼興は、即座に軍を編成し狗那侵攻を、実時に命じた。しかしながら、狗那は辺境ゆえ、鬼が棲むとか、魔が出るとか、狗那人は人肉を喰らうなどの風聞に畏れを抱く都の兵士は、初めから及び腰で、とても侵攻が成功するべくも無かった。
都合、3度の侵攻作戦は悉く失敗し、暦733年、頼興は失意のうちにこの世を去った。
代わって即位した、新皇帝、麟興は、父の意志を受け継ぎ、国内最強と謳われる武人、梶原兼時を将軍に任命し、軍を再編成した。
兼時は、太政大臣、実時の次子であり、戦場に於いては、負け知らずの男であった。
ここに、朝廷と、狗那国の永きに渡る戦の火蓋が、切って落とされたのだった。
1.
暦733年11月_。朝廷軍の将軍に任ぜられた梶原兼時は、父である、太政大臣、梶原実時の館を訪れていた。
「して、兼時、狗那への進軍は、いつ頃になろう?」
「狗那は、南国とは言え国を南北に隔てる狗那山脈は、冬には雪が積もりまする。進軍は、雪解けを待って来春とするが得策かと。」
「しかし、帝のご意志は可及かつ、速やかに進軍せよとの仰せじゃ。」
「父上、如何に帝の仰せと言えど、雪深き山中を進軍するは愚かと言うもの、みどもは、とても聞き入れられませぬ。」
「確かにのう…あい分かった。その旨しかと、帝にお伝えしよう。」
そう答える実時に向かい、兼時は、居を正して言った。
「今一つ、父上にお願いしたき儀がございます。」
「何じゃ?」
「今度の狗那侵攻を、確実のものとする為、伊佐の島に流されている坂田蔵人を呼び戻して頂きたく存じます。」
兼時の言葉に、実時は驚愕した。
「何と!?あの鬼子を呼び戻せと!?ならぬ!それだけは断じてならぬぞ兼時!彼の者を帝の軍に加えるなど、もっての他じゃ!そればかりは赦さぬ!」
「しかしながら父上…」
「ええい!黙れ!それ以上は聞かぬ!」
実時は、憤慨して座を立ち去った。
残された兼時は、深いため息を吐き、後ろに座する、伊勢勝秋を見やる。
「勝秋、父は、ああ申しておるが構わぬ。そなたが伊佐に出向き、蔵人を連れて参れ。」
「畏まりました。」そう答え、勝秋は、座を後にした。
兼時は、障子を開け濡れ縁に立ち、夜空に浮かぶ上弦の月を見上げた。
狗那国では、朝廷の侵攻に対して、如何なる策を持つのか、それぞれの酋長が集まり、合議を重ねていた。
当の里嶺の酋長であり、最長老の丹生は、酋長達の車座の輪を離れた場所に、長さが五尺程もある黒鉄の長剣を、肩掛けにして座っている男を見やる。
「鬼丸殿は、如何がお考えか?」
その声に、全ての酋長が、鬼丸と呼ばれた男の方を向く。
「恐らく、次の朝廷の軍を率いるは、梶原兼時であろう。」
鬼丸のその言葉に、酋長達は気色ばんだ。
「兼時と言えば、未だ戦場で不敗を誇る戦神と呼ばれておる武人、その樣な者が軍を率いて攻めて来るのか?」
里嶺に隣接する、古護の酋長、八頭が鬼丸に問う。
「朝廷は、既に3度の侵攻に失敗しておる。そろそろ、取って置きを出さねばなるまい。」
鬼丸の言葉に、一同は声を無くした。
鬼丸は、それらを見やり言った。
「不敗の戦神と言うても、なあに彼の者は負ける戦をせぬだけの事。勝機を見る冷静さがあるだけの事だ。」
「だからこそ、畏れておるのではないか!」
「逆だ。その樣な男だからこそ、雪の積もった狗那の山を進軍する愚は犯さぬ。ゆえに、攻め込んで来るは、来春、雪解けを待ってだ。」
「どうするのかの?」
丹生が問う。
「狗那の山を越えて攻め入るとするなら、東の三つ足峠、北の寒河峠、西の四坂峠の3つが行軍するに適した道であろう。その他にも、細かな峠越えの間道、その全ての峠の切り通しに柵を設け、両脇に物見櫓を置く。さらに、峠の北側の森林を伐採する。切り倒した木は、枝伐ちをし、七尺程の長さに切り、それらを峠の櫓に集める。」
「どうするのだ?」
「北側に向かい積み上げ縛っておく、敵が寄せて来れば、切り離し転がせば良い。」
「しかし、それらを全て整えるは、容易ではないぞ。」
八頭が言う。
「ならば、敵が攻め入るを指をくわえて見ておると言うのか?」
「いや、そうは言わぬが…」
「ならば、やるしかなかろう。」
「いつ始める?」
「今すぐだ。敵が動かぬ今のうちに、出来うる限りの仕度をせねば、勝ち目は無い。」
伊勢勝秋は、出穂国より、伊佐の島に向かう船上にあった。
正直なところ、今回の兼時の坂田蔵人招聘には、反対の気持ちがある。
勝秋は、蔵人という男が好きではない。
身の丈六尺三寸【約190㎝】、体重は三十二貫【約120㎏】という偉丈夫で、性格もそれに類して豪胆。
身分など、気にもとめず誰彼となく、ぞんざいな口をきく。
年長の兼時に対しても変わらぬ態度が、勝秋には、どうしても赦せなかった。とは言え、その力は戦場において無双、今度の狗那侵攻に、兼時が欲しがるのも無理はない。
そんな思いを抱え、船先の向こうに見え始めた伊佐の島を睨みつけた。
伊佐の島は、流刑の地である。
坂田蔵人が、伊佐に流されたのは、3年前の暦730年の事であった。
蔵人の父は、その時、右大臣の職にあった、坂田篤胤である。
この頃、先の帝の命による、逼迫した財政を建て直す為、太政大臣、梶原実時や摂政、梶原氏時【実時の長子】らと共に、篤胤も奔騰していた。
そんな中、実時の従兄弟にあたる、梶原忠長は、以前より右大臣の地位を欲しており、篤胤の存在を疎んじていた。
実時も、篤胤の存在を快く思っておらず、事有る毎に意見は対立していた。
篤胤は、武家の出であったが、学問に秀でており、先の帝、頼興の若き頃より、東宮学士として仕え、頼興も篤胤を厚遇した。
そんな中、財政建て直しの為、断行された増税の裏金を、篤胤が着服しているという風聞が流れた。
これは、忠長の策であったが、謀略である事は、誰の目にも明らかであり、頼興も聞くに及ばずとして、相手にもしなかった。
しかし、噂といえど真意は確かめばならぬとして、左大臣、橘惟任が、篤胤を訪ねた。
この時、事もあろうに惟任が篤胤の館内で殺害されたのである。
しかも、惟任殺害に用いられた凶器が、坂田家の家宝である、¨熊手の太刀¨であったのだ。
ここに至り、実時、氏時、忠長の訴えを、さすがに頼興も無視出来ず、篤胤に問い質した。
これを、己の恥とした篤胤は、館に戻るなり自刃して果てた。
これを聞いた頼興は、大いに後悔したが、これに蔵人が黙っていなかった。
蔵人は、忠長の輿を襲い縄で縛り上げ、都の弥勒大路を南から内裏の門前まで引きずり、門前の銀杏の木に逆さ吊りにしてしまったのである。
これに対し、頼興は大いに怒ったが、篤胤の死に対する負い目もあり、死罪を言い渡さず、伊佐への流刑の処置を執ったのである。
そんな過去もあり、勝秋は蔵人の出迎えに賛同しかねる思いだったのだ。
しかしながら、伊佐の島に近づくに従って、驚きを隠せなかった。
勝秋の見た伊佐の島は、おおよそ流刑地とは思えぬ賑わいを見せる、一個の町を形成していたのだ。
「こ、これは、一体何とした事じゃ!?」
橘惟任亡き後、左大臣となった大伴経清は、帝、麟興に謁見していた。
麟興は、実時や氏時を煽っても、遅々として進まぬ狗那侵攻に、業を煮やしていた。
「実時も、氏時も、朕の意向を何と心得ておるやら、狗那人なぞ恐るるに足らぬであろうに。」
麟興の言葉に、経清は半ば呆れながら答えた。
「畏れながら、実時殿も、氏時殿も決して、お上のご意向を軽んじておる訳ではございませぬ。」
「ならば何故じゃ!」
「それは、如何な不敗の戦神と謳われる、梶原兼時といえども、自然には勝てませぬ。ましてや、こちらから攻め入るに地の利は向こうにございます故。」
「しかしじゃな…」
「お上、兼時殿とて、ただただ雪が溶けるを指をくわえて待つ訳ではございませぬぞ。まずは、狗那の入口、敵の出城のある依貫の嘉島を攻め落とし、そこを拠点とし、依貫の平野を平らげ、まずはこちらの足場を固めた後、雪解けを待って攻め入る寸法にございます。」
「ふ~ん…」
「雪深き山越えの進軍など、戦う前にどれほど兵を失うや分かりませぬ。」
「分かった分かった。先帝の望みを叶えんとして、朕も些か性急であった樣じゃ、済まぬ。」
「兼時殿に任せておけば、万事安心でございますよ。」
「そうじゃな…時に、経清。」
麟興が、話しの筋を変えそうな雰囲気に、経清は肝を冷やす思いがした。
「朔夜の事じゃがな。」
やはり、それかと、経清は、嘆息した。
朔夜は、経清の3人の娘の末娘である。
美しく、才覚もあり都でも評判の娘であった。
にもかかわらず、27の齢に至るに、未だ嫁がずにいる。
それを見初めた麟興が、是非とも側女にしたいと、経清に申し出たのだ。
ところが、これに対し、朔夜は断固として拒否したのである。
訳を聞いてもはっきりとぜず、ただただ嫌だと首を振る。
それが、3日前の事、今日こそはと、経清が激しく問い詰めると、終には朔夜は頑なな理由を語ったのだった。
理由を聞いて経清は、激しく問い詰めた事を後悔した。
「申し訳ございませぬ。」
経清は、土下座をした。
「いかが致しのじゃ?」
「朔夜には、思い人が居ったのでございます。」
「何!?思い人とな!誰じゃ!」
「それが…その…」
「ええい!はっきりと申せ!」
麟興の怒りは、頂点に達していた。
「…坂田蔵人にござります。」
「何と!?…今、何と申した!?」
「坂田蔵人でございます。」
「く、…く、蔵人じゃと!?あの鬼子が、朔夜の思い人と申すか!」
「申し訳ござりませぬ。その事、3日前に朔夜より聞き、余りの驚きと怒りに、思わず勘当を言い渡してしまったのでございます。そして、その晩の内に、近習と侍女を連れ出奔したのでございます。以来、行方は擁として知れぬのでございます。」
麟興は、暫し言葉を失った。
「…探し出せ。」
「は?」
「何としても、朔夜を探し出すのじゃ!朕の側女云々ではない!彼の鬼子と契りを結びし女子なぞ棄ておけぬ!朕、自らの手で以て打ち首にしてくれるわ!」
朔夜は、近習の神部乎麿、侍女の石蕗と共に、都から東に向かい、濃見国の月琴湖に出て、湖沿いに北に向かい、弯賀国は姉ヶ崎の港を目指していた。
姉ヶ崎より船で、弯賀湾を抜け、さらに中狭湾を越え、外洋に出て西に向かい、伊佐の島へ、蔵人の元へ行く。
それが朔夜の望みであった。
しかし、都からの追っ手の気配がひしひしと感じられ、思う樣には逃げられずにいた。
その内、間道には関所が設けられ、ますます逃げ場を失った朔夜一行は、夜陰に紛れて、月琴湖へと舟を出した。
そして、月琴湖の北の端である西深井の鳰津浜に辿り着き、陸路を姉ヶ崎に向かったが、追っ手の動きは速く、弯賀の平野に出る手前の大河口で取り囲まれてしまった。
「朔夜様でごさいますな。」
7人の追っ手の長と思われる兵士が問う。
「私は、戻りませぬぞ。」
朔夜が、言い返す。
「朔夜様。戻る戻らぬの話しではございませぬ。帝の命にて吾等、お迎えに参ったのでございまする。」
「帝の?…嫌です。私は戻りませぬ。」
「朔夜様、吾等も出来うるなら、手荒な真似はしとうござらぬ。どうか速やかにご同行願いたい。」
「そうはさせぬ!」
乎麿が、太刀を抜き、朔夜を庇って立ちはだかる。
「どけ!小僧、うぬの戯れ事に付き合うては居れぬ!」
乎麿を突き飛ばし、朔夜の肩に手をかけようとした兵士の首に、1本の矢が突き立った。
「何だ!?」
追っ手の兵士達が、色めき立つ。
すると、闇から5つの影が飛び出し、兵士達と斬り合いになった。
あっという間に、追っ手達は斬り伏せられた。
5人の男達は、褸布の樣な物を纏い、全員が蓬髪で垢塗れの顔をしている。
野盗の樣だ。
「おう!こりゃ驚いた。めちゃくちゃ別嬪だ。」
男の1人が言う。
「無礼者!こちらは、左大臣、大伴経清様の御息女なるぞ!」
乎麿が吠える。
「何!?左大臣の娘だと!」
男達の中でも、一際背の高い男が歩み出た。
「すると、お前は朔夜か?」
「何故、私の事を知っておるのです?」
「お前、蔵人の思い人であろう?」
「蔵人様を存じておるのですか?」
「子供の頃からの悪い遊び仲間だ。しかし、左大臣の御息女がどういう訳で、この樣な山中に居るのだ?」
朔夜は、これまでの経緯を説明した。
「成る程、そう言う事か、それならば俺が、姉ヶ崎まで案内してやろう。」
「それは、有り難い事です。…ところで、そなた名は?」
「俺か?俺は、与鷹と言う。」
伊勢勝秋は、伊佐の島守、原子忍足の館にあった。
米商人に粉しての入島であったが、どういう訳か船を降りた途端、役人に取り囲まれ此処まで連れて来られたのである。
勝秋の前には、島守、原子忍足が居る。
「島守殿!これは如何なる仕儀に相成りましょうや?」
勝秋の言葉に、忍足はにこやかに答えた。
「如何なる仕儀とな?それは、こちらの問いでござるよ伊勢殿。」
「何と申される!?」
「わざわざ米商人に成り済ましのお出まし、何やらきな臭うごさいますな。」
「みどもは、中衛中将、梶原兼時様の命にて罷り越したのでございます。」
「兼時殿の?それこそ如何なる仕儀でござるのか?」
「それは…今度の狗那侵攻にあたり、流刑の身にある坂田蔵人を召還せよとの思し召しにて。」
「罪人の召還?さてさて、それは朝廷がお認めになっておる事ですかな?」
「それは…」
「でしょうな。彼の鬼子を世に解き放つなど、お上をはじめ太政大臣様、摂政様はおろか、参議の方々いずれもお認めになりますまい。特に忠長様あたりは、発狂するやも知れませぬ。」
「そこを何とか秘密理に連れ帰りたいのです。」
「成る程……この樣に申しておりまするが、如何なさる?」
と、忍足は、勝秋にではなく、隣りの間とを隔てる襖に向かって問うた。
「さて、どうしたものか。」
声と共に襖が開くと、六尺を越える偉丈夫が姿を現した。
「く、蔵人!?」
「おう、勝秋、久しいのう。どうだ、兼時は息災か?」
「き、貴様、罪人の身で何をしておる!?」
「伊勢勝秋が、遥々やって来たと言うので、面を拝みに来ただけだ。」
「そういう事ではない!罪人の身でありながら、何故、戒めも無く自由に動けるのか!?」
勝秋の言葉に、蔵人と忍足は、顔を見合わせ吹き出した。
「な、何が可笑しい!」
「勝秋、お前も察しの悪い奴だな、この島の有様を見て、何も思わなんだのか?」
「そ、それは、確かにおかしいとは思うたが…」
「勝秋、此処はな、既に流刑地ではない。」
「何!?」
「此処は、朝廷とは関係無く独立した一個の国だ。」
「独立した国だと!?」
「そうだ、そしてこの国を治める王は、何を隠そうこの俺だよ。」
勝秋は、驚きの余り開いた口が塞がらなかった。




