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ハリボテロミオの夏の夢  作者: 矢倉


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エピローグ

 似つかわしくないピンヒールの踵を鳴らす音が、夜の旧校舎に響く。一部腐りかけている廊下の床板を避けながら、そのヒールの音は迷うことなく、演劇部の古い稽古場へと向かっていた。がらんと静まり返った稽古場。その舞台の上を、月明かりのスポットライトが照らしている。

 ピンヒールの主はおもむろに舞台に座ると、手にしていた袋から茶色い瓶と二つの小さな白い盃を取り出した。そしてゆっくり瓶の中身を二つの白い盃に注ぐと、ピンヒールの主は盃の一つを手に取って、中のものを一口嚥下する。


「ちょっとー!一人だけ先にしっぽりするなんて、ずるいんじゃない?彌生ちゃん」

「これを出したら、勝手に出てくると思って」


 そう言って、彌生は突如自分の横に現れた一柱を気に求めずに、もう一口酒をあおった。


「もう。本来はだめなのよ?」


 と言いつつ、彌生の思惑通り酒に誘われて出てきたアメちゃんも、舞台に置かれたもう一つの盃を手に取ると、そのまま中身を一気に飲み干す。


「うーん!やっぱり彌生の持ってきてくれるお酒はおいしい〜!!!」

「いいもの選んでますから」


 そう言って、彌生は笑った。


「で、今日はなんの用?またヒット祈願?」


 アメちゃんは自分で瓶を注ぎながら、また酒に口をつける。普段はアメリカにいる彌生だが、日本に来ると必ずここへきて、アメちゃんに酒を供えて仕事の祈願をしているのだ。けれど、


「違う違う」


 今日の用事は別だ。


「今日はうちの息子のお礼参り」

「あー!ついこの間、ロミオを演じてたあの子ね!」

「あの子、役者になることを諦めようとしてたから……」


 そう。彌生は、半ば強引に玲央に酒を持たせ、アメちゃんのところへ行くように仕向けたのだ。アメちゃんの力を借りて、玲央が本当に好きなことをやれるように。


「そうなの?そうは見えなかったけどなぁ……」


 そう言って、アメちゃんはどんどん酒を口へ運ぶ。彌生は空になった盃の縁を、親指でそっと撫でた。


「私さぁ、お酒を供えてここで演技してくれた人間だったら、誰でも願いを聞いて演技を上手くしてあげるわけじゃないんだよね」

「そうなの?」


 長年、ここに通う彌生でも初耳だったようで、目を丸くする。それは、玲央がここへ来てお酒を供えて演技をしても、アメちゃんが現れなかった可能性があるということだった。


「そうだよ〜。じゃないと、誰彼構わずみんなの願い聞かなきゃいけないでしょ?」


 そう言って、また一口。アメちゃんは盃に口をつける。


「もう一つ、条件があるんだよねぇ」

「条件?」

「そ、条件」


 酒を飲む手を止めて、アメちゃんはニヤッと笑った。


「演じることが、誰よりも好き。それがわかる演技じゃなかったら、私は現れないんだよ」

「……なるほど」

「だから彌生ちゃんの前にも現れてあげたでしょ?」

「確かに。その節はどうも」


 そう言いながら、彌生はアメちゃんから瓶を受け取って、自分の盃に酒を注ぐ。中身はもうだいぶ少なくなっていた。


「三年前にここにきた女の子もいいんだよね〜!彌生ちゃんと一緒で、ノエちゃんがついてる子なんだけどさぁ。あの子、子どもの頃に映画撮影を見に行って、そこで頑張ってた男の子に一目惚れしたのよ〜」

「ふぅん……」

「まぁその男の子は、いざ本番になった時に緊張で動けなくなっちゃって、結局代役の子が出たらしいんだけどねぇ。カメラの回ってないところで、少ないセリフを何度も何度も練習しているその子を見て、自分もそこまで頑張れるものを見つけたいっ〜て、演劇を始めたらしくってさぁ」


 だいぶお酒が回ってきたようで、アメちゃんはいつになく饒舌だ。


「拙いけどいい演技だったから、その時はついね〜。甘酒も美味しかったし?あ、その子、丁度彌生ちゃんとこの子と同い年だよ〜」

「あのジュリエット役の子、でしょ?」

「そうそう〜!これからが楽しみだねぇ〜」


 そう言って、アメちゃんはまた瓶を傾ける。しかしそこからはぽちゃんと一滴、盃に落ちただけで、それ以上は何も落ちてこなかった。


「あー、もうおしまいかぁ……もっと飲みたかったのに!」

「またとっておきを持ってくるよ。あの子も、まだまだお世話になるだろうし」

「うんうん!楽しみにしてるよ〜!……色んな意味で、ね……」


 そう言い残して、アメちゃんは鈴を取り出すと、一振り鳴らした。シャンっという鈴の音と共に、ふわりと優しい光を残して、アメちゃんは舞台から姿を消す。その光も、すぐに月明かりにかき消されていった。

 残された彌生は、ただ黙って月明かりを眺める。その手に持った盃には、まだ少しだけ酒が残っていて、月が反射して盃の中には小さな月が浮かんでいた。その月を彌生は一気に飲み干すと、盃を置いたまま月明かりの舞台を後にする。夜の旧校舎に、再びピンヒールの音が響いた。その音も、夜の闇に吸い込まれていく。舞台に残された二つの白い盃だけが、スポットライトを浴びて輝いていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

初めて書いたオリジナル作品なので、あれこれこねくり回しすぎていますが楽しんでいただけましたら幸いです。

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