レベル1固定の俺、経験値を他人に配れるので最強ギルドを作る
「エイジ。お前は今日で追放だ」
冒険者ギルドの奥にある会議室で、勇者候補のラウルは妙にきれいな声でそう言った。
横には神官のミレーヌ。魔術師のドラン。剣士のジーク。全員が俺を見ていた。
いや。正確には、机に置かれた俺の冒険者証を見ていた。
そこに刻まれた数字は、レベル一。それが俺の全評価だった。
「まあ、そうなるよな」
俺は出された茶を飲んだ。ぬるい。
「驚かないのか?」
「三日前からその空気だったし」
「なら話が早い。お前は我々の足手まといだ。どれだけ魔物を倒してもレベルが上がらない。体力も筋力も初期値のまま。正直に言って危険だ」
「危険なのは俺だけどな」
「その通りだ。だから置いていく」
ラウルは少しだけ顔をしかめた。
悪いことをしている自覚はあるらしい。
そこはまあマシだ。
「お前の固有技能は珍しい。だが役に立たない」
俺の技能は《経験値譲渡》。
俺が得るはずだった経験値を他人に渡せる。
ただし俺自身はレベルが上がらない。
どれだけ魔物を倒そうが訓練しようが依頼をこなそうが数字は一のまま。
神殿の鑑定士は気の毒そうに言った。
これは呪いに近いですね、と。
俺もその時はそう思った。
だが実際は少し違った。
呪いなのは俺にとってだけだ。
「今まで配った分は返せないぞ」
俺が言うと、ラウルの眉が動いた。
「何?」
「いや。お前らに渡した経験値。返せないからな」
「当たり前だ。恩に着ろと言うつもりか?」
「別に。確認しただけだ」
ラウルたちは俺の技能を役に立たないと言う。
けれど彼らが最短で銀級まで上がれたのは俺が経験値を全部渡していたからだ。
本人たちは努力だと思っている。
努力はしていた。
それは否定しない。
ただ人の取り分まで食べた努力ではあった。
「退職金は?」
「冒険者にそんなものはない」
「世知辛いな」
「代わりに紹介状を書いてやる。街の警備隊なら雑用として雇ってくれるだろう」
「どうも」
俺は封筒を受け取った。
中を開ける気にはならない。
どうせ丁寧な言葉でこいつは弱いですと書いてある。
それなら口で言われるほうがまだ早い。
「エイジ」
出ていこうとした時、ミレーヌが小さく呼んだ。
「恨まないでくださいね。私たちも王都を守るために強くならなきゃいけないんです」
「恨むほど暇じゃない」
「……そうですか」
少し傷ついた顔をされた。
何でだよ。
こっちが追放されているんだが。
俺は会議室を出た。
廊下の窓から中庭が見える。
訓練用の案山子が並んでいた。
その端でひとりの少女が盾を構えたまま転んでいる。
周囲の冒険者が笑っていた。
「また転んだぞ。荷物持ちの盾女」
「やめてください。まだ訓練中で」
「訓練しても無駄だろ。お前レベル三だろ?」
少女は立ち上がろうとして膝をついた。
盾が大きすぎる。
体に合っていない。
だが手放そうとはしない。
俺は中庭に降りた。
「おい。盾女」
「ひゃい!?」
少女が変な声を出した。
茶色の髪。そばかす。小柄。
冒険者証にはニナとある。
「盾を持つ理由は?」
「え?」
「格好いいからか。親の形見か。借金の担保か」
「いえ。守りたいからです」
「誰を」
「誰でもです」
「雑だな」
「すみません」
謝ることではない。
けれどニナはすぐ謝るタイプらしい。
たぶん冒険者には向いていない。
少なくとも今の冒険者ギルドには。
「経験値ほしいか?」
「はい?」
「俺と組め。レベル上げてやる」
周囲が一瞬静かになった。
そのあと笑い声が弾けた。
「レベル一が何言ってんだ!」
「お前追放されたばかりだろ!」
「盾女とレベル一。お似合いだな!」
まあそう見える。
俺でもそう言うかもしれない。
性格が悪ければ。
「で。どうする」
俺はニナに聞いた。
ニナは盾を抱えたまま俺を見た。
「私でも強くなれますか」
「多分」
「多分なんですか」
「絶対と言うやつは大体危ない」
「なるほど……」
納得するのか。
変な子だな。
「お願いします。私を強くしてください」
「じゃあ今日からお前はうちのギルド員だ」
「うち?」
「今作った。正式登録はあとでどうにかする」
「今!?」
こうして俺の独立ギルドはできた。
名前はまだない。
資金もない。
拠点もない。
メンバーはレベル一の俺と、転ぶ盾使いが一人。
かなり終わっている。
だがまあ、ゼロよりは一多い。
翌日。
俺たちは王都の外れにある薬草森へ行った。
討伐対象は角兎。
低級冒険者が最初に狩る魔物だ。
「ニナ。盾を構えろ」
「はい!」
角兎が飛びかかる。
ニナは盾を出した。
重心が後ろに流れた。
また転ぶ。
「うわっ」
角兎は盾にぶつかって跳ね返った。
俺は短剣でとどめを刺す。
手がしびれた。
弱い。
俺は本当に弱い。
何度確認しても笑えてくる。
だが角兎は倒れた。
俺の中に熱のようなものが流れ込む。
経験値だ。
普通なら体を巡り、骨や筋肉や魔力を押し上げるもの。
俺の中では行き場を失って浮く。
俺はそれを掴む感覚でニナへ向けた。
「渡すぞ」
「え。何をですか」
「経験値」
「わっ」
ニナの冒険者証が光った。
レベル三が四になる。
「本当に上がった……」
「角兎一匹で?」
「俺はレベル一だからな」
ここで俺の技能には妙な仕様がある。
経験値は本来、倒した魔物と自分のレベル差で補正が入る。高レベルが弱い魔物を狩ってもほとんど成長しない。低レベルが強い魔物を倒すと大きく伸びる。
俺はずっとレベル一だ。つまり、どんな相手からも低レベル扱いで経験値を受け取れる。
しかも自分では使えないので全量を他人へ流せる。
欠陥品だと思っていた能力は、他人を育てることだけに関しては異常だった。
「すごいです。エイジさん!」
「すごいのは仕様の穴だ」
「しよう?」
「気にするな」
角兎を十匹狩った。
ニナはレベル八になった。
まだ転んだ。
ただし転んでも盾がぶれなくなった。
地味だが大きい。
三日後。
ニナはレベル十五になった。
角兎の突進を片手で止めるようになった。
ついでに俺を背中に隠す癖がついた。
「エイジさんは前に出ないでください」
「俺がギルド長なんだが」
「死にます」
「事実で殴るな」
その日の帰り道。
俺たちは路地裏でひとりの少年と出会った。
銀髪の少年が魔導書を抱えてうずくまっていた。
周りには破れた紙が散っている。
「何してる」
「燃やされた」
少年は短く言った。
「魔導書を?」
「僕の研究を。魔力が低いから無駄だって」
「レベルは」
「二」
「名前は」
「ユリウス」
「経験値ほしいか」
ユリウスは俺を見た。
目が暗い。
「代金は」
「うちのギルドに入れ」
「怪しい」
「まあ怪しいな」
「否定しないんだ」
「否定できる材料がない」
ニナが横で慌てた。
「エイジさん。勧誘が下手すぎます」
「正直だろ」
「正直と雑は違います」
ユリウスは少しだけ笑った。
その笑い方で決まった。
俺たちは三人になった。
それから増えた。
薬師のマルタ。
彼女は戦えないからと裏方に回され、ずっと安い賃金でポーションを作らされていた。
鍛冶見習いのゴードン。武器屋の三男で、家では兄たちの失敗作を磨くだけの係だった。
斥候のサラは、足が速いだけで攻撃力がないと笑われていた。
料理人のロッカは冒険者ではなかったが、食事を食べた者の回復量を上げる妙な技能を持っていた。
全員がどこか半端だった。
剣一本で魔物を両断するような才能はない。
神殿が拍手するような祝福もない。
けれど、俺にはそれでよかった。
完成品はいらない。
完成品はだいたい高いし態度もでかい。
拾うなら傷物のほうが気が楽だ。
俺たちは王都の外れにある潰れた馬小屋を借りた。
屋根は穴だらけ。
床は泥。
扉は少し斜め。
看板だけはゴードンが余った板で作った。
ギルド名は《一番星》。
ニナが考えた。
「レベル一のエイジさんがいるからです」
「嫌味か?」
「違います!」
まあいい。
覚えやすい。
一番低い場所から見える星。
悪くない。
それから半年。
王都で《一番星》を知らない者は少なくなった。
理由は簡単だ。
俺たちは依頼を断らなかった。
下水道の魔鼠退治。
畑を荒らす土竜の追い払い。
倉庫に湧いた粘液虫の駆除。
貴族の護衛ではない。
王宮の勅命でもない。
誰もやりたがらない小さな依頼を受け続けた。
そして俺は経験値を配った。
ニナは王都でも数えるほどの盾役になった。
ユリウスは低い魔力を補うため、魔法陣を重ねる技術を覚えた。
マルタの薬は飲むと苦いが死にかけが歩いて帰れる。
ゴードンの武器は見た目が地味だが折れない。
サラは夜の屋根を猫より静かに走る。
ロッカの飯はやたらうまい。
これが一番大きいかもしれない。
「エイジさん。王都本部から呼び出しです」
ある朝、ニナが封書を持ってきた。
封蝋には冒険者ギルド本部の紋章。
嫌な予感しかしない。
「破っていいか」
「だめです」
「じゃあ燃やすか」
「もっとだめです」
開けると、中身は合同討伐への参加要請だった。
北の山に黒竜が現れたらしい。
王都の主力ギルドが集められる。
その中に《一番星》も入っていた。
「黒竜か」
俺は封書を眺めた。
厄介だ。
普通に強い。
そしてたぶん、俺を追放したラウルたちも来る。
予想は当たった。
討伐隊の集合地で、ラウルは俺を見つけて目を細めた。
「エイジ。まさかお前まで来るとは」
「呼ばれたからな」
「足を引っ張るなよ」
「そっちこそ」
ラウルの背後でミレーヌが気まずそうに視線をそらした。
ドランは鼻で笑う。
ジークは俺たちの面子を見て肩をすくめた。
「寄せ集めじゃないか」
「そうだな」
「認めるのかよ」
「事実だし」
横でニナが盾を握る。
ユリウスは黙って魔法陣を地面に描いている。
サラは既に姿がない。
たぶん周辺の地形を見に行った。
ゴードンは全員の武器を点検していた。
マルタは薬瓶を並べている。
ロッカは鍋を火にかけた。
「何をしている」
ラウルが呆れた顔をした。
「飯」
「討伐前だぞ」
「だから飯だ」
ロッカが無表情で言う。
ラウルは何か言いかけてやめた。
その顔は昔の俺を見る時と同じだった。
理解できないものを下に見る顔。
まあ、わかる。
俺も初見ならそう思う。
討伐は昼過ぎに始まった。
黒竜は山腹の廃砦に巣を作っていた。
鱗は硬く、翼の一振りで兵士が吹き飛ぶ。
討伐隊は正面から突撃した。
ラウルが光の剣を振るう。
ドランの火球が炸裂する。
ミレーヌの祈りが傷を塞ぐ。
ジークが竜の足元を斬る。
強い。
彼らは確かに強かった。
俺が配った経験値は無駄ではなかったらしい。
だが強いだけだった。
黒竜は怒り、尾を振り抜いた。
隊列が崩れる。
ラウルが踏みとどまる。
そこへ黒い炎が落ちた。
「防げ!」
誰かが叫んだ。
ニナが前に出た。
大盾が地面に食い込む。
黒炎が盾に当たり、左右へ割れた。
「はあああああっ!」
ニナは一歩も退かなかった。
半年前なら角兎で転んでいた少女が、黒竜の炎を止めている。
俺は少し笑った。
「何だよ。ちゃんと強いじゃないか」
「今言うことですか!」
「今しか言えないだろ」
ユリウスの魔法陣が光る。
火ではない。
氷でも雷でもない。
いくつもの小さな光が黒竜の翼の付け根に絡みつく。
「竜の鱗は硬い。でも関節は動く。その隙間を縫えば止められる」
翼が鈍る。
サラが影から飛び出し、竜の片目に閃光玉を叩き込む。
ゴードンの作った投槍が鱗の隙間へ刺さる。
マルタの薬を飲んだ負傷兵が立ち上がる。
ロッカの飯を食っていた連中は倒れても戻ってくる。
俺は後ろにいた。
短剣を握っているだけ。
情けないくらい何もできない。
だが俺がここにいるから、皆がここまで来た。
それで十分だと言うほど俺はできた人間ではない。
正直ちょっと悔しい。
まあ、悔しさでレベルが上がるなら苦労はない。
「エイジ!」
ニナが叫んだ。
黒竜がこちらを見た。
目が合う。
あ、死ぬ。
そう思った瞬間、ラウルが飛び込んできた。
光の剣で黒竜の爪を受ける。
「ぼさっとするな!」
「助かった」
「礼はいい! 後で説明しろ! あいつらは何なんだ!」
「うちのギルド員」
「知っている! そういう意味じゃない!」
叫びながら戦うな。
危ないだろ。
黒竜が再び息を吸う。
さっきより大きい。
山腹ごと焼く気だ。
討伐隊が凍りついた。
そこでユリウスが言った。
「ギルド長。貯めてますよね」
「ばれたか」
「ばれます」
俺はこの討伐中に得た経験値をまだ誰にも渡していなかった。
黒竜との戦闘は、討伐隊の一員として場に立っているだけでも膨大な経験値が流れ込む。
俺はレベル一。
補正は最大。
器から溢れそうな熱が体の中で渦を巻いていた。
「誰に渡す」
俺が聞くと、全員がニナを見た。
ニナは一瞬だけ驚き、それから盾を構え直した。
「私が止めます」
「死ぬかもしれないぞ」
「エイジさんよりは死ににくいです」
「おい」
俺は笑ってしまった。
そして全部渡した。
ニナの冒険者証が強く光る。
レベル四十八。五十二。六十。六十七。
数字が跳ね上がった。
ニナの盾が淡く光る。
黒竜の炎が放たれた。
ニナは前に出た。
逃げない。震えない。
盾を構え、足を踏み込み、真正面から受けた。
黒い炎が山を舐め、岩が赤く焼け、木々が爆ぜた。
だが盾の後ろだけは燃えなかった。
「今です!」
ニナが叫んだ。
ラウルが走った。
ジークが続く。
ユリウスの魔法陣が竜の首を縛る。
サラの合図で投槍が一斉に飛ぶ。
ゴードンの作った槍は鱗を砕いた。
ラウルの光剣がその傷へ入った。
黒竜が咆哮する。
山が震えた。
そして巨体が崩れ落ちた。
討伐隊はしばらく動かなかった。
誰かが勝ったぞと叫ぶ。
そこからは早かった。
歓声。泣き声。怒鳴り声。倒れた者を運ぶ声。
俺はその場に座り込んだ。
疲れた。
何もしていないのに疲れた。
ニナが駆け寄ってくる。
「エイジさん!」
「無事か」
「はい!」
「ならいい」
ラウルも来た。
鎧は焦げ、顔には煤がついている。
勇者候補らしさはだいぶ薄れていた。
「エイジ」
「何だ」
「戻ってこないか」
周囲が静かになった。
ラウルは真剣だった。
「お前の力は必要だ。今ならわかる。俺たちはお前の価値を見誤っていた」
「だろうな」
「認める。謝罪もする。だから――」
「嫌だ」
俺は即答した。
ラウルが口を閉じる。
「早いな」
「悩む理由がない」
「俺たちは王都最強を目指せる」
「うちはもう目指している」
「俺たちと組めばもっと早い」
「早ければいいってものでもない」
俺は立ち上がった。
足元がふらついたのでニナが支えてくれた。
情けない。
でもまあ、うちの盾役は優秀なので問題ない。
「俺はレベル一だ。たぶん一生このままだ」
冒険者証の数字は変わらない。
どれだけ黒竜の経験値を浴びても一のまま。
「だから俺は俺を強くするのを諦めた。代わりに、強くなりたいのに届かなかったやつらを強くする」
ニナが隣に立つ。
ユリウスが魔導書を閉じる。
マルタが薬箱を抱える。
ゴードンが折れていない武器を確認する。
サラがいつの間にか背後にいる。
ロッカが鍋を持っている。
何で鍋を持っているんだ。
「それが俺のギルドだ」
ラウルは黙っていた。
悔しそうではあった。
けれど怒ってはいなかった。
少しだけ大人になったのかもしれない。
俺のおかげとは言わない。
面倒な話になる。
黒竜討伐の後、《一番星》は正式に王都特級ギルドへ昇格した。
レベル一のギルド長がいる特級ギルド。
最初は笑われた。
だがすぐに誰も笑わなくなった。
うちに入った新人は伸びる。
戦士も魔術師も職人も料理人も薬師も斥候も。
この世界では、職人にも料理人にも、それぞれの仕事に応じたレベルがあるらしい。
必要なら農夫にも経験値を渡した。
村を守る猟師にも渡した。
橋を直す大工にも渡した。
王都の下水を管理する作業員にも渡した。
魔物を倒すだけが強さではない。
壊れた水門を一晩で直せる職人がいなければ、下手な魔物より洪水の方が街を壊す。
毒を見抜ける料理人が一人いるだけで、王の食卓は騎士百人分くらい安全になる日もある。
俺はそれを知った。
というか、知る羽目になった。
ギルド長の仕事は多い。
依頼書に判を押し、配分表を作り、誰にどれだけ経験値を渡すか考える。
最強ギルドという響きのわりに地味すぎる。
「エイジさん。次の加入希望者です」
ニナが書類を持ってきた。
「今度はどんなやつだ」
「レベル二の吟遊詩人です。歌で味方の眠気を少し取れます」
「微妙だな」
「採りますよね」
「まあな」
俺は判を押した。
窓の外では新人たちが訓練している。
転ぶ者。詠唱を噛む者。矢を外す者。鍋を焦がす者。
半年前のうちと大差ない。
たぶん半年後には別人になっている。
俺だけは変わらない。
冒険者証には今日もレベル一と刻まれている。
それを見て、俺は少しだけ笑った。
「さて。今日も誰かを強くするか」
最強になる予定はない。
俺には向いていない。
けれど最強のギルドを作るくらいなら、まあ。
レベル一の俺でも何とかなる気がした。




