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タイムパラドックスの裏舞台

作者:
掲載日:2026/05/05

【2019.B 関東地区飲酒運転事故】


発端:飲酒による泥酔。


結果:車両7台巻き込む、玉突き事故。

   搭乗者合わせ20人が死亡する。


現場に向かう。


「まあ1人で大丈夫でしょ」


「はい」


夜、居酒屋前のコンビニに止めてある車。

ドライバーを使ってタイヤを刺す。


これで終わり。

これで20人の命は救われた。


原因はいつも些細なもの。


これからの事、

居酒屋から泥酔して出てきた男は、

自分の車で帰宅しようとする。


そこで、タイヤがパンクしているのを確認、

仕方なくタクシーで帰宅する。


しかし、もう何も起こらない。


未来とは、いつもいつも、

なんてことのない、

そんなことで変わっていく。


どんな時も。


「お疲れ。早かったね」


「まあ、手早く終わりました」


「次は教務かー。頑張って」


「はい、頑張ります」


【教務】


「最後に、繰り返して」


「はい」


「私達の使命は、

 過去の悲劇的な事件、事故、

 戦争、疫病等、

 悲劇的な出来事、それを、

 無くすことです」


「うん、1文字も間違っていない。

 では、どうやって?」


「それは、私達のみが使用可能な装置で、

 過去、事実が発生する前、

 原因を取り除くことで、

 歴史から悲劇を消し去る、

 ということ......あっていますか?」


「うん、その通り」


「では、本日の教務を終わります」


教室から出る。

本来私の業務ではないけど、

お世話になっている人の頼み、

なら仕方ない。


廊下を歩く。

もうここに来て5年になる。


仕事は、簡単ではないけど、

仕事なのだから、取り組む。


「お疲れ様、良い教務だったよ」


「05番、お疲れ様です」


隣を05番が歩く。


05番。直属の先輩。

エレベーターが開く。乗る。


「14番はこれから任務?」


「ええ、そうですね。

 まあ、教務後なので、

 単純な任務にしてくれました」


「もう誰も聞いてないし、

 敬語取ったら?」


「いえ、規則なので、職場では」


2人でエレベーターが止まるのを待つ。


34階。


「じゃ、また」


「はい」


【昼食】


任務後は、現場から速やかに離脱する。


それが規則で、そうしようとした。


「任務後は、

 現場から素早く立ち去るようにと」


私はそう言った。


「予定より早く終わったし、

 まあいいでしょ」


05番はそう言って、平然と椅子に座る。

そして、迷いなく料理に手を伸ばした。


ここは、任務対象の時代に存在する食堂。

本来なら、立ち寄る理由はない。


「05番は、いつもながら、なんというか、

 ルーズですね……」


ため息が漏れる。


「この程度なら口頭注意で済みますが、

 それ以上は勘弁してください」


「はいはい」


軽く受け流しながら、05番は一口食べる。


「……美味しい」


私も料理を口にする。


「……そう、ですね」


確かに、美味しい。


「確か、この時代は、

 農業生産力が飛躍的に上がり、

 食事の質も高まったと記録されています」


「はえー」


だが、でも。


「任務と関係は、ありませんね」


そう結論づける。


「まあまあ」


05番は笑う。


「美味しいんだからさ、

 美味しい、でいいでしょ?」


「まあ、そうですね......」


帰ると、伝達が来る。


「今日は終わりですね」


「では、また明日」


【2001.T 都市型複数殺人未遂事件】


発端:男女5人のグループが、

   オフ会で集まる。構成は、

   男A(主犯)

   女B

   男C

   女D

   男E


   男Aは女Bに強い執着を持っている。

   しかしBはすでにCと交際中。

   

   Bはある日メールを送る。

   『今日終わらせる』

   Bは関係の整理の意図として。

   だがAは誤解する。


結果:Cへの嫉妬、

   過去のトラウマ、アルコール等の、

   要因が重なり、部屋で口論が発生。


   Aが隠し持っていたナイフを取り出し、

   衝動的にCを刺す。

   パニック状態で他4人も巻き込む。

   5人死亡(A含む)


「20番は現場へ早入、見張りを。

 05番、14番は歴史介入の手段を」


「軽度案件ですね」


私と05番は補給食を食べて、

端末を見ながら言った。


「うん。でもなあ」


隣で05番が覗き込む。


「衝動型、こういうの厄介だね」


「しかし、原因は明確です」


画面を操作する。


「対象Aが、対象Bからのメールを誤認。

 関係の清算を意味する文面を、

 裏切りと解釈」


「それで爆発したって?」


「はい。加えてアルコールの影響。

 さらに対象Cの存在が刺激となっています」


05番は、少しだけ黙る。


「……めちゃくちゃありがちだね」


「はい。ですが、それゆえに単純です。

 凶器の排除、

 または接触の阻止で解決可能です」


「うーん」


05番は首を傾げる。


「それだとさ、また起きるかも」


「別の形で、という意味ですか」


「うん。この人、多分、結局、

 どこかで爆発するよ」


画面に映る、対象Aの記録を見る。

05番の言う通り、確かに、衝動性は高い。

ゆえに、また起こるとも限らない。


「では、通信の修正を」


「それがいいかな」


05番は頷いた。


「でも、ちょっとだけ」


「……?」


「全部きれいにするとさ、

 逆に不自然になるから」


その言葉に、少しだけ考える。


「爆発しない程度に、歪みを残す……?」


「そうそう」


軽く笑う。


「人間って、

 多分そのくらいがちょうどいいから」


理解もできない。

だが、否定する理由もない。


転送。


薄暗い部屋、

テーブルの上に、酒と食べ物。

対象たちが、集まっている。


緊張は、すでに空気に混ざっていた。

私は、静かに端末を操作する。


送信直前のメール。


「今日は全部終わらせる」


その一文が、書き換わる。


「今日はちゃんと話したい」


送信。


対象Aの携帯が震える。

画面を見る。


表情が、わずかに変わる。


完全な怒りではない。

迷いが混ざる。


その瞬間、

05番が、わずかに動いた。


ドアの外。


通りがかる人間の動線を、

ほんの少しだけずらす。


ノックの音。


「すみません、間違えました」


場の空気が、一瞬途切れる。

誰かが、笑う。


「びっくりした」


その一言で、緊張が崩れる。

対象Aの手が、テーブルの下で止まる。

そこにあったはずのナイフには、触れない。


「……話す」


小さく、呟く。

その夜、誰も死ななかった。


帰還。


「……まだこれからです。彼らは」


私は言う。


「そう?」


「根本的な問題は解決していません」


「うん。でもさ」


05番は、少しだけ考える。


「この人、今日のこと覚えてるよ」


「……」


「ちゃんと話せたって」


その言葉に、答えは出なかった。


「05番はやはり頼りになります」


「まあね。

 よし、お昼食べに行こうか」


【1935.W バルカン危機再燃】


発端:地方の都市にて、

   ユーゴス王国の高官が暗殺される。

   犯人はクロ系民族主義者とされるが、

   調査により別勢力の工作と判明。


結果:ユーゴスは報復を決定。

   同盟国がこれを支援し、

   さらに他2国が介入。


   戦争が勃発し、多数の死傷者、

   難民を生む。


「05番、14番は歴史介入の手段を。

 他は工作と支援を」


05番はあからさまに項垂れた。


「......今日の補給食は?」


「そうですね。確か、ちょっと豪華ですよ。

 頑張りましょう。」


補給食を2人で貪る。


「はあ……。

 なんでまたこんな、重い任務を」


「歴史的に重要な場面へ介入できるのは、

 階級の高い機関員に限られます。

 この戦争を防ぐことは、極めて肝要です」


「まあ……そうだね」


小さく息を吐き、05番は顔を上げる。


「うん、よし。

 じゃあ、どうやって止める?」


ホワイトボードに、いくつかの案を書き出す。


「まず考えたのは、

 暗殺そのものを防ぐことです。

 銃を改造する、

 あるいは犯人を事前に拘束する」


「うん、それもいいね」


05番は頷く。


「でもさ。

 それって、その瞬間を止めるだけで、

 本当に戦争まで防げると思う?」


私は一瞬、言葉に詰まる。

それは、私自身も懸念していた点だった。


「……いいえ。完全ではありません。

 戦争の発生を遅らせる、

 その可能性はありますが、

 根本的な解決には至らないかと」


「だよね」


05番は軽く笑うと、

ペンを取り、別の案を書く。


「じゃあ、私の意見を言うと、

 手紙を届ける」


「手紙……?」


「この高官、実は和平派なんだよ。

 紛争を収めるための書簡を、

 出す予定だった」


ボードに簡単な流れを書き加える。


「でも、暗殺された。

 書簡は、その場で焼かれた」


「つまり……和平を望まない勢力が、

 それを阻止するために暗殺した、

 その可能性があると?」


「恐らく、そういうこと」


05番は振り返る。


「だから、その手紙を届ける。

 この人の意思を、きちんと」


私は、少し考える。


「……しかし、それは、その案は、

 高官の死を前提としています。


 歴史介入は最小限であるべきです。

 暗殺防止と併用も、干渉過多になります」


「うん」


あっさりと、頷く。


「だから、さ」


少しだけ、間を置いて言った。


「どっちを取る?」


静かな問いだった。

私はボードを見る。

ホワイトボードに書き出された案を見る。


暗殺を防ぐ案。

手紙を届ける案。

その他の案。


小規模な紛争をあえて起こし、

抑止力とする案。

暗殺を正当化し、

対象を死ぬべき存在へ改ざんする案。


どれもこれも、完全ではない。


「……どの案も、正解とは限りません」


「うん、そうだね」


「だからこそ、慎重に選ぶ必要があります」


沈黙が落ちる。


やがて、05番が小さく息を吐いた。


「じゃあ、決めた」


ペンで、一つの案に印をつける。


手紙を届ける


「これで」


「……理由は?」


「必ず、全部は救えない。

 なぜか、でも絶対にいつもそう」


05番は、そう言った。


「でも、この人が何を選んだか、

 何を選ぼうとしたのか、それは残せる」


その言葉に、反論はできなかった。


転送。


空気が変わる。

時代が、景色が変わる。


石畳の街。

ざわめく人々。


そして銃声。

乾いた音が響く。


「……間に合わなかったか」


高官は、倒れていた。

血が広がる。

死んだ。


歴史は?


「間に合いましたか?」


「間に合っているよ」


炎が上がり、

燃やされる書簡。


その直前に、

05番の手が、それを掠め取る。


誰にも気づかれないまま。


数分後、広場に、人が集まる。


ざわめきが広がる中、

一人の男が、震える手で紙を掲げる。


「これは、これこそが」


声が轟く。


「故人の書簡だ!」


読み上げられる。


「我々は、戦うべきではない。

 対話こそが、それこそが、

 未来を繋ぐ唯一の道である」


空気が一変する。


怒りだけだったはずの群衆に、

迷いが混ざる。


誰もが、決断をためらう。


迷う。

命令が出ない。


報復は遅れた。


その遅れが、すべてを変えた。

その日、戦争は始まらなかった。


任務完了。


帰還の直前、私は言った。


「……完全に解決はしませんでした」


05番は、少しだけ笑う。


「そうだね」


そして、静かに続けた。


「でも、大切なことは、何を残すか。

 自身の思いが伝えられるのか」


言っていることはよく分からない。

でも、私は、答えなかった。


隣を見る。

05番は民衆を見ている。


その目は、なぜか、乾いていた。


【2013.K 小規模強盗事件】


発端:生活苦による単独犯


結果:店員1名軽傷、犯人逮捕


「軽度案件ですね」


「うん、すぐ終わるやつ」


補給食を食べながら転送する。


コンビニ内で、

男がナイフを持って震えている。


「金を出せ」


声が震えている。


操作する。

レジが開かないようにする。

通報を早める。


数分後、警察到着。

男は取り押さえられる。


任務完了。終わった。


外に出る。


子供が言う。


「パパ、あの人、悪い人?」


父親は答える。


「そうだよ。悪い人だ。

 絶対に、ああいう人にはなるなよ」


05番が立ち止まる。


「……あの人さ、

 本当に悪い人だったのかな」


「はい。記録上はそうです」


「……そっか」


「あの人は生活苦だった。

 あれしか道はなかったかも」


「人に危害を加えて良い理由にはなりません」


「まあ、それは、そうだね」


パトカーの中の男と目が合う。

男は泣いていた。


05番は何も言わなかった。


【2010.M 九州内連鎖型事故】


発端:雨天時、

   交差点で接触事故が発生。

   重症者1人、命に別状はない。


結果:人が集まり、交通が一時的に麻痺。

   その渋滞の先で救急車が遅延。

   搬送中の患者が死亡。


2人で映像を見る。


交差点でおきた、

小さな事故。

人が集まる。


誰かが声をかける。


「大丈夫ですか!?」


別の誰かが車を止める。


「危ないから止まって!」


また別の誰かが言う。


「警察と救急呼びました!」


「......つまり、

 彼らは何も悪いことはしてない?」


補給食を貪りながら05番は聞く。


「ええ、そういうわけです。

 皆善意で事故被害者を助けようとした。


 結果として交通が遮断され、

 救急車の通行が遅延」


救急車内の映像を見る。


隊員が死亡を確認。間に合わなかった。


「まあこれは簡単です。

 誰も関わらせないこと」


「つまり?」


「最初の目撃者を通過させ、

 声掛けを発生させない。

 交通を止めない。


 これで救急車は間に合います」


現場へ。


雨。

アスファルトに滲む光。


事故車両。

軽く歪んだボディ。


運転手は苦しんでいる。

そこへ、一人の通行人が来る。


操作する。


足は止まらず、そのまま通り過ぎる。


「終わりました」


人の連鎖は起きずに、そのまま救急車は、

病院に着く。


助かったのを確認した。


「事故人は?」


「大丈夫です。助けを呼びました。

 後遺症もなく退院できますよ」


05番は資料を見る。

それはこれからの記録。

怪我人が歩む記録。


彼はこの事故で誰にも助けられなかった、

というトラウマから人間不信になる。


無職になり、いわゆるホームレスに。


「......これは、どうなの?」


05番は言う。


「まあ正直言って、幸せな終わり方では、

 ありません。


 しかし命は救えました」


「......確かに、人の命には代えられないか」


人の命。未来。生活。

全ては救えない。


「……たまに、たまにですが、

 出来ないことは分かっていますが、

 全員が幸せになる、そうしたいと、

 思います」


「そうだね……。

 楽なことばかりじゃない。


 でも、私にはあなたが、

 あなたには私が。


 2人いれば大丈夫だよ。

 辛くても、支え合えれば」


「......はい、そうですね」


端末が震える。


「……次の任務です」


【任務終了後14番の隣】


14番が珍しく弱音を吐いた。

私は励ました。


言葉だけだ。

私が言って欲しい言葉を言ってるだけ。


私は任務後も、

その人達の未来を見ることがある。


幸せな、奪われなかった未来。

でも、その中で、そうではないものもある。


命を優先することで、歩むはずだった、

そんな未来が無くなった人もいる。


理解はしてる。

理解は。


でも、納得は?

横を見る。


14番。


自分の言ったことを思い出す。


そう。そうだ。

2人いれば大丈夫。私は大丈夫だ。


【任務失敗/抹消】


任務は失敗した。


珍しいことではない。

だが、今回は違った。


現場は小規模な内戦地域。

本来なら、衝突を未然に防ぎ、

拡大を防止するだけのはずだった。


しかし、介入は遅れた。


一つの銃声が、連鎖を生み、

気づいた時には、

火は広がりきっていた。


「……撤退します」


私は言った。


「うん」


05番の返答は短かった。

その声には、珍しく感情がなかった。


帰還後、


「私のミスです。申し訳ございません」


05番は言う。


「いや、仕方ない。

 あれは誰がやっても同じ結果になる。

 しかし、

 対処として当該地域を抹消する」


「……抹消?」


「地図上、歴史上、記録上から、

 すべてを削除する。

 適用できるのは限定された条件下のみで、

 乱用はできないが、仕方ない」


端末に表示される。

街が一つ、消える。


存在ごと。


「……住民は」


「初めから存在しなかったことになる」


一切の迷いなく、そう言われた。


横を見た。

05番は表情をぴくりとも動かさない。


「……」


「失敗が、無かったことになる」


「整合性を保つための措置です」


私は答える。


「整合性......」


05番は画面を見続ける。


消えていく記録。

名前。

生活。

歴史。


「……これは、これってさ、


 措置じゃなくて、

 隠してるだけじゃないの?」


「違います」


即答する。


「これは最適化です」


「......うん、そっか」


05番は、それ以上何も言わなかった。


だが、その視線は、

初めてこの機関を見るものだった。


それが、少しだけ気になった。


【機関】


14番の隣で密かに思う。


正義を気取って、正解を決めて、

で、失敗したら、消し去る?


いや、そもそも私がミスらなければ、

こんなことには。


私のせいで消えた。

私のせいで。


「......はあ」


【交通事故防止任務達成後】


任務は成功した。


事故は起きなかった。

死ぬはずだった人間は、生きている。


「帰りましょうか」


「うん......」


私と14番が現場を離れる直前、

その助けた人間の声が聞こえた。


「ほんと最悪だったな、あいつまじで」


振り返る。

話している相手は別の人間。


「危うく巻き込まれるところだったわー」


笑う。


「ああいう奴ってさ、死んだ方がいいよな」


笑う。


「自業自得でしょ」


「それそれ」


笑い声が立ち上る。

私は立ち止まる。


さっきまで。

ついさっきまで。


ほんの数分前まで、

そのあいつに殺されるはずだった人間が。


その口で、


「死んだ方がいい」


と、言う。


「……」


理解できないわけじゃない。

でも。


「……こんなもんなの?」


小さく、呟く。


助けた命。


守った未来。


その先にあるのが、こんな、

こんな人間達の、

笑い話の種に?


「……そっか」


誰に向けたわけでもない、

向けるつもりもない。









気色悪い。


【機関本部内】


「人は、簡単に他人を切り捨てますよ」


私はそう言った。


目の前には、過去の記録と、

裏切り、冤罪、扇動。


いくらでもある。


「……それを、あなたは、どう思う?」


05番が聞いてきた。

少しだけ、考える。


「どうも思いません」


「は?」


「それが人だからです」


淡々と答える。


「醜い、卑劣だ、残酷だ。

 どれも事実です。

 でも、それを否定しても意味がない」


05番は、黙る。


「人はそういうものです。

 環境で、状況で、簡単に変わる」


画面を指す。


「善にもなるし、悪にもなる、

 だから、私たちは介入する」


それだけ。


「……納得してるの?」


「はい」


迷いなく答える。


「納得しています。

 でなければ、この仕事はできません」


「まずもって、歴史に介入する、

 何てことが、エゴの塊。

 という考えもあります」


05番は少し驚く。


「......驚いた。あなたがこの仕事に、

 そんなことを思っていたのが」


「あくまで私個人の考えですが、

 悲惨な、残酷な歴史。


 起こらないことが1番かもしれません。

 でも、そこから学び、未来に繋ぐ。


 その歴史があるから、

 救えた命もあったかもしれません」


「......」


「そして、ですが」


補給食を食べて言う。


「私達もいつか、

 その時が来るかもしれません」


「......というと?」


「論理的でも、理知的でもない。

 感情に任せた、

 愚かな行為をしてしまうかも」


「いやいや、私はないよ。私は」


【1999.C 伊藤家家庭内暴力による衰弱死事件】


「あ、05番ワンオペですか。

 頑張ってください」


「……うん」


もやもやする。

胸の奥に、何かが引っかかる。

理由は分からない。


……切り替える。

14番なら、そうするから。


感情を挟まず、任務だけを見る。

それが正しい。


これは簡単な任務だ。


「はい、お願いします」


通報。

それだけでいい。


伊藤家へ警察を呼ぶ。

それだけで子供は助かる。

父親は逮捕される。


未来は、修正される。


数分後。


警察が来る。

ドアが開く。

怒鳴り声が止まる。


泣き声が、消えた。


任務完了。


外に出る。

少しして、様子を見る。


助かった子供が、抱きしめられながら、

笑っている。


満面の笑みで。

笑っている。


その顔を見て、思う。

ああ、これでいい。


これが正しい。


このためにやっている。

そう、思った。


【2007.C 伊藤恵理子による友人殺害事件】


「……そう、ですか」


今回の加害者。


伊藤恵理子。

昨日、助けた子供だった。


時間が流れた。

未来が進んだ。


そして、その結果がこれだった。


「こういう事態は、珍しくありません。

 急ぎ向かい、対象を処分します」


「……どうするの……?」


自分でも驚くほど、声が掠れていた。


「上からの指示です。

 社会的抹消、

 もしくは歩行不能となる損傷を与える」


「……なんで?」


「……」


「なんで、今回はそんなに具体的なの?」


「少し予測外の変化が発生したためです」


淡々と答える。


「そして、05番。

 あなたは今回の件に関与できません」


「……は?」


「あなたの介入が原因で、

 この結果が生じた可能性があります」


静かに切り捨てられた。


「あなたは、ミスをしました」


その言葉だけが、残る。


「……ごめんね、迷惑かけて」


「全く問題ありません」


そう答える。

本当に、問題はないんだろう。

きっと14番は本心から言っているのだろう。


手続きとしては。

任務としては。

すべて、正常。


私は、その場を離れた。



【任務終了】


任務は簡単に、すぐに終わった。


伊藤恵理子は、

友人に対して長期間いじめを行っていた。


証拠を収集。

記録。

提出。


社会的に抹消。

それで終わり。


とても簡単なことだった。




「お疲れ様」


戻ると、05番がいた。

静かに、立っていた。


「はい、お疲れ様です」


05番は少し疲れていそうだった。

まあ大丈夫だろう。


【2005.R 難民船受け入れ拒否事件】


発端:内戦地域からの難民船が、

   沿岸国へ救助信号を送信


結果:受け入れ拒否

   海上で漂流

   食料・水不足により多数死亡


「中規模案件ですね」


端末を見ながら言う。


「うん……嫌なやつだね」


「あ、補給食要ります?」


「いや......食欲ない」


05番は画面を覗き込む。


映像を見る。

海の上。小さな船に、

人が密集している。


「原因は?」


「沿岸国の判断です。

 難民の受け入れは国内不安を招くとして、

 入港を拒否」


「……まあ、現実的だね」


05番はそう言うが、声は軽くない。


「介入案は?」


「二つあります」


「一つ、沿岸国の判断を改変し、

 受け入れさせる」


「一つ、船そのものを座礁させ、

 強制的に救助させる」


「……どっちも荒いね」


「どちらも成功率は高いです」


05番は少し黙る。


「……結果は?」


14番は画面を操作する。


別の記録が表示される。


「受け入れた場合、

 難民の一部が暴動を起こし、

 住民との衝突が発生

 結果、死者が増加します」


「……じゃあ、もう一つは?」


「座礁させた場合、

 救助は行われますが、船の破損により、

 親子含め数名死亡」


「……」


「どちらも、死人は出ますね。

 ですが、総数としては減少します」


05番は、画面から目を離さない。


「……機関の判断は?」


「後者です」


即答だった。


転送。


夜の海だ。

風が強い。


船が揺れている。

中から叫び声。


「助けて! 助けて!」


「水が……!」


子供の泣き声。


05番は端末を操作する手が震えていた。


座標を微調整。

岩礁との接触角度を計算。


「……やります」


「……うん」


05番の声は小さい。


衝撃が起こる。


船が軋む。

木材が割れる音。


悲鳴が鳴り響く。


数人が海に投げ出される。

しばらくして、サイレンが鳴る。


救助隊の船が近づき、

ライトが照らす。


「いたぞ!」


「急げ!」


人が引き上げられていく。


任務完了。


帰還前。


浜辺、

救助された人々。

その中で、男が叫んでいる。


「なんで助けるのが遅いんだ!」


「俺たちは被害者だぞ!」


別の男が言う。


「国に入れてもらえなかったのは、

 当然だろう。こんな連中」


救助側の人間が吐き捨てる。


「どうせ問題を起こす。間違いない」


笑い声とその横で。


小さな子供が、動かない。

さっき海に投げ出された1人。


「……」


05番は立ち尽くす。何も言葉を発しない。


「……帰還します」


いつも通りに、転送前。

05番が、ようやく口を開く。


「……これってさ」


声が、かすれている。


「助けたよね?」


少しだけ考える。が、答えはもう出ている。


「はい、

 被害は最小化されました。任務達成です。

 お互いお疲れ様です」


05番は、何も言わなかった。


【冤罪】


最近慌ただしい。


任務も終わって帰ろうとしていた。


そこで見る。

冤罪で処刑される人間だった。


処刑場の空気は、妙に乾いている。

泣き声も、怒号もない。

ただ、決まった手順だけが進んでいく。


「……この人は冤罪だ」


05番が小さく言う。


「なのに、なんで……?」


私は視線を外さずに答える。


「機関は、この人の犠牲で、

 数百の命が助かると判断しました」


言葉にすると、それだけだ。

たった、それだけのこと。


「……でもさ、それは……」


言葉が上手く続いていない。


「……正しいと思わない」


「ええ、私もです。

 しかし、仕方ありません」


処刑は執行された。

音は、ほとんどしなかった。


【無時間牢獄】


次に見たのは、

無時間牢獄に送られる人間だった。


機関員。


かつて、同じ側にいた人間。

拘束され、無言で歩かされている。


抵抗はない。

叫びもない。


ただ、壊れたように静かだった。


「あの人は、

 無時間牢獄に入れられる人ですね」


14番は説明する。


「大罪を犯した機関員は、

 例外なく、そうなります」


その人間を見ていた。


じっと。


「……意味不明の、狂った人間です」


「そうだね」


「……」


視線を感じる。

横を見ると、大罪人がこちらを見ている。


何も言わない。

ただ、見ている。


その視線が。


私は目を逸らす。


鼓動が少し早くなる。

理由は分からない。


「……もう帰りましょう、任務の準備を」


「……そうだね」


ゆっくり頷いた。


歩き出す。

背後で、扉が閉まる音がする。


音は小さいのに、

やけに耳に残った。


……大丈夫だ。

心の中で、繰り返す。


私は、あんなふうにはならない。


壊れない。

逸れない。


普通でいよう。

普通で。


【休暇】


「あ、お疲れ様です」


「……おつかれ」


最近やけに疲れが残る。

原因も分からずに、ただ疲れる。


「今日はお休みだけど、何するの?」


何気ない問いだった。


「ああ、それなんですが」


「?」


「ご飯食べに行きませんか?」


「……いいの?」


「休みの日ですよね」


「うん」


「なら、休んだ方がいいのでは」


小さく首を縦に振る。




「休んでるのに、疲れるんだよね。最近」


店は静かだった。

昼の光だけが、やけに現実的に落ちている。


料理が運ばれる。

湯気がゆっくり立ちのぼる。


「趣味とか、あるんですか?」


14番が言う。


「趣味……。

 うーん、ないな……」


「そうなんですね」



「暇な時って何してる?」


聞いた。


「本を読んだり、散歩したりですね」


「散歩。......なんか、らしいね」


14番を見る。

料理を食べている。


昔14番に出会った時はかなり無愛想な、

そんな後輩だと思ってた。


でも分かりずらいだけで、

楽しむ時は結構楽しむ。


今日も、

私を元気づけようとしてくれたのかも。


考えが、ゆっくり形を持ち始める。

そして、ふと浮かぶ。


でも多分、14番は、

私がいなくても別に困らない。


その瞬間、自分でそれを否定しようとする。


違う。

そんなわけない。

考えすぎだ。


なのに、思考は止まらない。


どこにいてもいい。

いなくてもいい。


だって、私には何もないから。


そこで、ようやく思考を切る。


無理やり、ご飯を押し込む。


箸を動かす。

14番は変わらず食べている。


その姿はいつも通りだ。


真面目、丁寧、14番によく似合う。

中途半端。私を形容するならこれだろう。


......もう、この仕事辞めようかな。


でも、その後の自分を想像できない。

それ以外の自分がない。


だから、

もう、

考えても、意味ないか。


「……05番」


「……うん?」


「大丈夫ですか」


「大丈夫」


違うよ。

でも、こんなことを話しても迷惑をかける。


だって側から見れば、私はいつも通り、

普通に仕事をしているだけ。


それだけなんだよ。


【1720.E 貴族殺害および国家反逆事件】


発端:地方有力貴族、

   ラウレンティウス家当主の急死


結果:毒殺と断定

   関係者の中から一名が犯人として特定

   公開処刑予定


つまり、

私はその毒殺を止めることが任務となる。


「05番、かなり昔の時代ですね。 

 おひとりで平気ですか?」


「うん、まあ、大丈夫」


全然全く大丈夫じゃない。

あれからというものの、体がだるいし、

頭が重い。体調不良じゃないけど。


「景色の綺麗な時代らしいですよ」


14番がそう言う。

やっぱり良い人だね。

それでいて任務に忠実。


こういう人が、

この仕事に向いているんだろう。



転送。


光がほどける。


視界が開ける。

眩しい。


石畳。

行き交う人々。

笑い声。


露店には果物が並び、

色鮮やかな布が風に揺れている。


遠くには丘。

その向こうに、ゆるやかな川。


空は、抜けるように青い。


綺麗だなあ。

確かに、綺麗だ。


14番の言った通り。

いや、それ以上かもしれない。


人は笑っている。

子供が走る。

誰も、何も知らない顔で。


知らない。


知らない。


この後、

誰かが死ぬことも。

誰かが消されることも。


何もかも。




視界が歪む。


別の光景が重なる。


焼けた街。

 崩れた建物。

   泣き叫ぶ声。


水を求める手。


動かない子供。


いい。考えなくて。

こんなこと考えてる時じゃない。

でも止まらない。


もう、もういいから。もう、いい。

もう考えないで。


出てくる。

助けたはずの人間の笑い声。


「死んだ方がいいよな」


あの声。


あの顔。






「...........う、」


呼吸が浅くなる。息ができない。

胃が、ひっくり返る。


その場に膝をつく。


石畳に手をつく。

視界がぐらつく。


吐き気が、上がってくる。

耐えられない。


吐いた。


何度も、何度も。


中身なんてもう出ていないのに、

体だけが拒絶している。


言葉にならない。


何に対してかも分からない。

何も分からないのに、

ただ、止まらない。


涙も一緒に落ちる。

止まっていない。


「……なんで……こんな……」


綺麗な景色。

笑っている人々。

その全部が、

そして、自分が、


気色悪い。

気色悪い。

本当に気色が悪い。


「……大丈夫ですか」


声がした。すぐ近くで、

穏やかな声。


ぼやけた視界の中に、

一人の男が立っていた。


「……すみません」


反射的に言う。


「......汚い、でしょ」


息が荒い。


言葉もまともに出ない。

その人は少しだけ首を傾げる。


「……そうですか」


そのまま、少しだけ距離を保つ。

しゃがみ込む。


「水、持ってきますね」


それだけ言って、立ち上がる。

しばらくして、戻ってくる。


布と、水。

無言で差し出す。


「……」


それを受け取る。

手が、少し震えている。


口をすすぐ。

呼吸を整える。

少しだけ、楽になる。


「ごめんなさい......」


「いいえ、よくあることです。

 この辺り、体調を崩す方も多いので」


淡々と言うその顔は、

当たり前のようにこちらを見る。


「……そっか」


少しだけ、肩の力が抜ける。

男は、少しだけ様子を見る。


無理に話しかけない。

ただ、そこにいた。


それだけ。


「……名前、なんていうの?」





貴族支配の色が濃い時代だったらしい。


ラウレンティウス家は、

地域の政治・経済・軍事を握る中枢。


その当主が、晩餐の最中に倒れた。


原因は毒。


即座に屋敷は封鎖。

関係者は拘束。


その中に、大罪人、通称325番がいた。


325番の立場は外部から雇われた記録係。


帳簿管理や書簡整理を任されていた。

いわば、家の内側を知る立場。


その為に真っ先に疑われ、

本人も認めたので、絞首刑となった。


その大罪人の名前は、


「       といいます」


この人が。


私が処刑する対象。大罪人。






「あ、お疲れ様です」


「はい、お疲れ」


それからというものの、彼、

325番とは交流を重ねていっていた。


「記録係の仕事って忙しいの?」


「あれ、言いましたか? 私の仕事」


「え、ええと……まあ、言ってたよ」


「そういえば、

 あなたはここの人ではないですよね」


「うん、旅で来てるよ」


「珍しいですね、

 こんなところへ旅だなんて」


「景色が綺麗だから」


「嬉しいです」


素直な人だな、そう思った。


今にでも処分できる。

そうしたら仕事は終わって、

帰ることができる。


でも、まあ、まだ時間はある。

もう少し、いいだろう。


「舞踏会」


「はい、明日の夜です」


そういえば、

そんなことを14番が言っていた気がする。


 そこでは定期的に舞踏会があって、

 その料理は絶品らしいですよ


ふっ、はいはい。


「じゃあ、行ってみようかな」


「ええ、一緒に行きましょう」


この人と出会ってから、

頭の重さや体のだるさが、

少しなくなった気がする。


仕事から離れているからかな。


それでも、声は聞こえる。


頭の中で鳴る。


私が見ていないだけで、

今も、無数の気色悪い事案は、

誰かが処理している。


私はただ、逃げているだけだ。

責任とか、苦しみから。


私は......。


「あの」


不意に声をかけられる。


「えっ、えと、何?」


振り向くと325番だった。


「......いえ、ただ、少し、

 寂しそうにしていたから」


え? 私が? 


「ごめんね、何でもないよ」


「本当にですか?」


「......うん、本当に」




舞踏会。色々な人が優雅に舞って、

料理に舌鼓を打っている。


「いや、確かに、綺麗」


「でしょう?」


きらきらとした、煌びやかな雰囲気に、

正直圧倒されていたが、隣にいる、

325番をみるとほっとする。


料理を食べる。

美味しい。本当に美味しい。







お疲れ様です死ねばいいのに抹消する私のせいで助けて!助けて!お前が助けなければ全部自分のせいいつか来るかもこうするしかなかったやりがい仕事機関使命責任05番大罪人


......まただ。素直に楽しめたらいいのに。


こんな所で、

油を売っている場合ではないのに。


「......今、いいですか?」


325番だ。


「え、ええ」


「踊りませんか?

 動けば、悩みも消えますよ」


そんなに分かりやすいのか私は。

申し訳ない。


「......では、喜んで」


325番と踊りをする。

......想像より疲れるな。


325番を見る。

余裕そうに、優雅に見える。


綺麗。



「はあ、疲れた......。

 もう踊りはいいよ......」


「でも、楽しかったですよ」


夜道を歩く。

2人で。


「......何かあったんですか?」


「......そう、だね。

 気を遣わせてしまってごめんね」


「いえいえ」


「......仕事のことで。

 えーと、人を助ける仕事だけど、

 やりがいが感じなくて」


325番はゆっくり考える仕草をする。


「私は、あなたの気持ちが少し分かる。

 自分の気持ちとは裏腹に、

 皆は動いている。

 それが正解と言わんばかりに」


彼は笑った。それは憂いをはらんでいた。


「辞めたいとよく思いました。

 でも、

 最近自分のしなければいけないこと、

 使命に気がつきました」


「使命?」


「それは、......役目を全うすること。

 私に与えられた役目を」


「......」


この人は、とことん立派で、

私なんかとは違う。

そしてここ数日、この事件を調べて周り、

分かってきた。



「役目って言うのは、

 冤罪で処刑されること?」


彼は驚く。


「......なぜ」


「ラウレンティウス家当主の毒殺犯に、

 仕立て上げられたんだよね?


 当主毒殺までは記録ではあと3日あった。

 ただ、たまに、こういうズレがあるんだ」


「......どういう、事ですか?」


「真相を言うと、

 ラウレンティウス家の内部では、

 後継者争いが起きていた。

 次男派閥と長男派閥が。


 当主は和平寄りで、

 一部の貴族や軍閥にとっては都合が悪く、

 つまり死んだ方が利益になる人間だった。


 毒殺は、次男派と外部勢力が、

 結託して実行。


 でも問題はその後で、

 犯人が露見すれば、内戦に発展する。

 

 だから必要だった。誰も困らない犯人」


「......」


「外部の人間で、身寄りが薄い。

 内部事情に詳しくて、

 消えても問題にならない。


 それがあなた」


「あなたは、何者ですか?」


「私は、この事件を防ぐために来た。

 犯人のあなたを処分するために。

 でも、あなたは犯人じゃない。


 何も悪いことはしてない、無罪だよ」






「......それでも、私の犠牲が必要です」


「内戦を防ぐ為?」


「ええ、覚悟は......できています。

 それで多くが助かるのなら」





ふざけるな。

あってたまるか、そんなことが。


「私は、今までも、

 そんな人たちを見てきた。

 多くが助かるのなら犠牲はやむを得ない。

 そんな知った口を聞く」


「あなたは、じゃあ、どうするんですか?」


彼をみる。



泣いていた。涙が溢れていた。


「私が、本当は、

 死にたくないって言ったら、

 どうするんですか」

 



「明日の夜、屋敷にいて。そこに行くから」






夜は、静かだった。

静かすぎて、耳鳴りがするくらいに。


屋敷の一室。

灯りは弱く、影が長く、長く伸びている。


その中で、彼は座っていた。


逃げる様子はない。

隠れる様子もない。


ただ、そこにいる。


「……来てくれたんですね」


顔を上げて、そう言った。


「うん、来たよ」


遠くで、何かが鳴っている。

夜の音。


その中で、彼が口を開いた。


「死にたくないって、言ったって、

 もう、どうしようもないんです」


「……」


「でも、あなたと過ごした日は、

 楽しかった。

 最後に、あなたと過ごせてよかった」


その言い方が、あまりにも穏やかだった。

やめてほしい。


その言い方。

その顔。

その空気。


全部、終わりみたいな、そんな雰囲気を。


「......嫌だ」


気づいた時には、声が出ていた。

彼が驚き、少しだけ目を見開く。


「え?」


「あなたは生かす。そうする」


言葉が、うまくまとまらない。

それでも、止まらない。


「だから、だからさ……」


喉が詰まる。

それでも絞り出す。


「……そんなことを、言わないで」


彼は、こちらを見ている。

まっすぐに。


「ありがとう……」


小さく、そう言った。

その言葉に、胸の奥が強く軋む。


違う。


そうじゃない。

感謝なんて、いらない。


そんな関係じゃない。

そんな綺麗な話じゃない。


これは、もっと汚くて、勝手で、

どうしようもないものだ。


機関。

任務。

自分。

大罪人。


順番をつける。


考える。


考える。


考える。


分かっている。


どれが正しいかなんて。

最初から、教えられている。


間違えるなと。

逸脱するなと。


でも、


目の前にいる、この人、

この人を、失いたくない。


「……ねえ」


口を開く。


「はい」


「もしさ」


少しだけ、笑う。

自分でも、

もう何を言っているのか分からない。


「       ?」


彼は、少しだけ考えて、そして、


「あなたが、困ると思います」


と、答えた。


やっぱり、そういう人だ。

最後まで。


「……そうだね」


頷く。


「困るね」


でも、それでも。


「それでもいいよ」


その言葉は、驚くほど軽く出た。

彼が、少しだけ息を呑む。


「……え?」


「ねえ、

 

 一緒に来る?」


「......はい」


【325番.05番】


任務をこなして、人と向き合って、

ここにいる。


そのたびに思っていた。

どうせ、ここで助けても、いつかは死ぬ。


歴史を変えて、より良い方向へ。

それが正しいと、教えられてきた。


でも。


それが、本当に正解?


過ちは、学びになる。

死は、乗り越えることで人を変える。


そういうものを、すべて悪と断定して、

無かったことにする。


それは、本当に正義?


325番のように。


もしかしたら、

これまでにも、冤罪のまま消された人間が、

いたんじゃ?


それに、人の命を奪って、命を消すほどの、

そんな価値もない人間も山ほどいる。


怒りが湧く。


この機関に。

これまでの任務に。

そして、自分に。


彼を見る。

いつもと同じ、穏やかな笑顔。


歴史。

罪。

罰。

報復。


全部、決められている。

最初から。


……そうか。


そうだ。

決まった。


ごめんね、14番。


「      」


「……何でしょう」


「行くよ」


「はい、どこまでも、一緒ですよ」


【1720.E 機関員05番無差別殺人】


「冗談、ですよね?」


思わず、そう聞いていた。


「事実だ」


管理官は一切の揺らぎもなく答える。


「05番は任務中、

 大罪人325番関係者を殺害。

 現在、大罪人と共に逃亡中」


言葉が、頭に入ってこない。


「……関係者を?」


「そうだ」


短く、断定される。


「14番。お前には捜査権と、

 執行権を与える」


「……執行権」


「対象2名の殺害を許可する」


「殺害……?」


自分の声が、やけに遠い。


「当然だ」


即答だった。


「対象は機関への反逆者。および、大罪人」


何も間違っていない。


規則も、判断も、処置も。


なのに、

胸の奥で、何かが軋む。


「……確認します」


「05番が殺害したという記録。

 その証拠は?」


「疑うのか?」


「確認です」


やがて、端末がこちらに向けられる。


映像。


血。

倒れた人間。


そして、

そこに、05番がいた。


「……」


動かない。

表情が、読み取れない。


「証拠は十分だ」


画面が消える。


「任務を遂行しろ」


それだけ告げられる。

私は、動かなかった。


頭の中に、声が浮かぶ。


『でも、大切なことは、何を残すか。

 自身の思いが伝えられるのか』


そんな人間が。


「……了解」


口は、勝手に動いた。

それが、私の役割だからだ。


だが、

それは、

本当に正解か?


【捜査】


記録を洗う、

証言を辿る。


時系列を再構築する。

違和感は、確信に変わった。


おかしい。


端末を操作する。


証言と証言。

時間が一致しない。


あり得ない誤差がある。


さらに調べる。


資金の流れ。

関係者。

親族。


すべてが繋がる。


325番は、罪を犯していない。


犯したことにされている。


利益を得る者がいる。

動機がある。


証拠も、証言も、

すべて作られている。


こういうことはない話ではない。

ここで言われる大罪人は、

「結果犯人になった人物」で、

真犯人ではない。


そして。


気が付いている。


彼自身が、

自分が冤罪であることを。


それでも、

受け入れている。


「……」


頭の中に、声が浮かぶ。


『それが人だからです』


私の言葉。


共に逃げた、とあった。

そして05番は最近様子が変だった。


05番。

325番。


冤罪。

欺瞞。

疑問。


私はあまり人の心が分からない。

言葉だけ理解してるだけ。


05番は合理的な人ではない。

本来ここに向いている人ではないのだろう。


そして、325番。

その姿、全てを知ってなお、受け入れる。


それを見て、何を感じただろう、

何を思ったのだろう。


それなら理解できる。

そして今、これから、どうするのか。


「皆、準備をしてください」


行くしかない。

それが任務なら。


【05番】


拘束は、あまりにもあっけなかった。


逃げ場など、最初からなかった。


時間の外に逃れようと、過去に潜ろうと、

この機関から逃げ切れる者はいない。


05番は時間を稼いでいただけ、

逃げ切れるとは思ってなかったはずだ。


「これは、05番、あなたが?」


「はい、そうです」


「殺傷も、貴方が」


「はい、そうです」


「......何故ですか?」


「黙秘します」


「もう、分かっています。

 こんなものは形式上で、

 もう、貴方の理由は、もう、

 分かっています」


「......違います。私は、

 あくまで、自分のために」


「そう、ですか。

 語らない場合、05番は、

 無時間刑務所での、

 無期懲役となります」


「はい、存じています」


「05番。もう、いいんです。

 これ以上、苦しまないで。

 貴方は立派で、勇ましくて、

 だから......」


「ごめんね、14番」


05番は、私を見て、微笑んだ。


「私の勝手に付き合わせて、

 ごめんね。これは私の、

 そう、全くの自己中心的な、

 そんな事情なのは分かってる」


「大罪人325番は、死刑に」


05番は驚きもしない。


全て分かっていた。


それなのに、あんなことを。

なぜなのか。私には分からない。


「私を愚かだと思うでしょ?」


05番は聞く。


「ええ」


「私もそう思う。でも、でもね。

 全く後悔がないんだよ。

 命が無くなるよりも、ずっと、

 重い罰を受けるのに」


「......こういう事案は少なくありません。

 そういう人達は、決まってそう言う。

 嘘だと思っていました」


「うん、私も思っていたよ」


05番は笑う。


虚勢でも何でもなく、

ただの本心から。


「......もう時間です。

 貴方は直ぐに送られる。

 そこで、無限の時を」


「うん、知ってる」


係に連れられる。


05番は最後まで、満足そうに、

悔いのない顔をしていた。


私は処刑人でもある。


だから私が大罪人325番を処分する。

いつもと同じに。


「ご迷惑をおかけしました」


「......」


なのに、なぜだろう。


正しいことをしているはずなのに、

これが正解だと分かっているのに、

手が、動かない。


05番の顔を思い出す。


ため息をつく。

そうだ、そうだった。

......分かった。


正解でも正義でもなく、

私の心が、そうしようと、したいと、

そう思ってしまったから、そうする。


「325番」


「......はい?」


「これから私がすることは、

 正式な手続きで、

 決して違法でも、違反でもない」


「つまり......?」


手錠を外す。


「選択肢は2つ。このまま死ぬ。

 それとも、無限の時を生きる。

 あの人と」





    






窓の外に星が流れる。


2人はそれを見ていた。


これから、ずっと、ずっと、

同じものを見て、感想を漏らして、

共有して、

死ぬこともないまま。


「ねえ、325番」


「ここでくらい、本名で呼んでくださいよ」


「......ふっ、そうだね。

 じゃあ    くん」


「そうなると、なんか、

 変な感じ......です」


「呼べって言ったじゃん」


「ごめん......」


「じゃ、戻すけど、今の星、

 凄く、凄く綺麗だったね」


「そう、ですね。本当に......」


【14番】


2人は納得した。

納得して、あの場所へ行った。


私は?

全く納得できない。


今まで任務をその通りこなせば、

それでいいと思っていた。


しかし、05番。

見ようとしなかった。

見ていれば、話していれば、もしかしたら。


「お話があります」


このまま続けて、考えないふりをして、

05番と同じ人を出したくない。


後悔を、苦しみを生みたくない。


だから、

これからだ。

これから、変えていく。


未来は、過去に戻らなくても変えられる。

まっすぐ前を見ていれば。

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