セピア・エル・グラディア④
その日の朝、街はとても静かだった。
新緑の山、風に揺れる小麦畑、川の穏やかな流れ。
ただ違うのは、グラディア王国の旗が、1軒1軒に飾られていた事くらいだ。
王城では、新しい王の即位式が執り行われていた。
城の鐘が鳴る。
二回、二回、二回。
数十年の時を得て、セピア・エル・グラディアは即位する。
先代の王が病に伏せ、公務が難しくなった。
先代の王は退位する。
城内の一室で、セピア・エル・グラディアは鐘の音を聞いていた。
セピア・エル・グラディアに侍従が話しかける。
「陛下、間もなくお披露目の時間です」
女王は静かに席を立つ。
「はい」
部屋を出ると廊下を進む。
女王の後ろを側近達が続く。
王城のバルコニーが近づくにつれ、民衆の歓声が聞こえてくる。
バルコニーの窓越しに、セピア・エル・グラディアは立ち止まった。
深く息を整えると、前を見る。
バルコニーの窓が開けられると、波のように押し寄せる歓声が聞こえた。
それは風となり、セピア・エル・グラディアに吹き付ける。
一歩、一歩と、ゆっくり観衆から見える位置へと進む。
笑顔をつくると、観衆に見える位置で手を振った。
観衆の顔がしっかりと見て取れる。
畑で汗を流していた農夫、街で話した人々。
セピア・エル・グラディアは、観衆の顔をしっかりと覚えていた。
「セピア様ー!」
「女王陛下ー!」
観衆は、思い思いにセピア・エル・グラディアを呼ぶ。
その声に応える様に、セピア・エル・グラディアは手を振りながら、それぞれの方へと体を向ける。
「セピアちゃーん!」
聞き慣れた声。
酒場のビルが手を振りながら叫んでいる。
セピア・エル・グラディアの目が丸くなるが、少し口元に手を当てると、その方へも手を振り返した。
そして、しばらく観衆に手を振ると、また城の奥へと入っていった。
「ちゃんと、女王様になってるじゃねーか」
ビルは感極まると目頭を抑えた。
「思わず笑ってしまいましたわ」
セピア・エル・グラディアは呟く。
その顔は笑顔のまま。
城の玄関には、金の装飾が施された馬車が用意されている。
セピア・エル・グラディアは前を向き、しっかりとした歩調で玄関へと降りてきた。
ヒヅメの音が聞こえる。
馬車を引く白い馬は、その場で静止しつつも、足踏みをしている。
城の近衛兵が整列し、剣を縦に構えていた。
近衛の騎兵の中に、見慣れた顔を見つける。
セピア・エル・グラディアが子供の頃、一緒に遊んだ少年。
二人の目が合うと、セピアとレオンは微笑む。
「変わりませんわね」
日焼けした顔に白い歯。レオンは近衛の騎兵隊へとなっていた。
馬車の階段が下り、ドアが開く。
セピア・エル・グラディアは一段一段登り、席に座った。
ドアがパタンと閉められると、外の音が静かになる。
騎兵の号令と共に、馬車が揺れ始める。
ヒヅメの音が響く。
城壁の門を潜ると、とうきび畑が広がる。
沿道にいる観衆に手を振りながら、セピア・エル・グラディアは笑顔をつくった。
しばらくすると、見慣れた場所に差し掛かる。
そこに、エリーがいた。
クッキーを食べた岩場は、全く変わらない。
セピア・エル・グラディアはエリーに向かって笑顔で手を振るが、エリーは頭を下げて見送ろうとしている。
胸がギュッと締め付けられる。
セピアは我慢ができなくなった。
「止めて!!!」
叫ぶや否や、セピアは馬車の扉に手をかけた。
勢い良く開いた扉を背に、セピアは走る。ドレスの裾が汚れようとも。
そして、エリーに抱きついた。
「まったく、女王陛下ともあろうお方が何をしてるんだい」
エリーはセピアの行動に驚く。しかし、躊躇しつつもセピアを抱きしめ、嬉しそうに涙を流す。
セピアの頬は濡れていた。
「エリーおばあちゃん……」
エリーは、そっとセピアを離すと綺麗に梱包された紙の包みを手渡す。
「クッキー、持っていきな」
セピアは紙の包みを見つめる。
「今日から私達の女王様なんだから、しっかりしておくれ」
セピアは二回、三回と頷き、馬車へと戻った。
扉がパタンと閉じると、馬車は再び動き出す。
民衆が途切れる橋の上で、セピアは包みを開いた。
中には、クッキーが十枚入っていた。
一枚取り出し、一口かじる。
口の中に広がる、小麦の香りと砂糖の甘さ。
「……やっぱり、おばあちゃんのクッキーは格別ですわ」
セピア・エル・グラディアは涙を拭き、前を向いた。
街に入ると、見慣れた人々の顔が広がる。
肉屋の女将、商店の人々。
笑顔で手を振る。
エマを見つけると、その隣に大きな男の子が立っていた。
その姿を見ながら、手を振る。
「大きくなりましたわね」
各地を巡り、帰りの橋を渡ると、再びエリーの姿が見えた。
頭を下げて見送るエリーに、セピア・エル・グラディアは笑顔で手を振る。
通り過ぎたあと、頬を涙が伝った。
そっと拭うと、前を向く。
セピア・エル・グラディアは、女王としての一歩を踏み出した。
今回は、セピアの即位
どうしたら、皆にセピアの心情が伝わるかなって思いながら書きました。
王になる孤独と、託された思い。
そして、決意。
なかなか、案を文字にするのは大変でした。
次もちゃんと書けたらいいな。と、思っていぬ(わん!




