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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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52.束の間の自由、銀の疾走



世界樹の幹に近づくにつれ、

空間の魔力が、ゆっくりと流れを変え始めた。


ざわ、と葉が揺れる音。

風でもないのに、枝葉が擦れ合い、光が瞬く。


「……来るわね」


スピカが低く呟く。


悠真は、説明されなくても分かった。

誰かに“呼ばれている”。


足が、自然と前へ進む。

意識して歩いているというより、

導かれている――そんな感覚だった。


世界樹の根元。


幾重にも絡み合った太い根が、円を描くように地面を覆っている。

その中央に、白い影があった。


次の瞬間、

銀の光が、ふわりと空気に溶けた。


姿を現したのは、

白いヒョウのような幻獣だった。


しなやかな四肢。

磨き上げられた銀の刃のような毛並み。

身体の輪郭に沿って、淡い銀光が揺らめいている。


ただ立っているだけで、

周囲の魔力が従うように静まっていく。


その瞳は、氷のように澄んだ銀。


――鋭く、冷たく、そして。


深い孤独を湛えていた。


「……これが」


悠真は、息を呑む。


「皇族の……」


「ええ」


ケインが、わずかに距離を保ったまま頷いた。


「今回、選ばれた幻獣です」


白いヒョウは、悠真を見た。


威嚇はない。

だが、近づくことを許す気配もない。


ただ、静かに――

値踏みするような視線。


スピカは一歩前に出ようとして、ふと足を止めた。


「……強いわ」


それは力の話だけではない。

意思の、強さ。


この幻獣は、

“誰かのものになる”ことを、まだ拒んでいる。


悠真は、ゆっくりと両手を下げ、

武器も、敵意もないことを示した。


「……はじめまして」


その声は、

世界樹の幹に反響し、柔らかく広がる。


白いヒョウは、

一歩、前へ。


銀の光が、揺れた。


ケインは、世界樹の幹から十分な距離を取った場所で立ち止まった。


「……ここから先は」


言いかけて、言葉を切る。

悠真が一人で進むことを、もう止めるつもりはないらしい。


スピカも、悠真の肩から軽やかに降りると、

木の根に腰を下ろすようにして距離を取った。


「私はここで見てるわ。

……空気は読めるのよ、私だって」


その声は軽いが、視線は鋭い。

何かあれば、即座に介入できる位置だ。


悠真は一人、前へ進む。


白いヒョウの幻獣は――

いや、よく見るとその仕草は、

どこか落ち着きがなく、好奇心に満ちていた。


悠真が近づくと、

彼女はぴょん、と軽く跳ねて距離を詰めてくる。


「おっと……」


次の瞬間、

ひんやりとした鼻先が、悠真の手元に触れた。


すんすん、すんすん。


念入りに匂いを嗅ぎ、

くるりと回って、今度は背中側へ。


「ちょ、ちょっと待って」


反応するより早く、

彼女は首を傾げた。


その仕草は、完全に猫。


――そして。


『あれ?』


弾むような声が、

悠真の頭の中に直接響いた。


『あなた、ここの人間じゃないよね?』


明るく、屈託がない。

警戒よりも、純粋な興味が先に来ている。


『でも、変な匂いじゃない』


くん、ともう一度嗅いで、

彼女は楽しそうに尻尾を揺らした。


『むしろ――』


銀の瞳が、きらりと光る。


『面白い気配!』


その言葉と同時に、

彼女は悠真の目の前に座り込んだ。


悠真は、一瞬拍子抜けしてから、苦笑する。


「……えっと。こんにちは?」


『!…こんにちは!』


くすっと、笑う気配。


『うん、気に入った!』


即決だった。


スピカが、遠くから小さく息を吐く。


「……ああいう子ね」


予想外、ではない。

ただ少し、ややこしいタイプだ。


幻獣は、改めて悠真を見上げる。


『ねえねえ』


『あなた、何しに来たの?

 私を怖がりに来た?

 それとも、言うこと聞かせに来た?』


質問が早い。

しかも、悪気はまったくない。


悠真は、少し考えてから、正直に答えた。


「……宥められたら、って言われて来た」


『ふーん』


彼女は前足で地面をとん、と叩いた。


『でもさ』


『私、別に怒ってるわけじゃないんだけどな』


銀の光が、楽しげに揺れる。


『ただ――

 勝手に決められるのが、ムカつくってだけ!』


その言葉は、

皇族の伝統も、施設の事情も、

すべてを一言で切り捨てていた。


悠真は、思わず笑ってしまう。


「……それ、すごく分かる」


白いヒョウ――元気な幻獣の女の子は、

ぱっと表情を明るくした。


『でしょ!?』


世界樹の幹が、

まるでそのやり取りを面白がるように、

さわさわと葉を鳴らした。


こうして、

“凶暴で近づけない幻獣”との初対面は――

拍子抜けするほど、にぎやかに始まった。



それからしばらく。


悠真は、世界樹の幹の根元に腰を下ろし、

白いヒョウ――幻獣の女の子の話を、ただ聞いていた。


『まずさぁ』


彼女は前足で地面を引っかきながら、

いかにも不満そうに鼻を鳴らす。


『生まれた瞬間から「あなたは皇族のパートナーです」って、

 何それ!? って感じじゃない?』


「うんうん」


『名前も、役割も、居場所も、

 全部“決まってます”って顔で見られるの』


尻尾が、ぶんぶんと揺れる。


『私はただ、走りたいだけなのに!

 高いところも、風の匂いも、知らないのに!』


悠真は、相槌を打ちながら、

時折「それは嫌だな」とか「息が詰まるよな」と、

素直な言葉を返した。


スピカは少し離れた場所で、

腕(前足)を組んだまま静かに聞いている。


――口は挟まない。

今は、それが一番だと分かっているから。


一通り吐き出したあと、

幻獣はふう、と大きく息を吐いた。


『……でさ』


少し、声の調子が落ち着く。


『ねえ。あなた、王子に会ったことある?』


悠真は首を振る。


「俺はないな」


『私はね』


彼女は、世界樹の幹を見上げる。


『遠くから、ちらっと見ただけ』


『小さい男の子。

 なんか、やたら緊張した顔してた』


肩をすくめるような仕草。


『話したこと? ないない』


『あんな子供の面倒見るなんて、

 めんどくさいに決まってるじゃない!』


言い切った。


悠真は苦笑する。


「まあ……気持ちは分かるけど」


『分かるでしょ?』


銀の瞳が、じっと悠真を見据える。


『私は、誰かの“守護獣”になる前に、

 まず自分で生きたいの』


『ここは快適だよ?

 ご飯もあるし、安全だし』


でも、と。


『外に出て、

 思いきり走りたい』


『風を追いかけたい』


その言葉には、

駄々っ子のような勢いと、

本気の渇望が、混じっていた。


悠真は、少し黙り込む。


――確かに、これは依頼内容から外れる。

――でも。


「……ねえ」


悠真は立ち上がり、

ゆっくりと振り返った。


少し離れた場所で待機しているケインに、

声をかける。


「ケインさん」


ケインは、はっとして姿勢を正した。


「はい」


悠真は、振り返り、

もう一度幻獣の方を見る。


彼女は、期待と警戒が半分ずつ混じった顔で、

じっと見つめ返してきた。


「この子と」


一拍、置いてから。


「……少しだけ、外に出てもいいですか?」


その言葉に、

空気が、ぴたりと張り詰めた。


スピカが、静かに尻尾を揺らす。


「……私の一存では、決められません」


ケインは、困ったように眉を下げた。


「少々、お待ちください」


そう言って、胸元の通信具を取り出し、

少し離れた場所で誰かと連絡を取り始める。


その様子を見ながら、

幻獣は落ち着かない様子で、地面をくるくると歩き回った。


『ねえ、ダメって言われたらどうするの?』


「その時は……」


悠真は、正直に答える。


「また考える」


『むー』


納得していない顔。


しばらくして、ケインが戻ってきた。


その表情は、

疲れがにじみつつも、どこか覚悟が決まっている。


「……条件付きで、許可が下りました」


幻獣の耳が、ぴん、と立つ。


「外に出るのは、ほんの短時間のみ」


ケインは、はっきりと言い切った。


「必ずユウマさんのそばを離れないこと。

 そして――必ず、ここに戻ること」


一瞬の沈黙。


次の瞬間。


『やったぁぁぁ!!』


白いヒョウが、文字通り跳ね上がった。


銀の光が弾け、

世界樹の幹の周囲に、きらきらと魔力が散る。


『約束する! 絶対する!

 ちゃんと戻るし、逃げないし、暴れない!』


言いながら、すでに落ち着きがない。


「こ、こら……」


悠真が言う間もなく。


ぐいっ。


幻獣の頭が、悠真の腰あたりに押し当てられた。


『ほらほら! さっそく行きましょう!』


ぐいぐい、ぐいぐい。


「ちょ、押さないで……!」


完全に、押し出されている。


スピカが、少し離れた場所から呆れた声を飛ばす。


「……あんた、テンション上がりすぎよ」


『だって外だよ!? 外!!』


『ずっとここだったんだから!』


ケインは、その様子を見て、

こめかみを押さえながら苦笑した。


「……本当に、短時間ですよ」


「分かってます」


悠真は、押されながらも頷く。


こうして、

世界樹の幹の間に閉じ込められていた幻獣は――


生まれて初めて、

“外”へ向かって、駆け出した。


────



まず、ノクスを迎えに行った。


事情を聞いたノクスは、

何も言わず、静かに頷いただけだった。


――それで十分だ。


その後は、施設の職員に先導され、

王都の人目を避けるように裏道を進む。


昼間の王都。

だが、華やかな大通りとは違い、

裏側は静かで、石畳の音だけが響く。


「こんな道があったんだな……」


悠真は、正門からしか出入りしたことがなかっただけに、

妙な新鮮さを覚えた。


やがて辿り着いたのは、

高い城壁に設けられた、質素な裏門。


幾重もの確認と、

“特別許可”を示す紋章を通過し――


門が、静かに開く。


その瞬間。


外の空気が、流れ込んできた。


土の匂い。

草の匂い。

風の匂い。


『……っ』


幻獣が、息を呑む。


銀の瞳が、見開かれ、

今にも駆け出しそうに、足が小刻みに動く。


『これが……外……』


悠真は、ノクスの背に跨る。


「行こうか」


そう声をかけ、

白いヒョウへ手招きをした。


『うんっ!』


返事と同時に、

彼女は地面を蹴る。


ノクスが翼を広げ、

大地を蹴り、走り出す。


風が、視界を流れていく。


白銀の幻獣が、横を駆ける。

楽しそうに、

何度も何度も跳ねながら。


『速い! でも、気持ちいい!』


声が、弾む。


少し後ろで、

ケインがその光景を見送っていた。


「……お気をつけて」


その言葉に、悠真は振り返らず、

片手を上げて応えた。


ここから先は、

契約でも、依頼でもない。


ただの――

ひとときの自由だ。


白銀と黒翼が並び、

風を切って、王都の外へと駆けていった。


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