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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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51.幹より生まれるもの



数日が過ぎた。


カーバンクルの幼獣の世話をし、

気が向けばギルドで軽い依頼を受け、

空いた時間には王都を散策する。

たまに気晴らしにノクスに乗って、黒竜を連れ添い大空を舞った。


特別な事件も、大きな変化もない。

けれど、その穏やかさが心地よく、

悠真にとっては悪くない日々だった。

ただ一つ気がかりなのは未だにアズールが目覚めないということだけ…


――そんな平凡な日常が続いていた、ある朝。


「ユウマさん、朝一で少しお時間をいただけますか」


食堂へ向かう途中、ケインに呼び止められた。

いつもの穏やかな声だが、どこか覇気がない。


案内されたのは、初日に説明を受けた応接室だった。


扉を開けると、落ち着いた照明と木目を基調とした内装が目に入る。

柔らかな色合いの壁、低めの天井、ゆったりとしたソファ。

外界の喧騒を忘れさせる、静かで温もりのある空間だ。


――けれど。


そこに立っていたケインの姿に、悠真は思わず足を止めた。


「……ケインさん?」


白衣はいつもよりくたびれ、

目の下にははっきりとしたクマが刻まれている。

顔色も悪く、数日ろくに眠っていないことが一目で分かった。


「お久しぶりです……」


そう言って、ケインは申し訳なさそうに頭を下げる。


「なかなか顔を見せられず、すみません……」


その声音には、研究者らしい冷静さよりも、

疲労と焦りが滲んでいた。


悠真は応接室を見回す。

静かで整った空間は、初日と何一つ変わっていない。


それなのに――

ここに漂う空気だけが、どこか重い。


「……何か、あったんですか?」


自然と、問いかける声が低くなる。


ケインは一瞬だけ視線を落とし、

深く息を吸ってから、ゆっくりと顔を上げた。


「……ええ。少し、いや……少々、厄介なことが起きまして」


その言葉に、

“少し”では済まない予感が、はっきりと胸に広がった。


穏やかな日常の延長線上に、

確実に――次の波が迫っている。


悠真は無意識に、肩のあたりに視線をやった。

そこにいるはずのスピカの存在を、確かめるように。


ケインは、ソファの背に軽く手を置いたまま、少し言いづらそうに口を開いた。


「……こんなこと、正規の職員でもないユウマさんに頼むべきではないのですが」


前置きの時点で、ただ事ではないと分かる。


悠真は黙って頷き、続きを促した。


「そもそも、この樹冠塔は――皇族の名の下に運営されています」


その言葉に、悠真は小さく目を瞬かせた。


「皇族、ですか?」


「ええ。この国の皇族は、代々幻獣と非常に深い関わりを持ってきました」


ケインは静かに語り始める。


この国の皇族には、古くから続く風習があるという。

――皇族の一人ひとりが、生涯の“パートナー”となる幻獣を迎えること。


そして、その幻獣は、例外なくこの樹冠塔から選ばれる。


「皇族に仕える幻獣は、単なる守護獣ではありません。共に生き、共に判断し、時には命を預け合う存在です」


だからこそ、選定は慎重を極める。

幼獣の頃から魔力の質、性格、適性を見極め、

最終的に“選ばれる”幻獣だけが、皇族の元へ向かう。


「……問題は、その“選ばれた”幻獣が、今回とても厄介でして」


ケインはそう言って、苦く笑った。


「選定自体は間違っていません。資質も魔力も、申し分ない。……ですが」


一拍、間を置く。


「凶暴性が強すぎるのです」


悠真は、思わず眉をひそめた。


「凶暴、って……」


「職員が近づこうとすると威嚇し、魔力を荒立てる。幻獣同士ですら拒絶する始末でして……。幸い、封印や拘束はしていませんが、このままでは皇族に引き合わせることすらできません」


ケインの声音には、焦りと疲労が滲んでいた理由がはっきりと現れていた。


「そこで……ユウマさんに、お願いしたいことがあります」


ケインは、深く頭を下げた。


「その幻獣を――宥めていただけないでしょうか」


一瞬、応接室の空気が張り詰める。


正規職員でも、専門の調教師でもない。

ただの依頼人であり、外部の冒険者。


それでも、頼らざるを得ない理由があるのだと、

ケインの態度が雄弁に語っていた。


「……理由は、察しがつくと思います」


悠真が関わった幻獣たち。

警戒心の強い幼獣。

伝説級の存在ですら、一定の距離を許した不思議な相性。


「あなたの魔力と、幻獣たちとの関係性は――正直、異常です」


そう言って、ケインは苦笑する。


「だからこそ、お願いしたい。これは……研究でも、命令でもありません。完全に、個人的な“お願い”です」


皇族。

選ばれし幻獣。

そして、制御できない凶暴性。


穏やかだった王都での日々が、

知らぬ間に、国家規模の問題と繋がろうとしていた。


悠真は、ゆっくりと息を吐く。


そして――

無意識のうちに、スピカの反応を待つように、肩越しに視線を向けた。


応接室に、短い沈黙が落ちた。


その静けさを破ったのは、悠真の肩にいたスピカだった。


「……そもそもね」


金色の瞳を細め、少し不機嫌そうに前置きする。


「こんなことで幻獣を、人間の一生に縛りつけるのは、私はあまり良いと思わないわ」


はっきりとした物言いだった。

皇族の伝統も、施設の事情も、スピカにとっては関係ない。


「選ばれたから、相性がいいから、都合がいいから――そんな理由で“伴侶”にされるなんて、ね」


ケインは反論せず、ただ黙ってその言葉を受け止めていた。


スピカはふっと視線を悠真に向ける。


「だから」


少しだけ声の調子を和らげて、


「悠真、あなたの思った通りにすればいいわ」


命令でも、誘導でもない。

ただの助言。


悠真はその言葉を聞き、少しだけ考え込む。


皇族。

幻獣。

宥めるという役目。


自分が踏み込めば、きっと面倒なことになる。

でも――放っておけば、もっと悪い結果になる気もした。


「……うん」


短く、けれど迷いを振り切るように頷く。


「宥められるかどうかは、正直分かりませんけど」


そう前置きしてから、悠真はケインを見る。


「とりあえず、その幻獣に会ってみようと思います」


できるかどうかは、会ってから考える。

無理なら無理だと言う。


それだけの、シンプルな結論だった。


ケインは一瞬、目を見開き、

それから深く、深く息を吐いた。


「……ありがとうございます」


頭を下げるその姿は、研究者でも職員でもなく、

ただ一人の人間としてのものだった。




話は決まった。

ならば、動くのは早い。


ケインの案内で、悠真たちはその幻獣の元へ向かうことになった。


樹冠塔の中でも、これまで立ち入った区画とは明らかに違う方向。

廊下の雰囲気も、空気の張りも変わっていく。


「……ここから先は、特別区画になります」


ケインの声が、少しだけ硬くなる。


通されたのは、いくつもの封鎖扉と結界。

魔力認証、職員証の確認、複数段階の魔法式。

一つ一つを解除しながら進むたび、

この先にいる存在が“普通ではない”ことが、嫌でも伝わってきた。


「ここまで厳重なのは、初めてだな……」


悠真が思わず漏らすと、ケインは苦笑する。


「ええ。正直、これでも最低限です」


そして――最後の封印が解かれた。


静かに開いた扉の先。


そこに広がっていたのは、

“室内”という言葉ではとても表現できない空間だった。


天井は遥か高く、

壁の向こうには、柔らかな光に満ちた森が広がっている。


土の匂い。

湿った空気。

鳥のさえずりに似た、微かな魔力の波動。


まるで、森の一部をそのまま切り取ってきたかのようだ。


そして、空間の中央。


――巨大な木が、そびえ立っていた。


幹は太く、幾重にも重なった年輪が悠久の時を物語る。

根は大地に深く張り巡らされ、

枝葉は天井近くまで広がり、淡く光を放っている。


その存在感に、悠真は思わず息を呑んだ。


「……これ、」


言葉を失った悠真の隣で、

スピカが珍しく、目を大きく見開いていた。


「……信じられない」


いつもの余裕のある声音ではない。


「こんな所に――世界樹の“幹”まであるなんて」


その言葉に、ケインが静かに頷く。


「正確には、“世界樹本体から分かたれた主幹の一部”です。完全なものではありませんが……それでも、幻獣にとっては計り知れない影響を持つ」


スピカは木をじっと見つめ、尻尾を揺らす。


ケインは、中央にそびえる世界樹の幹を仰ぎ見ながら、静かに語り始めた。


「この幹については……建国以前からの伝承に記されています」


悠真とスピカは、その言葉に耳を傾ける。


「初代皇帝が、まだ一介の英雄に過ぎなかった頃――幻獣王と対峙し、そして“認められた”と」


スピカの耳が、ぴくりと動いた。


「認められた、ですって?」


「ええ。戦いではなく、対話の末に、です」


ケインは淡々と続ける。


「幻獣王は、初代皇帝の在り方を見て、この国の行く末を託すに足ると判断した。そこで授けられたのが……この、世界樹の幹」


悠真は思わず、その巨大な木に視線を向ける。


「世界樹の“幹”を、ですか……」


「完全な本体ではありません。ですが、この幹は今も生きています」


根は大地に魔力を流し、

幹は空間を安定させ、

枝葉は幻獣を育む。


「そして――」


ケインは、少しだけ声を落とした。


「この幹からは、数十年に一度、“幻獣”が生まれます」


空気が、わずかに張り詰める。


「世界樹の幹が自ら選び、形作る存在。魔力も資質も、通常の幻獣とは比べ物になりません」


スピカは、低く息を吐いた。


「……なるほど。皇族が一代に一匹、というのは、そういうこと」


「はい。その幻獣こそが、皇族の“パートナー”となります」


生まれた幻獣は、この樹冠塔で育てられ、

資質を見極められ、

そして、皇族の元へ。


「選ばれるのは、皇族だけ。

選ばれる幻獣も、また一体だけ」


悠真は、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。


「……その幻獣は、自分で選べるんですか?」


ケインは、ほんの一瞬だけ言葉に詰まる。


「……伝承では、“互いに選び合う”とされています」


だが、

現実は必ずしも、伝承通りにはいかない。


スピカは、世界樹の幹から漂う魔力の流れを読み取るように、じっと目を細めた。


「それで、その幻獣が――今回の“問題児”というわけね」


濃すぎる魔力。

閉ざされた空間。

選ばれる運命。


生まれた瞬間から、

逃げ場のない役割を背負わされた存在。


悠真は、静かに拳を握った。


「……そりゃ、荒れるよな」


ぽつりと零れたその言葉は、

誰を責めるでもなく、

ただ事実を受け止めたものだった。


世界樹の幹の奥から、

微かに、魔力が揺らぐ。


まるで――

その幻獣が、

“自分の話をされている”と、気づいたかのように。


「……行きましょう」


悠真は、前を向いて言った。


「会って、ちゃんと話さないと」


伝承でも、制度でもなく。

目の前の“幻獣”そのものと。




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