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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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49. 異邦の香り、同郷の影


 男の問いかけに、悠真は一瞬、言葉を失った。


 胸の奥を、何かが強く叩いたような感覚。

 この世界に来てから、ずっと感じていた微かな違和感――それが、今、はっきりと輪郭を持った。


「……はい。俺も、地球から来ました」


「やっぱりだ!!」


 男は思わず声を上げ、すぐに周囲を見回してから咳払いをする。


「……失礼。興奮しすぎたな」


 男はブリーフケースを拾い上げ、改めて悠真に向き直った。

 近くで見ると、どこにでもいそうな三十代半ばの男性だ。ただし、その服装だけが、この世界では決定的に浮いている。仕立てのいいスーツに革靴、きっちり整えられた身だしなみ。

 この世界に来てから初めて目にする、“地球の空気”そのものだった。


「自己紹介が遅れたね」


 男は軽く手を差し出す。


「トーマス・グリーン。グリーン商会の店主だ。元はアメリカ、ニューヨーク出身」


「悠真です。日本から来ました」


「日本! それはまた……」


 トーマスは目を見開き、すぐに破顔する。


「そりゃまた遠いところから来たもんだ。いやぁ、本当に嬉しいよ。王都で同郷……いや、同じ星の人間に会えるなんて」


 その会話を横で聞いていたスピカが、退屈そうに尻尾を揺らす。


「盛り上がってるところ悪いけど、ただの商人じゃなかったの?」

「この人も、俺と同じ“落ち人”なんだ」


「ふうん……?」


 スピカはトーマスを一瞥し、すぐに興味を失ったようにそっぽを向いた。


「別に変わらないじゃない。服が変なだけで」


「はは……幻獣から見ると、そうなるのか」


 トーマスは肩をすくめ、苦笑した。


「しかし、君もなかなかだな。幻獣を連れて、しかも随分と懐かれている」


「成り行きというか……」


「この世界じゃ、その“成り行き”が一番厄介で、一番強いんだ」



 悠真は苦笑を返し、改めてトーマスの全身を見た。

 やはりどうしても、視線はそこに行き着く。


「……その服、本当にスーツですよね」


「はは、やっぱり気になるか」


 トーマスは苦笑しながら、自分の袖口をつまんで軽く引っ張った。布地の質感も、仕立ても、悠真の知る“それ”と変わらない。


「地球じゃ、正直言ってね」


 彼は肩をすくめる。


「こんなにきっちり着る場面なんて、そう多くなかったよ。会議か、フォーマルな場くらいさ。普段はもっとラフだった」


「ですよね……」


 思わず頷いてしまう悠真に、トーマスは楽しそうに笑った。


「でも、こちらじゃ話が違う」


 そう言って、胸元を軽く叩く。


「この世界では、この格好はより目立つ。服装でグリーン商会だと認識すればより良い」


「トレードマーク、みたいな?」


「その通り」


 トーマスは人差し指を立てた。


「王都じゃ、『変な服の人間=グリーン商会』で通ってる。覚えてもらうには、これが一番手っ取り早かった」


「変な服……」


 スピカが鼻で笑う。


「確かに浮いてるわね。妙に角張ってて、動きづらそう」


「おっと、幻獣嬢。痛いところを突くね」


 トーマスは苦笑しつつも、どこか誇らしげだ。


「だけど、この“変さ”がいい宣伝になるんだ。異世界の品を扱う商人としては、ちょうどいい」


 悠真は、その言葉を聞きながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

 地球の常識を、そのまま持ち込むのではなく――この世界に合わせて、形を変え、生き抜いてきた証。


「……なんだか、安心しました」


「安心?」


「はい。ちゃんと、この世界でやっていけてる人がいるって分かって」


 トーマスは一瞬、目を丸くし、それから穏やかに笑った。


「君も、そのうち分かるさ。ここは案外、居心地が悪くない」


 そう言って、軽くブリーフケースを叩いた。


「さて、それじゃ改めて聞こう。ユウマ。

 この“変な服の商人”の店で、何を探してる?」


 「正直に言うと、特にこれって目的があったわけじゃないんです」


 悠真はそう前置きして、店内をぐるりと見渡した。


 棚に並ぶ品々は、どれもどこか見慣れた配置でありながら、この世界の素材や魔道具が混じっている。不思議な感覚だった。地球の雑貨屋に似ているのに、決定的に違う。


 「旅をしてると、あとから“あれが足りなかった”って気づくことが多くて。だから、何か必要そうなものがあればと思って」


 トーマスは「なるほど」と頷き、腕を組んだ。


 「分かるよ、その感じ。僕も最初は同じだった。備えたつもりでも、異世界じゃ想定外ばかりだ」


 その言葉に、悠真は小さく笑う。


 ――と、そこでふと思い出した。


 鞄の奥。

 ダンジョンで手に入れた、あの宝石。


 「そうだ」


 悠真は顔を上げ、トーマスを見る。


 「トーマスさん。この店で……宝石の加工って、やってたりしますか?」


 その瞬間、トーマスの眉がわずかに跳ねた。


 「宝石加工?」


 彼は一拍置いてから、にやりと口角を上げる。


 「やってる、どころか。そこがウチの隠れた本業のひとつだよ」


 カウンターの下から、小さなケースを取り出し、指先で軽く叩く。


 「魔封石、魔力結晶、装飾用の希少宝石。用途に応じて加工方法を変える必要があるからね。王都でも専門に扱える店は、そう多くない」


 その言葉に、スピカがぴくりと反応した。


 「……魔封石?」


 悠真の肩に乗ったまま、宝石袋の存在を見抜いたように、金色の瞳を細める。


 トーマスはその様子を見て、さらに楽しそうに笑った。


 「おやおや。どうやら、ただの旅人じゃなさそうだ」


 悠真は苦笑しつつ、鞄の中に手を伸ばした。


 「実は、ダンジョンで手に入れた宝石があって。持ってるだけじゃ、もったいない気がして」


 スピカが、少しだけ胸を張る。


 「私のだからね」


 「はいはい、分かってる」


 悠真はそう言いながら、宝石を包んでいた布をそっと解いた。


 淡いピンク色。

 その中心で、赤い光がゆらゆらと揺らめく――魔封石。


 それを見た瞬間、トーマスの表情が、商人のそれに変わった。


 「……これは」


 声の調子が、明らかに変わる。


 「面白いものを手に入れたね、ユウマ。

 よければ、少し詳しく話を聞かせてくれないか?」


 悠真は、魔封石を手のひらに乗せたまま、簡単に経緯を説明した。


 ダンジョンで手に入れたこと。

 強い魔力を内包しているが、用途までは分からないこと。

 そして――


 「できれば、アクセサリーに加工できないかなって」


 その言葉に、トーマスは顎に手を当て、宝石をじっと観察する。


 「アクセサリー、か」


 彼は一度、店の奥へ視線を投げたあと、静かに頷いた。


 「できるよ。ただし、普通の細工師じゃ無理だ。この石は“生きてる”。下手に削れば、魔力が暴れる」


 スピカが得意げに鼻を鳴らす。


 「でしょうね」


 「……でしょうね、って」


 悠真は思わず突っ込みながらも、トーマスの次の言葉を待った。


 「安心していい。王都に、僕が長年世話になってる加工師がいる。

 商人としての“裏のツテ”みたいなものだ」


 そう言って、トーマスはブリーフケースを軽く叩く。


 「彼女なら、魔封石を装飾品として安定させることができる。指輪でも、ペンダントでも、持ち主の魔力に合わせて仕上げてくれるはずだ」


 悠真はほっと息をついた。


 「じゃあ……お願いできますか?」


 「もちろん。せっかく縁ができたんだ、面白い仕事は大歓迎さ」


 トーマスはそう言って、にっと笑う。


 「ただし条件がひとつ」


 「条件?」


 「完成するまで、少し時間がかかる。その間、王都にいるなら、また顔を出してほしい。

 ――地球の話も、もっと聞きたいからね」


 悠真は一瞬考え、すぐに頷いた。


 「分かりました。俺も、話せる人がいて嬉しいです」


 スピカは宝石をちらりと見てから、悠真の肩で丸くなる。


 「……ちゃんとした形になるなら、悪くないわね」


 こうして、魔封石は一時的にトーマスの店に預けられることになった。


 店を出て、人の流れに身を委ねながら歩き出したところで、悠真はふと足を緩めた。


 ――そういえば。


 以前出会った商人のガロルが旅の途中で話していたことを思い出す。

 この王都には、「落ち人」でありながら商人をしている人がいる、と。


「…もしかしてトーマスさんのことかな?」


 悠真は小さく息を吐き、空を仰ぐ。


 この世界には、自分以外にも“こちら側”から来た人間がいる。

 それだけで、不思議と胸の奥が温かくなる。


 「……また、聞いてみるか」


 次に店を訪れたとき、さりげなく。

 今はそれでいい。


 そう結論づけると、悠真は再び歩き出した。

 肩の上ではスピカが小さく欠伸をし、何も知らない顔で尻尾を揺らしていた。



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