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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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47. 樹冠の灯が消える頃


 ダンジョンを出ると、空はすでに夕暮れ色に染まり始めていた。

 森の向こう、王都の方角には、低く傾いた太陽が橙の光を投げかけている。


「……やばい、もうこんな時間か」


 悠真は空を仰ぎ、思わず声を漏らした。

 王都は夜間の入城制限が厳しい。日没を過ぎれば、どんな理由があろうと門は閉ざされ、外で一晩過ごすことになる。


「ノクス、急げる?」


 問いかけると、ノクスは短く鼻を鳴らし、悠真の意識に声を届けた。

『主、掴まって』


 次の瞬間、ノクスの身体が大きく沈み込み、翼が空を切った。

 風が一気に加速し、景色が流れるように後方へと飛び去っていく。


 スピカは悠真の肩にしがみつき、耳を伏せながらもどこか楽しそうに目を細めている。

 アズールはノクスの背で姿勢を低くし、流れる風に嘴を鳴らした。


 森を抜け、街道を越え、王都の外壁が見えた頃には、太陽はすでに城壁の縁に触れかけていた。

 門の前には、今日も変わらず長い列ができていたが――


「間に合え……!」


 悠真の焦りを乗せたまま、ノクスは高度を落とし、城門近くの指定区域へと降り立つ。

 見張りの騎士がこちらに気づき、目を見張った。


「再入城希望者か? ……まだ、日没前だな」


 門の上で鐘が鳴る直前。

 ぎりぎりのタイミングだったが、騎士は通行証と樹冠塔のバッジを確認し、静かに頷いた。


「通っていい。急ぎなさい」


「ありがとうございます!」


 悠真は深く頭を下げ、ノクスの手綱を軽く引いた。


 大門の小脇の小さな門をくぐった瞬間、背後でゆっくりと日が沈んだ。

 街に灯りが入り始め、魔石灯が次々と淡い光を放ち始める。


「……ふぅ」


 思わず息を吐く悠真。

 ノクスは静かに歩調を緩め、『間に合ったな』と穏やかに語りかけてきた。


「ほんとだよ。ありがとう、ノクス」


 スピカが小さくあくびをしながら言う。

「慌ただしい一日だったわね。でも、悪くない」


 悠真は王都の夕景を見上げながら、胸の奥で小さく頷いた。


 王都の街路を抜け、悠真たちはそのままギルドへと向かった。

 夜だというのに、建物の中は昼間以上の活気に満ちている。


 扉を開けた瞬間、酒と香辛料の匂い、笑い声、食器の触れ合う音が一気に押し寄せてきた。

 ギルドに併設された食堂はほぼ満席で、冒険者たちが一日の戦果を肴に杯を傾けている。


「……夜の方が賑やかだな」


 悠真は人波を避けながら、受付カウンターへと向かった。

 ノクスとアズールは外で待機してもらい、スピカはいつものように鞄の中だ。


「依頼の完了報告です」


 受付嬢が顔を上げ、書類を確認する。

「近郊ダンジョン調査と薬草採取ですね。お疲れさまでした」


 悠真は頷き、最後に倒した双頭蛇が落とした魔石を、そっとカウンターの上に置いた。

 それを見た瞬間、受付嬢の目が見開かれる。


「……大きいですね」


 手に取って角度を変えながら、内部の魔力の揺らぎを確かめている。

 しばらくして、少し困ったように微笑んだ。


「申し訳ありません。こちらは通常の査定では扱えません。専門の鑑定に回す必要がありますので、結果が出るまで数日かかりますが……」


「大丈夫です。いつでも構いません」


 悠真が即答すると、受付嬢はほっとしたように頷いた。


「ありがとうございます。それでは、今回の依頼分の報酬のみ先にお渡ししますね」


 金貨の音が小さく鳴り、報酬袋が差し出される。

 他の魔物の魔石については――すでにアズールの腹の中だ。いつものことである。


「確かに受け取りました。お気をつけて」


「ありがとうございます」


 悠真は軽く頭を下げ、カウンターを離れた。

 背後では、食堂の喧騒が変わらず続いている。


 こうして、今日のダンジョン依頼はひとまず完了した。


 ギルドの扉へ向かって歩き出した、その時だった。


「あれ――ユウマさん?」


 聞き覚えのある声に呼び止められ、悠真は足を止めて振り返る。

 そこにいたのは、王都の門前で再会した三人組――リネア、ガイル、フェンだった。


「リネアさん。こんなところで」


 思わぬ再会に、悠真も自然と表情が緩む。


「やっぱりユウマさんでしたか。今、依頼帰りですか?」


「はい。近場のダンジョンに」


 そう答えると、ガイルが目を丸くする。


「この時間で戻ってきたってことは、結構いいところまで行ったんじゃないか?」


「まあ……それなりに」


 曖昧に笑って誤魔化す悠真の横で、フェンがちらりと周囲を見回した。


「今日は随分と静かですね。あの大きな相棒たちは?」


「ノクスとアズールなら、外で待ってもらってます」


 その言葉に、リネアは納得したように頷いた。


「やっぱり。ギルドの中じゃ目立ちますもんね」


 ふと、リネアが思い出したように微笑む。


「そういえば私たち、これから食堂で軽く飲もうと思ってたんですけど……ユウマさんは?」


 悠真は一瞬、迷うように視線を泳がせた。

 今日一日を思い返せば、身体は正直疲れている。だが――。


「少しだけなら」


 そう答えると、リネアはぱっと顔を明るくした。


「よかった。じゃあ、ぜひ一緒に」


 こうして悠真は、偶然の再会に導かれるように、再びギルドの賑わいの中へと足を向けることになった。

 王都での夜は、まだ始まったばかりだった。



 ノクスとアズールには、ギルドの裏手にある小屋で休んでもらうことにした。

 食堂で分けてもらった肉や果物を抱えて外へ出ると、二匹は大人しくそれを受け取り、それぞれ落ち着ける場所へと移っていく。


『主、ゆっくりしてこい』

 ノクスの声が頭の奥に響き、悠真は小さく頷いた。


 再び食堂へ戻ると、リネアに促されるまま席につく。

 ほどなくして、香ばしい匂いとともに料理と飲み物が運ばれてきた。


 焼き立ての肉に、魚介と野菜を煮込んだ王都風のスープ。

 外はかりっと、中はふわりとしたパンに、琥珀色の酒。


 悠真は一口運び、思わず息をつく。

「……美味しい」


「でしょう?」

 リネアが嬉しそうに笑う。


 食事を進めながら、話題は自然と昨日のことへ移っていった。


「門の前で野営してた時、まさかまた会えるとは思いませんでしたね」

「ほんとに。王都に着くまで、何があるかわからないものですね」


 そんな他愛もないやり取りの中で、悠真は樹冠塔の話題だけは慎重に避けた。

 保護施設での出来事は、あまりにも特別で、軽々しく話せるものではない。


「俺は王都を少し見て回ってて」

 そう言って、話を曖昧に濁す。


 フェンは特に突っ込むこともなく、黙々と料理を口に運び、ガイルは酒を飲みながら相槌を打っていた。


「王都は、やっぱり別格だな」

 ガイルがしみじみと言う。

「食い物も、人も、情報も多すぎる」


「その分、厄介事も多いですけどね」

 フェンが淡々と付け加えた。


 賑やかな食堂のざわめきの中、久しぶりに気を張らずに過ごす時間。

 悠真は、肩の力が少しずつ抜けていくのを感じていた。


 ――こんな夜も、悪くない。



 その後も少しだけ話を続け、互いに翌日の予定を気にし始めたところで解散となった。

 賑やかな食堂を後にすると、夜の王都の空気はひんやりとしていて、昼間とはまた違う顔を見せている。


 裏手の小屋へ向かうと、ノクスとアズールはすぐに気配を察して顔を上げた。

 悠真が声をかけると、二匹は安心したように近寄ってくる。


「お待たせ。帰ろうか」


『問題ない』

 ノクスの落ち着いた声が返り、アズールも小さく鳴いた。


 そのまま連れ立って樹冠塔へ戻り、悠真は足を止めることなくカーバンクルの幼獣のもとへ向かった。

 すでに夜も更けていたため、長居はできない。それでも顔を見て、少し撫でてやり、様子を確認する。


 幼獣は眠そうな目を瞬かせながらも、悠真の手にすり、と小さく身を寄せた。

 その仕草に、短い時間でも来てよかったと胸が温かくなる。


「また、明日な」


 静かに声をかけ、お世話室を後にする。


 部屋へ戻ると、スピカが当然のように悠真の前へ陣取った。

 言葉にしなくても分かるその態度に、悠真は苦笑しながらブラシを手に取る。


「はいはい、お待たせ」


 毛並みに沿って丁寧に梳くと、スピカは気持ちよさそうに喉を鳴らし、やがて目を細めた。


「……悪くないわね」

 素直とも取れる一言に、悠真は少し驚きつつも、手を止めなかった。


 一日の疲れがどっと押し寄せてきて、ブラッシングを終える頃には、悠真自身も眠気を感じていた。


 灯りを落とし、ベッドに横になる。

 今日はよく動き、よく出会い、よく食べた一日だった。


 そう思いながら目を閉じると、意識はすぐに闇へと沈んでいった。


 一日の始まりは、昨日と変わらない静けさだった。

 悠真は身を起こし、軽く伸びをしてから身支度を整える。樹冠塔の朝は柔らかな光に満ちていて、目覚めるたびに少し現実味が薄れる。


「おはよう。そろそろ起きるよ」


 声を掛けると、ノクスが静かに歩み寄り、スピカも欠伸をしながら近くへ来た。いつもの並び、いつもの距離感。

 ――だが、ひとつだけ違和感があった。


「……あれ? アズールは?」


 返事はない。

 悠真は首を傾げ、部屋をぐるりと見渡した。


 すると、部屋の隅。窓から差し込む光の端に、明らかに見覚えのない“何か”が鎮座していた。


 それは卵だった。

 いや、正確には――卵の“ような形”をしたもの。


 表面は殻ではなく、ふわりとした羽毛で覆われている。白を基調に、淡い青や金色が混ざった柔らかな色合いで、ところどころが微かに脈打つように動いている気がした。大きさは、人が抱え込めるほど。


「……卵?」


 思わず呟いた声に、スピカがぴくりと耳を動かす。


「ちょっと、それ……」

 スピカは慎重に近づき、金色の瞳を細めた。

「間違いないわね。これ、アズールの“核”よ」


「……核?」


 悠真が聞き返した、その瞬間。


 卵のようなそれが、ふるりと小さく震えた。

 羽毛の隙間から、淡い光が漏れ出す。


 ノクスが一歩前に出て、静かに告げる。


『主。アズールは今、成長のための休眠に入っている』


「成長……?」


『昨日のダンジョン、そして魔封石の気配。あれらが引き金になったのだろう』


 悠真は息を呑み、改めてその羽毛の卵を見つめた。

 触れるのが怖くて、けれど目を離すこともできない。


「……大丈夫、なんだよな?」


 問いかけるように言うと、スピカが小さく鼻を鳴らす。


「心配しすぎ。むしろ順調すぎるくらいよ」

 そう言ってから、少しだけ表情を和らげた。

「ちゃんと戻ってくるわ。前より、ちょっと……いえ、だいぶ立派になって」


 悠真は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、卵の前にしゃがみ込んだ。


「そっか……。じゃあ、ゆっくり休んでてくれよ」


 卵は答えない。

 けれど、朝の光を受けて、羽毛がやさしく揺れた気がした。



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