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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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39. 柔らかな嫉妬


 入る直前に足を止めた悠真は、ちら、と背後を見る。


「ノクス、アズール。ここから先は、外で待っててくれるか?」


 ノクスは短く喉を鳴らし、アズールは羽をゆらゆら揺らしながらも、ちゃんと扉の外――廊下側へ腰を落とした。


 ふたりとも、入ってはいけない場所だと、きちんと理解している。


 研究員はその様子に、ほんの一瞬だけ目を細めた。




 足を踏み入れた瞬間。


 柔らかな魔力が、空気の層となって『まとわりつく』ように肌を撫でた。


 部屋の中央――

 丸く眠っていたはずの幼いカーバンクルが、ぱた、と耳を動かした。


 そして。


 ゆっくり、ゆっくりと身を起こし、悠真の方へ――


 迷うことなく、とてとて歩いてきた。


 研究員が息を飲む気配が、背中越しに伝わった。


 彼らスタッフにすら心を開かなかった幼獣が、

 警戒という概念をすっ飛ばして、まるで――


 “待っていた”


 かのように。


 幼獣は、悠真の足元まで来ると、

 ぽす、と額をそっと押し当てた。


 小さな、まだ未成熟の結晶核が、

 ぴ、と微かな光を宿す。


 スピカが呆れ混じりの吐息を漏らした。


「……やれやれ。こんな即落ち、見たことないわよ」


「いや、俺、何もしてないけど……?」


「そういう“線”があるの。

 ――世界樹から見て、“同族判定”に近い何かが」


 研究員は完全に固まっていた。


「…………ちょっと待ってほしい。

 その子、私が世話するのに三週間かかっても一歩も距離が縮まらなかったのに……」


 言葉が途切れる。


 それほどの、“理解の外”。


 悠真は、とりあえず膝を折り、

 そっと両手で幼獣を持ち上げた。


 軽い。

 羽のようだった。


 幼獣は目を細め――


 「くぅ……」と、溶けるように喉を鳴らした。


 研究員は額を押さえた。


「……はぁ。

 分かりました。

 今日の担当、君で確定です」


「え、もう?」


「はいもう。異議なし。むしろこちらが教えてほしいぐらいだ」


 そして青年は書類端末へ入力しながら、悠真には聞こえないくらい小さな声でぽつりと呟く。


「……本当に……いるんですね。

 “共鳴者”って」


 そのつぶやきを聞き取ったスピカは得意げに尻尾を揺らした。




 悠真は腕の中の温もりを確かめる。


 しばらくのあいだ、悠真は膝を折って、幼いカーバンクルをそっと撫でていた。

 ふわふわとした毛並みは、触れるたびに微弱な光を放ち、まるで掌の中で星の欠片を包んでいるようだ。

 幼獣は最初こそ警戒していたが、悠真の掌の温もりに安心したのか、目を細めて小さく喉を鳴らすような音を立てた。


 スピカは少し離れたところからその様子を眺めている。

 小さくため息をつくが、その口元はわずかに緩んでいた。


 やがて悠真は撫でる手を止め、振り返って研究員に問いかけた。


「俺は、ここで主に何をすればいいんですか?」


 研究員は腕を組み、穏やかな笑みを浮かべる。

「基本的には、あの子の“信頼回復”が目的です。……実は少し前まで、この子の親が狩人に追われていてね。保護できたのはこの子だけだった。だから、人間に対して強い恐怖反応を示す」


 研究員はカーバンクルの小さな額に浮かぶ、淡い宝石の光を見つめながら続ける。

「餌を与えるのも、世話をするのもいい。だが一番は、“穏やかな時間を共有すること”です。人の魔力は感情に共鳴する。君の魔力は特に柔らかいから、きっとすぐに打ち解けるでしょうか」


 悠真は頷きながら、小さく微笑んだ。

「なるほど……じゃあ、俺がやることは“仲良くなること”ですね」


「そういうことです」

 研究員は満足げに笑い、メモ端末に何かを書き込んだ。

「あとで記録用に少しだけデータを取らせてもらいます。それと……その成獣が、あの子を睨みすぎないようにだけ、注意しておいてください」


「……聞こえてるわよ」

 スピカがむっと眉をひそめる。


 研究員は一歩下がりながら、どこか楽しげに肩をすくめた。


 端末に何かを記録し終えると軽く頭を下げた。

「では、私は奥の区画で別の調整をしてくる。何かあれば備え付けの水晶に話しかけてください」


 そう言い残し、彼は静かに扉を閉めて部屋を出ていった。

 足音が遠ざかると同時に、世界は穏やかな魔力の波と小さな寝息だけに包まれる。


 悠真はしばらく、手のひらで幼獣の毛をそっと撫でながら、その寝顔を見つめていた。

 ころころと寝返りを打ちながら、カーバンクルの幼獣は薄く瞼を震わせ、うっすらと笑うような表情を浮かべる。


 ――そのとき、肩の上でふいにため息が落ちた。


「……ふん、あの研究員、わたしの扱いが軽すぎるわ」


 ぶつぶつと文句を言うスピカに、悠真は思わず苦笑をこぼす。


「というかさ、スピカ。なんでそんなに機嫌悪いんだ?」


 問われたスピカは、ピクリと耳を動かし、ぷいと顔をそむけた。

「べつに。……ただ、あんなふわふわの子を可愛い可愛いって、目を細めてるのが、ちょっと……」


 そこで言葉を切り、わずかに頬を膨らませたまま、彼女は尻尾で悠真の頬を軽く叩いた。


「……気のせいよ」


 悠真はぽかんとした表情を浮かべた後、少しだけ笑って首を傾げる。

「そっか。まあ、スピカがそう言うなら」


 その穏やかな声音に、スピカは一瞬だけ目を泳がせ――

「……まったく、鈍感なんだから」

と、小さく呟きながら、再び悠真の肩に丸くなって座り直した。




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