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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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26. 風のはばたき、白き群れの詩


 モフ子――いや、“夢幻竜”との別れを果たしたあと、

 悠真たちは山脈の斜面をゆっくりと下っていた。

 朝の光が崖の間から差し込み、薄い霧が黄金色に染まる。

 先を行くノクスの毛並みが光を受けて淡く輝き、

 その後ろではアズールが悠々と翼を広げ、空の風を掴んでいる。


 スピカは悠真の肩の上で、尻尾をゆらしながら軽く欠伸をした。

 「まったく……モフ子ったら、最後の最後までやかましかったわね」

 「うん……でも、いいドラゴンだったと思うよ」

 悠真は苦笑しながら答える。


 “いいドラゴン”という表現に、スピカは小さく笑った。

 「あなた、普通そんな風に言わないのよ? あれだけの存在を前にして」

 「でも、悪い奴じゃなかったし。加護も……まぁ、よくわからないけど」

 「その“よくわからない”が、一番怖いのよ……」


 ノクスが低く唸り声をあげる。

 どうやら足元に新しい獣の匂いを感じ取ったらしい。

 森へ入る前にもう一度立ち止まり、

 悠真は空を舞うアズールを見上げながら言った。

 「山を越えたし、次はどこへ行こうか」


 スピカは少し考えるような仕草をする。

 「王都に向かうなら、東の街道が近いはずよ」

 「そうだね。あの村の人たちにもお礼言いたいし」


悠真はスピカに答えながら目の前の枝をかき分けた。


 もうすぐ森を抜ける、その少し手前のことだった。

 木々の間を抜ける風が一瞬、湿った匂いを運んでくる。

 ノクスが足を止め、鼻先を前方へ向けた。

 その視線を追うと、緑の葉の隙間から柔らかな光が差し込み、

 その先に――静かな湖面が広がっていた。


 湖は森の木々に囲まれ、鏡のように空を映している。

 その水辺に、数頭の白い馬が身を寄せて水を飲んでいた。


 「……馬?」

 悠真が思わず呟くと、スピカが目を細めて小さく笑った。

 「珍しいわね。こんなところにペガサスがいるなんて」


 「ペガサス?」

 悠真が目を凝らす。

 確かに、その背には柔らかそうな純白の翼があった。

 風が吹くたびに羽毛が陽光を受けてきらめき、

 まるで光そのものが形を取っているようだった。


 「……羽があるんだ」

 その声は、驚きよりも、感嘆の色を帯びていた。


 悠真はそっとノートを取り出し、ページを開く。

 ペン先が走り、白い翼、毛並み、動き――その全てを記録していく。

 まるで学者のように夢中で筆を動かす悠真を見て、

 スピカは小さく息をつきながら、また始まったとでも言いたげだ。

 

 アズールが羽音を立てながら悠真の横に降り立ち、

 湖の方を見て小さく鳴いた。

 その鳴き声に反応して、ペガサスの一頭が顔を上げ、

 まっすぐこちらを見つめる。


 白銀の瞳が湖面に反射して揺れた。

 その瞬間、風が通り抜け、羽毛がふわりと舞い上がる。

 ――まるで挨拶をするように。


 悠真は思わず笑みを浮かべ、ペンを止めた。

 「……きれいだな」



 こちらに気づいた一頭が、隣にいたもう一頭に小さく鼻を寄せ、何かを告げるような仕草を見せた。

 すると二頭はゆっくりと顔を上げ、ためらいもなくこちらへと歩み寄ってくる。


 「え、こっちに来るけど……大丈夫かな?」


 近づくにつれて、その大きさがはっきりとわかる。

 ノクスとほとんど変わらないほどの体躯。

 だが、黒曜石のようなノクスとは対照的に、彼らは雪のように白く、

 陽の光を受けて淡く輝いていた。

 湖面に映るその姿は、まるで神話から抜け出した幻の生き物のようだった。


 「攻撃する意思はなさそうよ?」

 スピカが呑気に言う。

 悠真は興奮気味に「触ったら怒られるかな?」と小声で返した。


 二頭のうちの一頭が悠真の正面に立ち、

 そのまま鼻先を伸ばして悠真の胸元の匂いを嗅いだ。

 ふすん、と柔らかい音が響く。

 風がわずかに動き、純白のたてがみが頬をかすめた。


 ――温かい。


 そう感じた瞬間、悠真は息をのんだ。

 そのペガサスの瞳が、まっすぐに彼を見ていた。


 もう一頭の方は、少し離れたところでノクスと向かい合っていた。

 黒と白、影と光。

 対照的な二頭は、しばらくのあいだ静かに見つめ合っていた。


 スピカが小さく笑う。

 「面白いわね。まるでお互いを確かめ合ってるみたい」


 ペガサスたちは、しばらく悠真たちのそばに佇んでいたが、やがて興味を満たしたように再び湖のほとりへ戻っていった。

 その光景を名残惜しそうに見つめながら、悠真はノートを取り出す。


 「ペガサスって……幻獣? それとも魔獣?」

 ペンを走らせながら、独り言のように呟いた。


 スピカはその声に反応し、静かに微笑んだ。

 「幻獣よ。ペガサスはね、世界を群れで渡り飛んで、各地の湖や泉に降り立つの。水を浄める力を持っているとも言われてるわ」


 「なるほど……幻獣は浄化系か」

 悠真はメモに“幻獣=浄化・調和”と書き込み、ふむふむと頷いた。


 だが、ふと顔を上げ、少し首を傾げる。

 「そういえばさ、幻獣と魔獣の違いって何? 姿形だけ見ても、正直あんまり区別つかない気がするんだけど」


 スピカは「そうね」と小さく呟き、視線を湖面に落とした。

 風が吹き、彼女の毛先がかすかに揺れる。


 「根本的に違うのは――“生まれ”よ」


 「生まれ?」


 「魔獣は魔素から生まれるの。世界に満ちる“負の流れ”が形を成した存在。

 一方で、幻獣は“世界樹”から生まれるわ。

 世界そのものの調和や願いが、命として姿を取ったもの。

 魔獣の子は魔獣、幻獣の子は幻獣だけど……大元の生まれ方が違うのよ」


 悠真は驚きに目を瞬かせた。

 「じゃあ、幻獣って――世界の意思の化身みたいなものか」


 スピカはゆるく頷いた。


 悠真は静かにノートを閉じた。

 「なるほどなぁ……幻獣、か。

 なんか少し、あの森の匂いがする」


 スピカが穏やかに笑う。

 「あなたも、もう少しで“世界樹の声”が聞こえるようになるかもしれないわよ」


 悠真は冗談めかして肩をすくめた。

 「いや、それは聞こえたら怖いやつでしょ」


 二人の笑い声が、静かな湖畔に溶けていった。




 風が、森の奥からそっと流れこんできた。

 湖面が光を散らし、白い羽根がひとひら、空気に溶けるように舞い上がる。


 その瞬間、1頭のペガサスが静かに翼を広げた。

 水滴が陽光を受けてきらめき、羽ばたくたびに七色の光が湖面に弧を描く。

 それが合図だったかのように、残る数頭も次々と翼を広げ、

 やがて空へと舞い上がっていく。


 白い群れは風を裂き、天へ昇る光の帯となった。

 その姿はまるで――世界の頂に還っていく祈りのようだった。


 悠真のそばにいた1頭が、飛び立つ直前、ほんの一瞬だけこちらを振り返る。

 深い蒼の瞳が悠真を映し、何かを伝えるように小さく鼻を鳴らした。

 そのまま翼を広げ、空気を震わせながら、仲間のあとを追うように空へと舞い上がる。


 白い影が木々の間から差し込む光の中へと溶けていったとき――

 湖畔に静寂が戻った。


 悠真はしばしその光景を見送っていたが、ふと足もとから響く軽い音に振り向いた。


 ノクスが、静かに蹄を鳴らしていた。

 まるで、何かを言いたげに。


 黒い毛並みの間から漂う魔の気配と、

 空へ消えた白い翼の残像が、どこかで交わったように見えた。



────


名称 : ペガサス

分類:幻獣

棲息地:広域を遊行。森林、高地、雲上湖などに群れで出没。

外見:純白の体毛に、羽ばたくたび光を反射する大きな翼を持つ。個体によって翼の色に淡い金や銀の輝きが混ざることがある。

性格:誇り高く、慎重。人間には容易に近づかないらしいが、例外がある?


行動記録(湖畔観察):

湖の水を飲み、仲間同士で小さく鼻を鳴らし合う行動を確認。

こちらに気づいた2頭が接近。敵意なし。嗅覚による確認行動ののち、群れ全体で飛翔。

飛翔時、羽ばたきに伴い微細な光粒を放出。これは体表に宿る魔素が空気と反応して生じる現象と思われる。


もふもふ度:★★★☆☆

短毛ながら非常に柔らかく、撫でると羽毛のような滑らかさ。

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