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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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25.風はまためぐる


 巨大な空洞の奥、悠真たちは岩陰に身を潜めていた。

 下方では、松明を掲げた三人の冒険者が慎重に足を進めている。足音と金属のきしむ音が、静まり返った洞窟にやけに響く。


 「……なぁ、思ったより暗くねぇか?」

 先頭の男が不安げに呟いた。

 仲間の一人が笑い飛ばす。「何言ってんだよ、こんだけでけぇ空間だ。光が届かねぇだけだろ」

 その瞬間、先頭の男が上を見上げた。


 「ど、ど、ど、どどどどど……っ!」


 口をぱくぱくさせ、腰を抜かしたまま後ずさる。

 何事かと仲間が振り返り、「おい、宝を前にして正気失ったか?」と笑いながらその指さす方向を見る。

 視線の先――黒々とした闇の奥に、ゆっくりと光が灯った。二つの巨大な金色の瞳。


 「……あ」


 それだけ言って、男は顔を引きつらせたまま固まる。

 残りの一人は、呑気に干し肉をかじっていたが、同じように見上げ――そのまま何も言わずに後ろへと倒れ込んだ。


 洞窟の天井いっぱいに広がるもこもこの塊――それが息を吸い込む。

 次の瞬間、重低音のような唸りが空間を震わせた。


 「ぐぉぉぉぉぉぉ……!」


 それは威嚇のようでいて、どこか「よく来たな」とでも言うような、妙に間の抜けた響きだった。


 「うわぁ……どっちつかずな咆哮だなぁ」

 岩陰から覗いていた悠真が、思わずノートを取り出しながら呟いた。

 その横でスピカが額を押さえ、「あんた、こんなときに観察してる場合じゃないでしょ!」と小声で怒鳴った。




 「よくきたな、宝を求める冒険者たちよ!」

 モフ子の声が洞窟全体に響き渡った。

 その声音はまるで儀式の宣言のようで、悠真の隠れている岩場までも空気が震えるほどだった。


 「わし自ら、相手してやろうぞ。さぁ――その力、見せるがいい!」


 モフ子はどっしりと身体を構え、口をゆっくりと開いた。

 その奥からは、じわりと赤い光が灯り、白い湯気がもくもくと漏れ始める。

 熱気が洞窟内を満たし、岩肌がじりじりと音を立てた。


 「ひ、ひぃぃぃ……!!」


 冒険者たちは腰を抜かしたまま、武器を取り落とし、完全に戦意を喪失していた。

 ブレスが放たれるのも時間の問題――。


 その瞬間、洞窟の奥から勢いよく声が響いた。


 「ま、まってモフ子!」


 悠真が岩陰から飛び出した。

 湯気と熱風の中をかき分け、両手を広げてモフ子と冒険者の間に立ちはだかる。


 「ここは戦う場面じゃないって! そいつらは勇者でもなんでもないんだから!」


 悠真の声は必死だった。

 モフ子は口を閉じ、ブレスを飲み込むようにして「ぷすん」と小さく煙を吐いた。

 金の瞳が瞬き、彼女は困惑したように首をかしげる。


 「む……? 違うのか? いつの時代も、宝を求める者は挑みに来るものではないのか?」


 その言葉に悠真はぐったりと肩を落とした。

 「戦う雰囲気じゃないから」

後ろで震える2人と気絶してる1人をちらりと見ながら言う。


 岩陰でスピカがため息をつき、アズールはくすくすと喉を鳴らした。

 モフ子はというと、少し不満げに鼻を鳴らす。



 「ふぅむ……戦いは無しか。つまらんなぁ」

 モフ子は肩をすくめるように翼を広げ、ふわりと尾を揺らした。


 「では――代わりに試練でも与えてみるか? たとえば、洞窟の奥にある“幻の石”を取ってこい、とか!」

 楽しげに笑うその声音に、悠真は額に手を当てた。


 「……悪ノリがすぎるってば」


 呆れた声で言いながら、悠真は冒険者たちの方へと歩み寄った。

 アズールがその後をぴょんとついてきて、頭を悠真の腕にすり寄せる。

 スピカは静かに悠真の足もとへ寄り、細い尻尾を彼の足首に巻きつけるようにして、落ち着いた気配を送った。


 「ほら、あんたたち。今日はもう帰ったほうがいい」

 悠真は穏やかに、しかしはっきりとした声で言った。

 「あと――このダンジョンにはドラゴンがいるって、ギルドに伝えておいて」


 モフ子が「おや、わしの話題が広まるのか」と嬉しそうに目を細める。

 悠真は苦笑しつつ、それを無視した。


 冒険者の二人は顔を見合わせ、無言で何度も頷いた。

 そして、まだ気を失っている仲間の足を引っ張りながら、そそくさと洞窟の出口へと走り出す。

 土煙と足音が遠ざかるにつれて、あたりには再び静寂が戻った。


 モフ子はしばらくその背を眺めていたが、やがて満足そうに「うむ」と頷いた。

 「……良き者たちじゃな。少し腰は抜けておったが」


 「そりゃそうなるよ……」

 悠真は肩をすくめ、ようやく深いため息をついた。


 「そろそろ、本当に帰るよ」

 冒険者達の背を見送り、悠真が一息付きながら言うと、モフ子は長いため息をついた。


 「むぅ……そうか。もう少し居ればよかろうに」

 しゅるりと尾を揺らしながら、名残惜しそうにこちらを見る。


 「起きたばかりなんだろ? やることがあるなら、そっちを優先しなよ」

 悠真の言葉に、モフ子はしばし口を噤み、それから苦笑した。


 「本当はついて行きたいんだがのう。起きたからには、役割をこなさねばならんのじゃ」

 「役割?」

 悠真が首を傾げると、モフ子はぽふん、と音を立てるように光に包まれ、再び人の姿へと変わった。


 「そうじゃ。神格化によって力を与えられた幻獣には、皆それぞれ“調律”の役目がある。

 この世界の魔力の流れを整え、歪みを正す――ま、面倒な仕事よ」

 人の姿になったモフ子は肩をすくめ、飄々とした声で言った。


 「千年も寝てたのに?」

 悠真が思わず言うと、モフ子はくすりと笑った。


 「わしの場合、千年おきくらいがちょうどええのじゃ。働きすぎは良くないでの」


 モフ子は一歩前に出て、名残惜しそうに悠真たちを見つめた。

 「また来い、共鳴者よ。わしはここで、役目を果たすとしよう。次に会うときには……もう少しもふもふしておるかもしれんぞ」


 「これ以上もふもふになるの?」

 悠真が笑うと、モフ子もつられて笑った。


 その笑い声は、柔らかく洞窟の奥に響いていった。

 まるで風が撫でるような、穏やかな別れだった。



 「出口なら、ここから真っすぐ進んで、途中の分岐を左じゃ。

 風の流れを辿れば、自然と外へ通じておる」


 モフ子はふわりと尻尾を揺らしながら、洞窟の奥を指し示した。

 悠真は頷き、軽く頭を下げる。


 「ありがとう、モフ子。……また来るよ」

 「うむ、共鳴者よ。今度は茶菓子でも持ってくるのじゃぞ」


 その軽口に思わず笑い、悠真は肩のスピカと目を合わせた。

 スピカが小さく頷くと、アズールが翼を広げて前に出る。


 「頼むな、アズール」

 悠真がそう言うと、アズールは力強く鳴き、両肩を掴んでふわりと舞い上がった。

 軽やかな風が足元を抜け、重力が一瞬消えるような感覚が体を包む。


 「おおおおお……! やっぱり、これ、何回やっても慣れない!」

 「じっとしてなさい、落ちるわよ!」とスピカが爪をたてて悠真の服を掴んだ。


 モフ子はその様子を見上げながら、手を振る代わりに尻尾をゆるく揺らした。

 光の粒が舞い上がり、洞窟の中に虹のような残光が浮かぶ。


 アズールは風を切りながら、崖の裂け目から外へと抜け出した。

 眩しい陽光が一気に視界を満たし、冷たい山風が頬を打つ。


 「……外だ」

 悠真は目を細め、安堵の息をついた。


 谷の向こうに、黒い影がこちらを見上げている。

 ノクスだった。ずっとここで待っていたのだ。


 アズールがゆっくりと降下し、地面近くまで来ると悠真をそっと降ろす。

 足が地につくと同時に、ノクスが駆け寄り、悠真の胸元へと頭を押しつけた。


 「ただいま。……ちゃんと待っててくれたんだな」

 その声は、どこかほっとしたように柔らかい。


 スピカがふわりと地面に降り立ち、呆れたように言った。

 「まったく、心配させてくれるわね。あなたも一緒に行けばよかったのに」


 ノクスは申し訳なさそうに低く唸り、悠真の手に頭を擦りつける。

 悠真は苦笑しながら、その額を軽く叩いた。


 ――こうしてまた、三匹と一人の旅が再び動き出そうとしていた。



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