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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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19/45

閑話.落ち人・ルチア・ベッリーニの場合


目を覚ましたルチア・ベッリーニは、まだ体の芯が重いのを感じながら、硬いベッドからゆっくりと上体を起こした。

「…ああ、腰が痛い。これじゃ石の上に寝た方がマシかも」

軽く不満を口にしながら、視線を室内へ巡らせる。


壁も床も質素な木造、飾り気は一切なく、唯一小さなテーブルに水の入った木のおけが置かれているだけ。ルチアは肩をすくめ、指先で水をすくって口に運んだ。冷たい水が喉を通り抜けると、少しだけ気持ちが落ち着く。


「というか、ここどこよ」

そう呟いてから立ち上がり、部屋の扉へと歩み寄る。


ところが、手を伸ばす前に、扉がギィィと音を立てて勝手に開いた。

ルチアは思わず身を引き、目を丸くする。


入ってきたのは、栗色の髪を後ろでまとめた女性だった。素朴な服装ながらも、落ち着いた雰囲気を漂わせている。


「起きたのね。よかった…」女性は安心したように微笑んだ。「あなた、外で倒れていたのよ。ひどく疲れているみたいだったから、ここに運んできたの」


「……え?」ルチアは一瞬言葉を失い、すぐに眉をひそめた。「外で倒れてた?私が?ありえないわ、ちゃん家で寝ていたはずなのに…」


「覚えていないのね。無理もないわ。とにかく今は休んで。私はこの家の者よ、安心していいわ」


その声には嘘が感じられず、ルチアの警戒心は少し和らいだ。しかし同時に、好奇心の炎が彼女の胸に燃え上がる。


(…外で倒れてた?それに、この部屋、この町並み…私が知っている世界じゃない。どういうことなの?)



だが、女性の言葉に少し安心したルチアは、胸に手を当てて深呼吸をした。

そして、気を取り直したように姿勢を正すと、にっこりと笑みを浮かべる。


「ええと…助けてくれてありがとう。私の名前は――ルチア・ベッリーニ。ローマ生まれのイタリアーナよ」


女性は首をかしげた。「ローマ?イタリアーナ?……どこの国のことかしら?」


「え?」ルチアは思わず固まった。すぐに大きなジェスチャーを交えながら説明を始める。

「ほら、ローマ!コロッセオがあるのよ!真実の口とか、フォロ・ロマーノとか!パスタとピザの国よ!」


だが女性の表情はぽかんとしたまま。まるで異国どころか、まったく未知の言葉を聞いているような顔だ。


「……ごめんなさい。あなたが言ってること、まるでわからないわ」


その瞬間、ルチアは大きくため息をつき、両手を天に向けて叫んだ。

「マドンナ・ミア!私、本当にどこに来ちゃったのよ!」


女性は困惑しつつも、ルチアの大げさな身振りに思わず笑みを漏らした。

「ふふっ、元気そうでなによりね。あなたみたいな人は、この村じゃ珍しいわ」


ルチアは頬を膨らませ、しかしすぐに唇の端を上げて笑い返した。

「元気が取り柄なのよ。……でも、まずはカフェが欲しいわ!ここにエスプレッソはないの?」


「えすぷ…れっそ?」女性は首を傾げた。


「……ないってことね」

ルチアは肩を落としながらも、目には冒険心がきらめいていた。

(いいわ、なら探すまでよ!この世界だって、美味しいコーヒーの一つくらいあるはずだわ!)


こうしてルチア・ベッリーニの異世界生活は、カフェ探しから幕を開けるのだった。


女性――名をマルタと名乗った――の案内で、ルチアは村を歩いていた。


石畳ではなく、土の道。両脇には小さな畑が広がり、家々は素朴な木造と石造りばかり。見渡しても商店らしき建物はなく、人々は麦を刈ったり、家畜の世話をしたりと、黙々と働いている。


「……これは、かなり小さい村ね」

ルチアは呟きながら、辺りを観察する。

村の空気は穏やかで、どこか懐かしい雰囲気すらある。だが、彼女の頭に浮かぶのはただ一つ。


(……絶対にここにはカフェなんてないわね)


案の定、マルタの家を含め、村には食堂も喫茶店もなく、広場に井戸が一つあるだけだった。ルチアは両手を腰に当て、空を見上げる。


「マドンナ・ミア……!この村じゃ、エスプレッソどころか砂糖ひとつ手に入らなさそう」


マルタが不思議そうに首を傾げる。「エスプレッソ、ってまたさっきの言葉ね?飲み物なの?」


「そう!黒くて香り高くて、人生を始めるために欠かせない一杯よ!」ルチアは身振り手振りを交えて熱弁する。

「眠気なんて吹き飛ぶし、口に含めば心が踊るの!カフェがないなんて、まるで世界の終わりよ!」


マルタはぽかんとしつつも、笑ってしまう。「あなた、本当に面白い人ね」


ルチアは真剣な顔つきでマルタを見つめた。

「ねえ、マルタ。この辺りにもっと大きな町はあるの?商人が集まる場所とか、旅人が立ち寄るようなところ!」


マルタは少し考え込むように視線を遠くへ向ける。

「ここから半日ほど歩けば、街道沿いに“ベレーニャ”って町があるわ。市場もあって、人も多い。あなたの探している“カフェ”があるかどうかは分からないけど……」


ルチアの目がぱっと輝いた。

「市場!人が多い!……だったらきっとあるはずよ!エスプレッソじゃなくても、何か似たものは!」


拳を握りしめ、ルチアは情熱的に宣言した。

「よし、決まりね!私の最初のクエストは“カフェ探し”。異世界だろうと、美味しいコーヒーは必ずある!」


マルタは呆れたように笑いながらも、どこか楽しげにルチアを見つめていた。


ルチアは、すぐに街へ向かいたい気持ちを抑えていた。

助けてくれたマルタの親切を無視して飛び出すなんて、イタリア人としての誇りが許さない。


「マルタ、数日だけここに滞在させてちょうだい。その間に農作業を手伝うわ。恩は恩で返さないとね」


マルタは驚いたように目を瞬かせたが、やがて優しく微笑んだ。

「助かるわ。正直、人手が足りていなかったの」


翌朝から、ルチアは畑に出た。

鍬を持つ手は慣れていないものの、彼女の情熱は止まらない。


「オーケイ!やるわよ!」

掛け声とともに鍬を振り下ろすが、勢い余って土ではなく石に当たり、カンッと音を立てて跳ね返った。


「ちょっと!この鍬、イタリアのピッツァ生地より硬いじゃない!」


周囲の農夫たちは最初こそ呆気にとられたが、次第に彼女の明るさに引き込まれていった。失敗しても大げさに嘆き、うまくいけば両手を挙げて大声で喜ぶ。ルチアの存在は村に笑いをもたらした。


数日後には、子どもたちと一緒に歌いながら畑を耕す姿まで見られるようになっていた。


やがて、村を訪れた商人がべレーニャへ戻ると聞いたとき、ルチアの心は再び高鳴った。


「ついに来たわね、カフェへの道!」


マルタは笑いながら、籠いっぱいの焼きたてパンを持たせてくれた。

「短い間だったけど、本当に助かったわ。気をつけてね、ルチア」


ルチアはマルタをぎゅっと抱きしめた。

「グラッツィエ!あなたがいなかったら、私はここにいないわ。必ずまた会いに戻ってくる!」


舗装されていない道は、想像以上に過酷だった。

石と泥に揺さぶられるたび、ルチア・ベッリーニはバランスを崩し、何度も荷馬車の縁にしがみついた。


「マドンナ・ミア!これ、ジェットコースターより危ないじゃない!」

彼女の叫びに、手綱を握る商人が笑い声を上げる。

「嬢ちゃん、旅ってのはこんなもんだ。我慢するんだな」


揺れること数時間。やがて、遠くに石の城壁が見え始めた。

ルチアの目が輝く。

「ついに……ついにカフェのある(かもしれない)文明的な街に到着よ!」


べレーニャの門前には、行き交う人々と荷車の列ができていた。

槍を持った門番たちが、一人ひとりに声をかけている。


順番が回ってくると、門番はルチアを一目見て怪訝そうに眉をひそめた。

「見慣れぬ顔だな。身元を証明できるか?」


ルチアは一瞬言葉に詰まった。異世界に来たばかりの彼女に、身分証などあるはずもない。


そのとき、隣の商人が口を開いた。

「この娘は村で世話になった落ち人だ。俺が保証人になる」


門番はしばし商人を見つめ、やがて小さくうなずいた。

「……ならば通してよし。ただし、問題を起こすなよ」


「もちろん!」ルチアは胸を張って答えた。

「私は平和主義者なの。ただ少し情熱的なだけ!」


門番が呆れ顔で手を振る中、ルチアは大股で城門をくぐった。


城壁を越えると、そこには確かに「街」と呼べる規模の光景が広がっていた。

木造と石造りの家が立ち並び、通りには露店が並び、人々の声が飛び交っている。

野菜、布、鍛冶屋の鉄の音……村よりは賑やかで、活気がある。


しかし、ルチアの心には一抹の落胆も浮かんでいた。

(……これで“大きな街”?ローマの下町より小さいじゃない)


街を行き交う人々は素朴な服装で、カフェの看板も、香ばしい匂いもない。

質素な街並みに肩を落としつつも、ルチアの瞳は再びギラリと光った。


「いいわ……たとえどんなに質素でも、この街に“コーヒー”が眠っているはず!探し出してみせるわ!」


拳を握りしめるルチアの姿は、まるで冒険の始まりを告げる鐘のようだった。


────


べレーニャの通りを歩いていたルチアは、ふと一つの看板の前で立ち止まった。

粗末な木の板に、パンやシチューの絵が描かれている。


「……食べ物の看板!これは間違いなくレストランかトラットリアよ!」

目を輝かせ、彼女は勢いよく扉を押し開けた。


中はこぢんまりとした食堂で、数組の客がテーブルについていた。香ばしいパンの匂いが漂い、空腹だったルチアの胃袋がきゅうっと鳴る。


「いらっしゃいませ」

カウンターの奥から顔を出した店員――中年の女性がにこやかに声をかけた。


ルチアは真っ直ぐに歩み寄り、テーブルに両手を置いて身を乗り出した。

「ねえ、ここにコーヒーはある?エスプレッソでもカフェラテでもいいわ!」


店員は目を瞬かせ、首を傾げる。

「……コーヒー?なんだい、それは?」


「えっ!?」ルチアは衝撃を受けて、まるで世界の終わりを告げられたかのように口を押さえた。

「知らない!?コーヒーを!?あの黒くて、香ばしくて、朝に欠かせない奇跡の飲み物を!?」


周囲の客がくすくすと笑い始める。店員は困ったように肩をすくめた。

「うちにあるのは水と麦茶、それからワインくらいだよ。……それより、何か食べていくかい?」


その言葉に、ルチアの表情が凍りついた。

(……お金!私、持ってないじゃない!)


顔が赤くなり、慌てて両手をぶんぶん振る。

「ええと……その……食べたいのは山々なんだけど……実は、お金がないの!」


店員はあきれ顔になったが、ルチアはすぐに切り替えた。

ぱっと手を叩き、情熱的に笑う。

「そうだ!ねえ、この店、バイトを募集してない?私は働き者よ!情熱も根気もある!それに歌って踊って接客だってできるんだから!」


店員は一瞬驚いたように彼女を見たが、やがて小さく笑った。

「……おかしな子だね。でもちょうど昨日、給仕の娘が一人やめたところなんだよ。人手が欲しかったんだ」


「本当!?マンマ・ミア!神様は私を見捨ててなかった!」

ルチアはその場で両手を広げ、店中に響き渡る声で叫んだ。


「決まりね!私、ルチア・ベッリーニ、今日からここで働きます!」


こうして彼女のべレーニャでの第一歩は、食堂のウエイトレスとして始まったのであった。


ルチアは、食堂の裏手にある小さな部屋をあてがわれた。粗末なベッドと机しかないが、屋根があり食事がつく――それだけで、異世界に迷い込んだ彼女にとっては十分な贅沢だった。


「住み込みバイトなんて初めてだけど……まあ、人生は冒険よね!」

そう言って胸を張り、翌朝から給仕として働き始めた。


店内は村よりも客が多く、農夫や旅人、商人でにぎわっていた。ルチアは笑顔と身振り手振りを交えて、明るく接客をする。


「はいはい!スープ一丁!それからお兄さん、パンのおかわりね!」

「お待たせしました!このお肉、今日のおすすめよ!……え?おすすめって何かって?心で感じるのよ!」


客たちは最初こそ彼女の騒がしさに面食らったが、すぐに打ち解け、彼女の元気な接客を楽しむようになった。


そしてルチアは、料理を運ぶ合間に必ずこう尋ねていた。

「ねえ、あなた、コーヒーって知ってる?黒くて香ばしくて、朝に飲むと最高に目が覚める飲み物なんだけど!」


しかし返ってくるのは、決まって同じ答えだった。

「聞いたことがないな」「麦茶のことか?」「黒い飲み物?ワインのことか?」


有用な情報はひとつもなかった。


それでも諦めないのがルチアだった。


ある日、仕入れで市場に行ったとき、彼女は豆の山に目を奪われた。

小さく黒みがかった豆――コーヒー豆に少しだけ似ている。


「これよ……私の運命の豆!」

彼女はそれを少量買い込み、店へ持ち帰った。


「ねえ、店主さん!」

ルチアは豆を手に駆け寄った。

「これで飲み物を作ってみてもいい?私の故郷の味を、この世界に再現したいの!」


店主は怪訝そうに眉をひそめたが、ルチアの真剣な眼差しにため息をついた。

「……まあ、少しなら構わん。ただし、厨房を汚すなよ。」


「グラッツィエ!任せて!」

ルチアは鍋に水を張り、豆を炒め始めた。香ばしい匂いが立ち上ると、胸が高鳴る。


「これよ、この香り……!きっと近づいてる!」



鍋から漂う香りは、確かにコーヒーを思わせた。

黒い液体を木のカップに注ぎ、一口すする。


「……んー……!」


ルチアは顔をしかめた。

確かに香りは悪くない。苦味もある。けれど――あの鮮烈な一口の衝撃には、まだ遠い。


「半分成功ね……でも、まだ“コーヒー”じゃない。」


その時だった。胸の奥で、何かが熱く燃え上がるのを感じた。

目を閉じると、舌に広がった味の奥に、幾つもの可能性が“色”のように見えた。

――炒り方を変えれば、香りが増す。

――違う木の実を少し混ぜれば、苦味が柔らぐ。

――時間をかければ、深みが生まれる。


「なに、これ……?」

思わず呟いたルチアは、震える指で再びカップを持ち上げた。


飲めば飲むほど、味が“分解”され、同時に“組み立て直す方法”が頭に浮かんでくる。


「……これが、私の力……?」


胸を高鳴らせながら、ルチアは笑った。

「いいわ!この世界で最高のオリジナルコーヒーを作ってみせる!これはもう、神様が私にくれた使命に違いない!」


────


夕暮れ。べレーニャの小さな食堂に、今日も賑やかな声が響いていた。

その中心にいるのは、もちろんルチア・ベッリーニだ。


「はいはい!スープ二つとパンのおかわりね!……あとで新しい飲み物も試してみて!」


彼女の手には、黒く香ばしい液体が入ったカップ。

市場で見つけた豆を使い、試行錯誤して生み出した“コーヒーもどき”だった。


客たちは恐る恐る口をつけ、次の瞬間、驚いた顔を見せる。

「おお……!苦いけど、不思議と頭が冴える!」

「なんだかクセになるな!」


「でしょ!」ルチアは胸を張る。

「これはまだ完成じゃないけど……きっとこの世界に最高のコーヒーを生み出してみせるわ!」


客たちの笑い声が広がり、店主は肩をすくめながらも微笑んだ。


ルチアは夜空を見上げ、心の中で誓う。

(異世界だろうと関係ない。私が求めるコーヒーは、必ずここで完成させる!)


その瞳には、異世界を楽しみ尽くす冒険者としての輝きが宿っていた。


意外と長くなっちゃいました…

閑話で、この話限りの登場予定ですが書いてて楽しかったです笑


ちなみにこの子の能力の名前は、味の錬金術アルケミア・デル・サーポレです。

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