16. 成長と再会の予感
ギルドを後にした悠真たちは、そのまま宿へと戻った。
ノクスは宿の馬小屋に預け、アズールは肩に留まったまま。部屋に入ると、ようやく一息つける空気に包まれる。
「ふぅ……さすがに今日は疲れたな」
ベッドに腰を下ろした悠真は、深く息を吐いた。
その隣でスピカがいつものようにクッション代わりに前足を揃えて座っている。ふと、悠真の視線がその肉球に吸い寄せられた。
――気づけば、悠真は手を伸ばしてぷに、と柔らかさを確かめていた。
「……ああ、この匂い」
思わず鼻に近づけて呟く。
「地球にいた時も好きだったんだよなぁ、肉球の匂いって……なんか落ち着くんだよ」
次の瞬間。
「なにしてんのよ!!」
ばしん、とスピカの尻尾が悠真の顔を容赦なく叩いた。
「ぐふっ!? いってぇ……」
ベッドに転がる悠真を、スピカは呆れ顔で見下ろす。
「信じられないわ……なんで肉球の匂い嗅ぐのよ!」
「いや、これは癒しっていうか……ロマンっていうか……!」
「言い訳になってない!!」
再びしっぽでぺしりと叩かれ、悠真は情けなくベッドに沈み込む。
肩のアズールが「ちちち」と鳴き、まるで笑っているように羽を震わせた。
────
朝、窓から差し込む光で悠真は目を覚ました。ぐっすり眠ったせいか、体も頭もすっきりしている。
「よし、今日はまず魔石の査定だな」
そう言って顔を洗い、簡単に身支度を整えると荷物をまとめた。
スピカも伸びをしながら、ベッドの端に座って毛並みを整えている。
「じゃあ、ギルドに行こうか」
そう気合を入れた瞬間、いつものように小さな羽音と共に肩へ軽い衝撃が走った。
――が、そのとき。
「うっ……?」
ずしり、と肩に重みがのしかかる。思わずよろけて振り向いた悠真の視線の先にいたのは、いつもの青い羽をもつ小鳥――いや、その姿は確かにアズールなのだが、一回り大きくなり、羽毛がふわふわと光を反射するように艶を帯びていた。
「……お、おまえ……大きくなってない!?」
驚きに声を上げる悠真の頭上で、アズールは「ピィッ」とひと声鳴き、誇らしげに胸を張る。羽を広げると、その広がりはもう悠真の頭をすっぽり覆うほどだった。
スピカが毛づくろいの手を止めてちらりと見やる。
「……ふぅん。やっぱり昨日の魔石を食べたせいね」
「やっぱりって……お前知ってたのか!?」
「知らないわよ。ただ、普通の鳥じゃないとは思ってたから」
スピカは軽く肩をすくめ、再び毛を整えはじめる。
悠真は大きくなったアズールを抱き上げ、そのもふもふの羽毛に顔を埋めてみた。
「おお……さらにモフ度アップ……!」
「また始まったわね……」と呆れ声を出すスピカ。
それでも、アズールは嬉しそうに羽を震わせ、悠真の頬を嘴でつついた。
アズールの成長ぶりに驚きつつも、悠真はそっと肩に乗せ直した。まだギリギリ肩に乗れる大きさではあるが、これ以上大きくなると肩はアズールに耐えられないだろう。
「よし、改めて行くか。ギルドに」
「昨日の魔石、どんな値がつくかしらね」
スピカは尻尾を揺らしながら楽しげに言う。
宿を出て通りを歩き、冒険者たちのざわめきが響くギルドへ足を踏み入れる。昨日の受付嬢が待っていたかのように顔を上げ、すぐに悠真たちを呼び寄せた。
「お待ちしていました。査定が完了しましたので……」
受付嬢が差し出したのは封筒ではなく、ずしりと重みのある革袋だった。
口を閉じる紐の隙間から、金貨の縁がちらりと光る。
「これが昨日の魔石の代金です。……ずいぶんと珍しい大きさでしたから、査定も大変でしたよ」
受け取った悠真は、想像以上の重みに思わずよろめく。
「……こんなに……?」
悠真はビビりながら貰った代金をすぐさま登録袋である財布に移し一息つく。ちらちらこちらを見てくるギルド内の冒険者を横目に急ぎ足でギルドを後にした。
宿に戻る道すがら、悠真はふとアズールが飲み込んだ魔石のことを思い出す。
あれだって相当な大きさだった。
もし売れば、この袋以上の金額になっていたかもしれない。
「……ってことは、アズールが食べるたびに金貨の山が胃袋に消えるってことだよな……」
想像した瞬間、目の前にとんでもない餌代の未来が浮かび、悠真は青ざめる。
肩に乗ったアズールは、気にも留めず喉を鳴らしていた。
ちょうどそのとき、正面から数人の冒険者が歩いてきた。先日のダンジョンで顔を合わせたパーティーだった。
彼らも探索を終え、街へ戻ってきたのだろう。鎧や外套にはまだ土や血の痕がついている。
そのうちの一人が悠真に気づき、軽く手を挙げて声をかけてきた。
「おお、あんたらも無事に街に着いたようで安心したよ」
気さくな笑みと共に投げられたその言葉に、悠真は少し驚きながらも小さく会釈した。
「その節はどうも……」
パーティーはそのまま悠真たちの脇を通り過ぎていった。背中に冒険者たちの活気ある笑い声が遠ざかっていく。
「……なんだか、悪い人たちじゃなさそうね」
スピカがぽつりと呟き、悠真はうん、と小さく頷いた。
ダンジョンで出会ったあの時は、戦闘前ということもあり、互いに緊張してピリピリした空気が漂っていた。鋭かった彼らの視線も、今では柔らかで穏やかだ。
純粋に心配して声をかけてくれたのだと思うと、悠真の胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
冒険者たちと別れ、しばらく歩くと、見慣れた看板が目に入る。
「……ライネ商会だな」
「ふふ、またお買い物? でも補充は必要よね」
スピカが小さく笑い、悠真は頷いた。
扉を押して店内に入ると、落ち着いた香りと整然と並ぶ品々が目に入る。
「さて、保存食と……ついでに調理道具も買ってみようかな」
店員に声をかけ、必要な物をいくつか選びながら買い物を済ませる。
買い物を終えて、店を出ようとしたその時、
「おや、悠真さん。お買い物ですか」
「ガロルさん!」
ガロルがちょうど店へやって来てにこやかに手を振った。
ガロルを見てふと思う。悠真は少し考え込み、声をかけた。
「ガロルさん、ちょっと聞きたいんですけど。もう少ししたら王都に向かおうと思ってるんです。途中で寄るといい街ってありますか?」
ガロルは少し考えたあと、にこやかに口を開いた。
「王都へ向かわれるのでしたら、途中に《ヴァルク》という港町がございますよ。交易の拠点でして、各地から船が集まる大きな都市です。海産物や珍しい品が手に入りますし、宿も食事も充実しています」
「港町……」悠真は思わずつぶやいた。
この世界の海を見たことのない彼にとって、その響きはどこか胸を高鳴らせるものがあった。
ガロルは頷き、続ける。
「少し道はそれますが、王都を目指す冒険者や商人は皆、立ち寄る場所です。潮風は強いですが、景色はきっと気に入られるでしょう」
「ふふ、魚料理も楽しめそうね」スピカが耳をぴくりと動かし、興味を示した。
悠真は顔をほころばせながら、
「……よし、次はそのヴァルクに行ってみよう」
と決めるのだった。
ライネ商会をあとにし、石畳の街道を歩いて宿へ戻る途中。
ふいに、スピカがカバンの中からひょっこり顔を出した。
「ねぇ、悠真。すぐに出発するの?」
歩きながら、悠真は少し考えるように視線を空に向ける。
「うーん……いや、その前に、もう一度シルフィクスに会いに行ってみようかなって思ってる」
「え? どうして?」とスピカが首を傾げる。
「共鳴者のことを聞きたい。それにちびシルフィクスに、ちゃんとお別れ言えてないんだよな」
悠真は苦笑して頭をかき、どこか気恥ずかしそうに言葉を続けた。
スピカは目を細めて、ふふっと鼻で笑う。
「あなたはシルフィクスの加護を受けているんだから、もしかしたらあの場所にたどり着けるかもしれないわね」
「……そうだといいけどな」
森のある方角を見つめ悠真はそう答えた。




