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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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14.囁きに宿る力


 魔獣は、岩のように硬質な体表を持つ大きな狼の姿をしていた。赤黒い瞳をぎらつかせ、鋭い牙を剥き出しにし、獲物を仕留めるために飛びかかる。

 その爪がスピカの頬を掠めるたび、空気が裂けるような音が響き、岩肌に深い傷を刻んでいった。


「チッ、しぶといわね!」

 スピカは瞬時に詠唱を紡ぎ、水の刃を幾本も展開しては放つ。しかし魔獣は素早く身をひねり、あるいは硬い毛皮で受け止め、簡単には崩れない。


 一方でノクスは、黒霧を纏いながら正面から突撃する。蹄が地を蹴るたび、轟音が狭い洞窟に反響し、巨体をも弾き飛ばす威力で魔獣を押し返していた。

 だが、爪と牙の応酬は苛烈を極め、ノクスの体にも浅い傷が増えていく。


「ノクス! 無理に突っ込まないで、連携するの!」

 スピカの指示に応えるように、ノクスは霧を濃くし、魔獣の視界を奪った。霧の中から繰り出される蹴りと突きは、まるで影そのものが襲いかかるかのように錯覚させる。


 激しい息遣いと血の匂い、轟音と魔力のきらめきが飛び交う戦場。


 ――その一方で。


「よし……観察はこれで大体書けたな」

 悠真は岩陰でノートに羽ペンを走らせ、小さなシルフィクスを抱いたまま呑気にページを埋めていた。

 魔獣と死闘を繰り広げる仲間を横目に、彼の手元には羽根の色や翼の長さ、尻尾の数のスケッチが並んでいる。


「なぁー、あとどのくらいかかりそうー?」

 岩陰から顔を出した悠真の声は、戦場の緊張感をまるで削ぎ落とすような調子だった。


「あとちょっとよッ!」

 必死に爪を避けながら、スピカが叫ぶ。


「がんばれー!」

 軽い応援。


 ――応援でなんとかなれば苦労しない。


 スピカは心の中で歯噛みする。だが、その瞬間、体の奥から何かが溢れだすような感覚に襲われた。魔力の流れが急に増し、詠唱が勝手に強まっていく。

 驚きながらも放った水の刃は、今まで以上の鋭さで魔獣の脚を切り裂いた。


 同時に、ノクスの霧も濃く立ち込め、魔獣の咆哮をかき消すように洞窟を満たしていく。

 悠真の呑気な声援が、なぜか二匹の力を引き出していた。


 力を増したノクスとスピカの連携は、まさに嵐のようだった。

 霧に紛れてノクスが角を突き立て、体勢を崩した瞬間を逃さず、スピカの水刃が魔獣の喉を切り裂く。

 低い咆哮とともに、魔獣の巨体はぐらりと傾き――やがて煙のように掻き消えていった。


 その場に残ったのは、抱きかかえるほどもある巨大な魔石ひとつ。青白く淡い光を放ちながら、転がっていた。


「ふぅ……やっと終わった……」

 スピカが一息つく。ノクスも荒く息を吐き、霧を揺らすように頭を振った。


 そこへ岩陰から悠真がひょこりと顔を出し、のんきに手を振る。

「おつかれー! すごかったな!」


 スピカは思わず怪訝そうに眉をひそめる。

「……あなた、何かした?」


 悠真は首をかしげる。褒めて、とでも言いたげに近づいてきたノクスのたてがみを撫でながら答える。

「もちろん! 応援したさ!」


 胸を張って言うその姿に、スピカは呆れと困惑の混じった視線を投げる。彼女自身、あの瞬間に力が湧いたことは確かに感じていたからだ。だが原因が「ただの応援」だとは、とても信じがたい。


 一方、アズールはと言えば――残された魔石に興味津々。自分の体ほどもある石に嘴をちょんちょんと突き、何度か飲み込もうと試みた。

 しかし、どうにも無理だと悟ったのか、しょんぼり肩を落として小さな翼をぱたつかせ、再び悠真の肩に戻ってきた。


「食べたかったのか? ……次は小さいやつが出るといいな」

 悠真が笑いかけると、アズールは一声鳴いて同意したように見えた。


 魔獣の巨大な魔石を前に、悠真は首をかしげる。

「これ……重そうだけどどうしよう」


 すぐそばに歩み寄ったスピカが、しっぽを揺らしながら言う。

「この大きさなら結構な金額になるんじゃない?」


「たしかに…」

 悠真は両手で持ち上げ、魔法袋の口を開けると中へと収めた。思った以上にすっきり収まり、少し感動すら覚える。

「よし、持ち帰り決定っと」


 それを見届けると、スピカは尻尾をぱたぱたと揺らし、視線を奥の宝箱へ移した。

「さぁ! 次は本命よ、本命!」


「はいはい」

 悠真は苦笑しつつ、古びた宝箱の前にしゃがみ込む。両手で蓋を押し上げると、軋む音を立てながら箱は開いた。


 中に収められていたのは、一冊の古びた書物。

革張りの表紙は擦り切れ、表題らしき刻印も判別できない。


「……え、本?」

悠真が思わず呟く。


 横から覗き込んだスピカは、固まった後に、がっくりと肩を落とした。

「なんでよおおお! 宝箱といえば、きらっきらの宝石に決まってるでしょ!? どうして本なのよ!」


 床に尻尾をばしばし叩いて不満を爆発させるスピカに、悠真は苦笑しながら書物を手に取った。

「でもさ……なんか、ただの本じゃなさそうじゃないか? ページに書かれてる文字も見たことないし……」


「むぅ……でも宝石じゃないわ」

「宝石はまた今度だな」


 悠真はとりあえず魔法袋に本を仕舞い込み、深く息を吐いた。


 まだダンジョンには奥が広がっているようだったが、悠真は「今日はもう十分だ」と判断し、帰路につくことを決めた。

 来た道を戻りながら、今度は余裕を持ってダンジョンの壁や地形を観察する。


 壁面には淡い光を放つ鉱石が埋め込まれており、そこから染み出す霧のような魔力が、独特の空気を作り出していた。

「なるほど……魔獣の出現と、この魔力の濃さは関係してるのかもしれないな」

 悠真はそう呟き、ノートを開く。ペンを走らせる音が響き、ページはあっという間に書き込みで埋まっていく。


 頭の上にはすっかり悠真に懐いたシルフィクスが、もふりと寄り添っている。

「ちょっと重いけど、温かいな……」

 苦笑しつつも、まんざらではない様子だ。


 その傍らでは、スピカとノクスが軽快に魔獣を撃退していた。

 現れるのは小型の魔獣ばかりで、スピカの魔法とノクスの突進であっという間に霧散する。

 そして残った魔石は──まるで当然の流れのように、アズールによってパクリと飲み込んでいく。


「……うちの連携、だんだんおかしくなってきてない?」

 悠真はペンを止め、肩に止まるアズールを見上げる。小鳥は「キュイ」と澄んだ声で鳴くだけで、答える気はないらしい。


 そんな風に進んでいた一行だったが──

 前方から、複数人の声が聞こえてきた。


 それは足音と共に徐々に近づいてきており、どうやら人間の冒険者らしい。



 「どうする?」

 スピカが小声で問う。


 悠真は少し考え込み、肩のシルフィクスをそっと撫でながら答えた。

「……関わらないほうがいいか? 無難に通り過ぎよう」


 そう決めて、一行は足音を忍ばせつつ出口へと向かう。


 だが──冒険者たちは、悠真たちにすぐ気づいた。

 まず目についたのはノクスだ。漆黒の巨体と、漂う濃密な霧。

 数人の冒険者が武器に手をかけ、露骨な警戒を見せる。


「……こんにちは……」

 悠真は気まずそうに小さな声で挨拶し、通り過ぎようとした。だが、その背に声が飛ぶ。



 「いやいや、ちょっと待て」


 振り返ると、声をかけてきたのは革の胸当てに長剣を下げた若い男だった。仲間の三人も足を止め、こちらをじっと見ている。


 その視線の大半はノクスに注がれていたが、すぐに男が口を開いた。

「……ギルドの依頼で来たのか?」


 悠真は一瞬迷った。シルフィクスを頭に乗せたまま、肩のアズールと目を合わせる。

「いや、その……依頼ってほどじゃないけど。ちょっと、中を見に来ただけで」


 冒険者たちは顔を見合わせる。胡乱げな目つきのまま、別の男が言った。

「遊びで入る場所じゃねぇぞ。ここはもう、正式に調査が始まってるダンジョンだ。危険度だって上がってる」


 悠真は慌てて両手を振った。

「もちろん、わかってます! すぐに帰るつもりでしたから。戦う気なんてありませんし」


 努めて穏やかな声でそう言うと、冒険者たちの表情が少しだけ和らぐ。

「……まあ、無事に出口まで来られたんだ。運はいい方だな」

「次は命を落とすかもしれん。好奇心でダンジョンに入るのはやめておくんだな」


 言葉はきつかったが、そこに敵意はない。ただの忠告だ。

 悠真は頭を下げた。

「忠告、ありがとうございます。本当に、帰りますから」


 それを見てようやく、冒険者たちは警戒を解く。ノクスに向けていた視線も、刃物を抜くほどの鋭さはなくなっていた。


 ダンジョンの入り口を抜け出した途端、外の空気が肺に流れ込んできた。ひんやりとした森の風が頬を撫でる。


 悠真は大きく息を吐き、近くの岩に腰を下ろした。

「……ふぅ。流石に疲れたな」


 頭の上でちょこんとしがみついていたシルフィクスを両手で持ち上げ、自分の膝にのせる。羽のように柔らかな毛並みは光を受けて淡い銀色にきらめいていた。


 悠真はためらいもなく、そのもふもふの毛皮に顔を埋めた。

 毛は驚くほど細く、絹糸のような手触り。けれど芯はしっかりしていて、頬を押し返すほどの弾力がある。押し込むとすぐにふわりと戻り、まるで雲に顔を沈めているかのようだった。

「……癒される……」


 顔を毛に埋めたまま、くぐもった声で呟く悠真。

 シルフィクスは小さく「きゅる」と鳴き、首をかしげる。なにをしているの、と言いたげな無垢な瞳で見上げてきた。


 その光景を、スピカは少し離れた場所から眺めていた。

「……ほんと、あなたって変な人間ね」

 若干引き気味の声音だったが、その頬はほんのりと緩んでいた。



 悠真はシルフィクスの毛に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。

「……ほんと、癒される……」


 スピカは若干引き気味に眺めていたが、ふと何かに気づいたように眉をひそめる。


「そういえば……さっきの冒険者たち、シルフィクスに全然気づいてなかったわね」

 悠真は顔を上げ、首を傾げた。

「……たしかに。こんなに目立つところにいたのに。俺の頭の上なんて、絶対見えるだろ」


 スピカはじっとシルフィクスを見やり、しばし観察したあと、口を開いた。

「……なるほど。たぶん、その子、姿を消せるみたいね。途中から、ずっと隠れていたのよ」

「え、そんな便利機能つき……?」

 悠真が呆気に取られると、シルフィクスは「きゅる」と短く鳴き、まるで得意げに胸を張るように羽をふるわせた。


───


種族名:シルフィクス(通称:羽狐)


特徴:小型の狐に似た姿を持つ。背には小鳥ほどの羽。全身を覆う毛はきわめて細かく、光を反射すると銀白色に輝く。


習性:臆病で、人間や魔獣の気配を察するとすぐに縮こまる。ただし懐いた相手には驚くほど素直に甘える。


特殊能力:不明(観察中)。ただし「姿を消す」能力が確認された。対象が集中している場合、気配すら消える模様。冒険者たちが気づかなかったのもこれによると思われる。


もふもふ度★★★★★

毛並みは異常なほど柔らかい。圧縮されてもすぐに復元し、顔を埋めると極上の癒しを得られる(個人の感想)。

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