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気ままに旅してたら、なぜか伝説の幻獣たちに懐かれました  作者: 空飛ぶ鯨


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12.幻獣が導く闇路

 翌朝。

「今日はギルドで依頼を受けよう!」

 宿の部屋で大きく伸びをしながら、悠真はそう宣言した。


 昨日まで街で買い物をしていたせいで、財布はかなり軽くなっている。登録証と一体になった革の袋を持ち上げ、覗き込むようにして肩を落とした。

「……やっぱりだいぶ減ってるな。これはちゃんと稼がないと」


 軽く朝食を済ませて外に出ると、宿の前にはノクスが静かに佇んでいた。まるで「待っていた」と言わんばかりに、こちらへと首を向ける。


「ごめんノクス。今日は街の中だし、お留守番しててもらおうかと思って――」

 そう言いかけた悠真に、ノクスはすぐさま短く嘶いた。意思を持って反対を示すように、蹄を石畳に打ち鳴らす。


 その様子を見ていたスピカが、くすっと笑った。

「連れて行ってあげればいいじゃない。ノクスはただの馬じゃなくて魔獣よ。人を襲うような存在ならともかく、主に従う魔獣なら街の中で問題を起こすことはないわ」


「……なるほど。確かに、ノクスだし大丈夫か」

 悠真が少し考えてから頷くと、ノクスは満足げに静かに鼻を鳴らした。


 こうして、スピカとアズールを伴い、そしてノクスと共に、悠真はギルドへと足を運ぶことにした。

 石畳を歩くその姿は、道行く人々の視線を自然と集めていく。驚きと興味が入り混じる視線を背に受けながら、悠真はどこか誇らしい気持ちで胸を張った。



 ギルドの重厚な扉を押し開けると、中はすでに朝から活気に包まれていた。

 ノクスを連れている悠真の姿に、何人かの冒険者がちらりと視線を寄越す。とはいえ、驚いて騒ぎ立てるような者はいない。ただ小声で「あれ、エクリプスじゃねえか」「珍しいな、街中じゃあまり見ねえのに」と、コソコソと囁きあう程度だ。


 悠真は少し気恥ずかしさを覚えつつ、掲示板の方へと足を向ける。

 だがその前ではすでに、大勢の冒険者が口々に騒ぎ立てていた。


「本当に見つかったのかよ、ダンジョンが!」

「まだ調査中だろ? でも場所は確かに――」

「先に攻略に入れた奴は大儲けだな」


 断片的な言葉が耳に飛び込んでくる。悠真が後ろで聞き耳を立てると、どうやら街の近郊で新しくダンジョンが発見されたという話らしい。


「……ダンジョン?」

 悠真が小声でつぶやくと、バッグの中からスピカが顔を出した。

 その瞳はいつになく輝き、頬も紅潮している。


「ダンジョン! いいじゃない、絶対行きましょうよ!」

 珍しく興奮気味に前足をバタバタさせるスピカに、悠真は面食らった。


「ちょ、ちょっと落ち着けって。ダンジョンって、そんなにすごいもんなの?」

「すごいなんてもんじゃないわ。魔力が濃く満ちて、珍しい素材もざくざく。運がよければ、宝箱も…」


 目を輝かせて熱弁するスピカに、悠真は思わず苦笑いを漏らした。

「なんか、いつも冷静なスピカが一番テンション上がってるな……」


 その様子を見ていたノクスが、静かに鼻を鳴らす。アズールは悠真の肩の上で首をかしげ、小さな翼をぱたぱたと動かしていた。


 掲示板の前では、依然として冒険者たちが熱を帯びた声をあげていた。

 その中心に貼られているのは、一際目立つ赤枠付きの依頼書。


 ――《新発見ダンジョンの調査及び踏破》


 報酬は目を疑うほど高額で、しかも「探索隊参加者優遇」と記されている。冒険者たちが色めき立つのも無理はなかった。


「ほら、やっぱり依頼も出てるじゃない!」

 スピカは悠真の肩を引っ張るようにして声を上げる。

「これよ、これに行けば一気に名を上げられるわ!」


 だが悠真は掲示板に近づき、依頼書の右下に記された条件に目をとめた。


 ――参加条件:ギルドランクC以上


「……ほら、俺たちじゃ無理だな」

 悠真は苦笑いを浮かべ、スピカの鼻先を軽く指で突く。

「それに、ダンジョンなんて危なそうだし、俺はまだまだ場数も踏んでない。命を落としてまで無理するつもりはないよ」


「むぅ……」

 スピカは名残惜しそうに依頼書を見上げ、しばらくの間じっと睨んでいた。


 ノクスはそんな様子を尻目に、まるで「冷静で正しい判断だ」と言わんばかりに、ふんと鼻を鳴らす。アズールは悠真の肩の上で羽をふるわせ、どちらかといえば悠真に賛同しているようだった。


 悠真は群衆の間を抜け、掲示板の隅に貼られた依頼書に目をやる。そこに記されていたのは、見慣れたもの――薬草の採取依頼だ。


「うん、やっぱりこういうのが俺たちには合ってるよな」

 依頼書を剥がし取り、受付へと向かう悠真。


 スピカはなおも不満げに頬を膨らませていたが、やがて「……まあ、仕方ないわね」と肩をすくめた。


 受付カウンターに薬草採取の依頼書を差し出すと、女性職員は依頼内容を確認してから、淡々とした口調で言った。


「はい、こちらの依頼で間違いありませんね。……ただ一点、ご注意を」


「注意?」と悠真が首をかしげる。


「この依頼で向かう森の奥――最近、そこに新しくダンジョンが発見されたのです。そのため、冒険者の出入りも増えていますし、魔物の動きが不安定になる恐れがあります」


 スピカの瞳がきらりと光った。小声で「やっぱり……!」と呟く。


「もちろん、あなた方のランクでダンジョン探索は許可されません。ですが、薬草採取の範囲は浅い場所に限られていますので、過度に心配する必要はありません。ただし――奥へ入りすぎないように」


 職員の目が一瞬だけ鋭くなり、悠真は苦笑しながら「はい、肝に銘じます」と返した。


 依頼証と簡易地図を受け取り、受付を後にする。


「……行くしかないか」

「行くに決まってるじゃない。森の入口くらい、安全よ」

「……奥には近づかない、だよな」


 悠真は自分に言い聞かせるように頷くと、街門へ向かって歩き出した。ノクスが誇らしげに蹄を鳴らし、アズールが羽音を立てて舞い上がる。スピカは相変わらずダンジョンの方へ視線を送りながら、小さく口元を緩めていた。



 森の奥へと進み、薬草を摘んでいると――かすかな呻き声が耳に届いた。

悠真とスピカがそちらへ向かうと、木陰に一頭の動物が倒れていた。


 小鹿のような姿。だが、その脇腹には大きな噛み跡があり、血に濡れた毛並みが痛々しい。息は荒く、瞳には恐怖と苦痛が浮かんでいた。


「これは……魔獣にやられたわね」

 スピカが目を細める。噛み跡の形は鋭く、肉をえぐり取るような跡がはっきりと残っていた。


 悠真は膝をつき、その小さな体を見下ろす。助かる見込みはない――そのことは一目で分かった。


 ふと、記憶が蘇る。

地球で、親戚の猟師の叔父に連れられて森へ入ったときのこと。

罠にかかった害獣指定の動物がもがき苦しんでいた。

可哀想だと思ったが、それは避けられないことだった。叔父はせめて苦しまないようにと、一息で仕留めてやった。


「……」

 悠真は深く息を吐き、バッグから小刀を取り出した。


「ごめんな……」

 小さく呟き、叔父に教わった通りの手順で刃を振るう。


 一度で成功した。小鹿の体から力が抜け、静かに動かなくなる。


 その様子を見届け、悠真は膝の上で手を握りしめた。

「……これも自然の摂理、なんだよな」

 頭では理解している。だが胸の奥には、どうしても悲しみが広がっていく。


 横で見ていたスピカは、ふっと小さく笑う。

「ほんと、あなたってお人好しね」

 それから真剣な眼差しを森の奥へと向けた。


「……魔獣が森の中に増えてる。もしかして――ダンジョンの影響かしら」


 静まり返った森に、重く不穏な気配が漂っていた。


 瀕死の動物を見送り、静かに手を合わせた悠真の耳に――小さな羽音と、かすかな鳴き声が届いた。


「……鳴き声?」


 音のする方を振り返ると、木々の間から転がるように飛び出してきたのは――小さな狐だった。

 だが、ただの狐ではない。背中に柔らかな羽根を二対も生やし、羽ばたくたびに淡い光の粉を散らしている。


「幻獣…【シルフィクス】ね」

 スピカが小さく目を見開いた。


 狐の子は怯えた様子で悠真の足元に駆け寄り、きゅうん、と震えた声をあげる。

その体には擦り傷と噛み跡が残っていた。


「怪我してるじゃないか……!」

 悠真が膝をつき、そっと手を伸ばしたその時――。


 ――ガサリ。


 森の茂みから現れたのは、牙を剥き出した二体の魔獣だった。狼のような姿をしているが、瞳は血のように赤く光っている。


「やっぱり……追われていたのね」

 スピカが低くつぶやき、構える。


 悠真は狐の子を抱きかかえながら後退した。ノクスが前に出て、黒い闇をまとわせた蹄を地面に打ちつける。


 ノクスのいななきとともに、戦闘が始まった。


 魔獣をなんとか退けることはできたが、その間に狐の子は恐怖に駆られ、悠真の腕をすり抜けて逃げ出してしまった。


「待って! そっちは危ない!」


 慌てて追いかけると、木々の奥――崩れかけた岩壁の裂け目が現れる。中は深い闇。だが、ただの洞窟ではないと悠真にも分かった。


「……これは」


「ダンジョンよ」

 スピカが表情を引き締め、囁いた。


 悠真は喉を鳴らした。

 薬草採取のはずが、まさかこんなことになるなんて。


「……もしかして、あの子は……中に?」


 悠真は拳を握り、深呼吸した。


「……行くしかないか」


 意を決して、暗きダンジョンの入口を踏み越えた――。



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