婚約面談という名の拳闘
当日の朝、フェザースノウ邸の鍛錬場は、熱気と騒めきに包まれていた。
リリィは彼らを見回しながら、マチルダに話しかけた。
「……思った以上に人が集まりましたわね」
「ええ。身分を問わず、幅広くいらっしゃいます」
候補者に対して公平さを出すため、この場に来るまでリリィには相手の詳細などは伝えられていなかった。
二人は彼らの前まで進み出る。
主役であるリリィの姿に、会場内は徐々に静まり返っていった。
「本日は、こちらのリリィお嬢様の婚約者公募にお集まりいただき誠にありがとうございます」
マチルダのよく通る声が、鍛錬場に響き渡る。
リリィは美しくカーテシーを決めた。
今日の彼女は自身の瞳の色と同じ、薄紫のドレスを纏っているが、足さばきが取りやすいよう裾は控えめに絞られていた。
胸元には、一輪の百合の刺繍が凛と咲いている。
「まず、規定についてご説明いたします。候補者様はお一人ずつ、前に進み出てもらいます。そこでリリィ様と婚約面談という名の決闘、もとい——拳闘を行っていただきます」
案内紙にも詳細が明記されてはいたが、実際に耳にすると男たちの表情に緊張の色が走った。
「リリィお嬢様は魔力を一切使わずに挑みます。ただし、回避や体勢を立て直す際の体術は許されます。皆様には体術に加え、攻防時の魔力強化も許可されます」
マチルダは一呼吸置き、再び説明を続ける。
「拳、蹴り、締め技——どれを使っていただいて構いません!」
ざわりと男たちが驚きの声を漏らす。
「でかいといっても、ご令嬢に対して魔力強化したうえで体術か……。少し、気が引けるな」
「まあ、男だと思って割り切ればどうにかなるだろ」
中央付近にいた二人組がヒソヒソと小声でやり取りをする。
そんな彼らをマチルダの鋭い眼光が射抜く。
男たちはその殺気に気圧され、思わずたじろいだ。
「……うわっ、やべ」
「……っ!」
(聞こえてたのかよ!あの侍女、地獄耳か!?)
すっと視線を普段通りに戻したマチルダは、全ての男たちを見回しながら告げる。
「リリィお嬢様に膝をつかせ、『降参ですわ』と発言させた方のみが婚約者の座を獲得できます」
マチルダの説明が終わると、リリィが一歩前へと出た。
「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。……これより、拳闘を開始いたしますわ!」
彼女の凛とした宣言に、男たちの力強い雄叫びが鍛錬場に響き渡った。
候補者は最初に名乗り出て、リリィへの思いの丈を告げてから、拳を交えていく。
数十名がどんどんと投げ飛ばされていく中——一人の男が進み出た。
「あなたは……」
リリィは驚きに目を見開いたすぐ後、視線が足元へと落ちていく。
過去の出来事が脳裏をよぎり、全身に悪寒が走る。
気づけば、拳を強く握りしめていた。
そんな彼女の気も知らず、目の前の男は堂々と名乗りだした。
「俺の名前は、ハロルド・グランツ。デビュタントでその拳に殴られてから、他の女に殴られても満足できなくなった。だから俺が婚約者になってや——」
「始め!!」
彼が言い終える前に、マチルダが間髪入れずに号令を送る。
構えたリリィの拳が鋭い一閃を放つ。
「論外ですわ!!」
「ぐぇっ!!……それ……だ……」
リリイの拳は彼の体を的確に捉え、美しい軌道を描きながら宙を舞っていった。
本日、累計閲覧数1万PVを突破致しました
沢山の方に読まれる作品になりましたこと、心から喜んでおります
リリィの物語の一区切りまであと数話
ごゆるりとお楽しみください




