母から娘へ
冬のあいだ、リリィは静かに公募の内容を決めていた。
自室の文机に向かい、紙に参加要項を書き連ねていく。
「身分は問わず、参加される方が平等になるようにいたしましょう」
ペンを握る手が、ふと止まる。
思い浮かぶのは、ただ一人。
だが、その存在を頭の片隅へと追いやりながら、彼女は再びペンを走らせた。
ときおりアメリアが訪ねてきては、紅茶を淹れ、他愛ない会話をした。
けれどリリィの瞳に宿る静かな光を見て、彼女はもう何も言わなくなった。
——リリィは、すでに前へ進む覚悟を決めている。そう感じたからだ。
カイゼルと慎ましい距離を保ちながら過ごした冬が終わりを告げ——春の芽吹きを感じるようになった頃。
リリィの宣言通りに、公募での婚約者探しが始まろうとしていた。
城下町では詳細が書かれた紙が配られ、その前代未聞な内容に多くの関心が寄せられた。
フェザースノウ家では家の誰かが大きな決断をする時、母である——イリスの部屋へと向かい、家族の象徴である彼女へ報告するというならわしがある。
それは命令でも義務でもなく、“心の矜持を整えるためのひととき”だ。
リリィもそれに倣い、イリスのいる私室の扉をノックした。
「どうぞ」
「お母様、失礼いたしますわ」
ドアの先では昼下がりの光がレース越しに揺れ、淡い香の漂う中で、イリスは静かに刺繍をしていた。
リリィは静かにイリスの元まで歩み寄ると、ゆっくりと口を開いた。
「お母様、わたくし……明日、自分の未来を懸けて挑みますわ」
イリスは刺繍の手を止めて、リリィを見上げながら優しく答えた。
「決意を示すというのは、相手を打ち倒すことではありません。あなたの拳は、力ではなく“心”を動かす拳です」
「心を……動かす?」
「本気で誰かと向き合うとき、人は逃げられないものです。手を離す覚悟をしたその時こそ、誰かが——あなたの手を掴みに来るのです」
イリスは真っ直ぐにリリィを見つめながら続けた。
「その時、あなたはきっと……愛を知るのでしょうね」
「……愛」
「今はまだわからないでしょう。……ですが、その時がくればきっとあなたにもわかるようになります」
イリスは確信したようにリリィに告げ——そして静かに口を閉ざした。
「お母様、ありがとうございます。頑張ってまいりますわ」
リリィは軽く頭を下げてから静かに部屋を去っていく。
そんな娘の大きな背中が、少しだけ小さく見えた。
強く在ろうとするあの子の姿が、どこか寂しげに見えて——イリスの胸の奥がかすかに痛んだ。
また次回
毎日が筋曜日!




