新たな気持ち
——その夜。
一介の令嬢には似つかわないほど瀟洒な室内を見回しながら、リリィはカイゼルと別れた時のことを思い浮かべていた。
屋上から応接室へと移動した二人は、暖炉の前で体を温めていた。
カイゼルはリリィを見上げながら話しかけた。
「今夜は王宮に泊まっていくといい」
「ですが、外泊は……」
「もうすでに、君のご両親には許可をとってある」
「……えっ」
リリィは思わず目を見張った。
「リリィ嬢に手紙を送った時、君のご両親にも同じく文を届けておいたんだ」
「いつの間に……」
「だから、安心してマチルダと共に泊まっていってくれ」
カイゼルが柔らかく微笑む。
そして一呼吸置いてから、彼は続けた。
「それに夜道は危険だからな」
「ですが、わたくしには——」
「筋肉、だろ?」
彼女のお決まりの言葉を紡ぎきる前に、カイゼルがふはっと笑いながら言う。
だが、彼はその表情を一瞬にして真剣なものへと変えた。
「……忘れないでほしい。俺が、心配なんだ」
「……っ!」
熱をおびた声音に、リリィは息を呑み——戸惑いに視線を少し彷徨わせ、俯いた。
「……はい」
リリィの反応にカイゼルは満足そうに微笑み、彼女を優しく見つめた。
そんな些細なやり取りの記憶でさえも、いまの彼女の心を乱すのには十分すぎた。
(なぜ、こんなにも胸が高鳴るのでしょうか……)
その時の感情が呼び起こされ、再び胸を熱くさせる。
それは不快な熱ではなく——じんわりと全身を巡り、ぽかぽかと温かい。
考えを整理しながら湯浴みを済ませ、暖炉のそばにあるソファに座ると、マチルダが紅茶を淹れてくれた。
「こちらは、カイゼル殿下からです」
「カイゼル殿下から……」
その名に身体がぴくりと反応を示す。
差し出されたティーカップから立ち上るのは、ほのかに甘く、ナッツを思わせる香ばしさ。
「……ありがとう」
そっと受け取り、一口飲んでみる。
「これは……ルイボスティーにジンジャーとハチミツが入っていますわね」
少しのピリッとした感覚にハチミツの甘さが混ざり、ルイボスティーに豊かなハーモニーを加えている。
「……体の芯から温まりますわ」
これ以上ないほど行き届いたもてなしに、自然と心がほどけていく。
ふと脳裏をよぎるのは、頬を包まれた時に目にしたカイゼルの微笑み。
瞼を閉じてもそれは鮮明で、消える気配はない。
今は彼の瞳の色も、声の響きも、笑ったときの小さな癖までも——すべてを、はっきりと思い出すことができた。
室内の温もりを肺いっぱいに吸い込み、静かに吐き出した。
「……これが恋ですのね」
自然とこぼれ落ちた自分の声に驚き、思わず唇を手で押さえる。
けれど、頬に広がる熱はどうしても隠せなかった。
夜の静けさのなか、気恥ずかしさと戸惑いを胸に——リリィは王宮の夜を過ごしていった。
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物語の一区切りまであと少し……
リリィとカイゼルの関係性も変わっていきます
お楽しみに!




