流星群
秋の気配がすっかり消え、凩が吹き始めた頃。
カイゼルからの謝意を受けるため、リリィは王宮の廊下を歩いていた。彼女の後ろを、ランタンを手にしたマチルダが続く。
手紙に記されていたのは、夜に訪れること。そして暖かな装いで来ることだった。
「……夜の王宮内は少し落ち着きませんわね」
窓際はうっすらと月明かりで青白く——向かい側の壁にはオイルランプの火が揺れている。
普段は明るい時間に訪問するため、夜は初めてだった。
(このざわめきは……なんでしょうか)
胸騒ぎとは違う——胸の中で微かに揺らぐ何か。
少しずつではあるが、リリィは心の内の変化を感じとっていた。
応接室の前で、ドアをノックする。
中から「どうぞ」という彼の柔らかな声を聞いてから、リリィは静かに扉を開けた。
温かな室内の空気が、彼女の身体を優しく包んでいく。
暖炉の前に立っていたカイゼルが、ゆっくりとこちらを振り返る。彼も暖かげなファー付きのコートを纏っていた。
普段と違う装いに、リリィの胸が小さく跳ねた。
「失礼いたします。お待たせいたしました、カイゼル殿下」
リリィは相変わらず、入口付近でカーテシーを決めた。
ふと、カイゼルは思う——恋に落ちると、こんなにも些細な仕草ひとつすら愛おしく感じるものかと。
いつもと変わらない彼女とのやりとりに、自然と口元が緩まっていく。
「いや、ちょうどさきほど来たところだ」
湖でのやり取りを彷彿とさせる会話に、目尻が下がった。
カイゼルの様子に、不思議そうにしているリリィに歩み寄る。
「……失礼」
「……っ!」
腕を伸ばし、彼女の首周りを包むようにコートの襟を寄せた。
「まだ初冬とはいえ、夜は冷える。……よし、これで平気だな」
「……あっ、ありがとうございます」
カイゼルの長いまつ毛が伏せられ、血色のよい頬に柔らかな笑みが差す。
(この間から、なんだか少しカイゼル殿下が鮮明にみえるような……)
リリィは思わず息を詰まらせたが、すぐさまお礼を告げた。
「今から王宮内で流星群を見る。屋上で眺めるのが一番綺麗なんだ」
「流星群……だから暖かな格好と」
リリィは僅かに目を見開いた。
「ああ、そうだ。それでは行こうか」
穏やかなやり取りのあと、二人は肩を並べて応接室を出る。
ひんやりと冷えた廊下を歩き、上階へと向かう。
二人の靴音だけが、長い廊下に響いていく。
沈黙の時間すら、彼らに優しく寄り添っているようだった。
また次回
毎日が、筋曜日!




