交わらない熱
彼女が微笑んでいるというだけで、張り詰めていた心が緩む——はずなのに。
「まさか、彼女が全てを解決した……?」
ギルベルトの言葉を耳にした途端、足が勝手に動いていた。
「リリィ嬢!」
リリィが前を見据えた時、カイゼルは息を荒げたまま目の前まで駆け寄っていた。
「……君は、いつだってそうだ!」
声が震え、言葉がこぼれる。
「危険なことになると真っ先に前に出て……全部、ひとりで終わらせてしまう!」
無意識に拳を握り締める。
「無茶だけはしないと誓ったはずだろう!」
リリィの瞳が静かに揺れた——それだけで、胸が軋んだ。
「自己犠牲の先に何が残る……君が倒れたらどうするんだ!」
吐き出すように叫び、息を詰まらせる。
だが、決壊した気持ちが溢れて止まらない。
「……もし、誰も気づかないところで……君が怪我でもしていると思うと——俺は!」
(俺は……?)
喉の奥が焼けるように熱い。
彼女が傷つくことを想像しただけで、世界が崩れ落ちるように怖くなる。
揺れる心の中に、ふっと答えが舞い降りた。
(ああ……やっとわかった。俺は、リリィ嬢のことを……)
リリィは黙したまま、その言葉を受け止めていた。
だが、瞳には静かな光が宿る。
「——わたくしは、大丈夫ですわ」
いつもと変わらぬ穏やかな声。
それが、さらにカイゼルの心に鋭く刺さる。
「大丈夫じゃない!」
彼の叫びが重なった。
リリィは一瞬、息を呑んだように目を瞬かせた。
だが、すぐに微笑を浮かべる。
「守られるほど、弱くはありませんわ」
その笑みは強く、美しかった。
けれど、どこか——遠い。
「そうやって……全部自分で抱え込む!」
カイゼルの拳が震える。
「誰かの痛みも、悲しみも、背負って……君自身が傷ついてるのに!」
リリィは一歩、近づいた。
そして、そっとその拳に手を重ねる。
「カイゼル殿下、わたくしは——守りたいのです」
その声は優しく、けれど決して揺らがない。
「わたくしの力が誰かの明日を繋ぐなら、それで十分ですわ」
カイゼルはその言葉を聞いて、息を詰まらせた。
どうして、この人はいつも“自分のこと”を後回しにするのだろう。
リリィの手が離れ、夜風が二人の間を通り抜けていった。
「……君は、本当にずるい」
掠れた声が、静寂に溶ける。
交わらぬ熱が、影のように夜へと沈んでいった。
また次回
毎日が筋曜日!




