揺らぐ心
——リリィがグレインを追い詰めている頃。
ドナート伯爵邸の門前から少し離れた場所に、数台の馬車が停まった。
その中の一台の扉が開き、軽やかな身のこなしで馬車を下り立ったのは——カイゼルだ。
彼に続き、ディーンや騎士たちも次々と地面に足を踏みしめる。
ディーンの手にはグレイン・ドナートが王宮からの支援金を着服していた証拠の束が握られていた。
「すぐさま、屋敷を取り囲め!武装した兵士が隠れている可能性もある。計画した通りに動くように!」
「はっ!」
カイゼルの指示で部下たちがそれぞれの配置に向かっていく中、視線の先に立つ屋敷は異様な静けさを漂わせていた。
(門番すらいない……。一体、どういう事だ)
カイゼルは騎士たちと共に門前へと向かう。鍵がかかっている様子はなく、門は簡単に開いた。
「何かがおかしいですね」
庭園内をともに歩くギルベルトが眉をひそめた。
「ああ、夜なのに屋敷内には明かりひとつすら灯っていない」
カイゼルがそう返した——その時。
大広間へと続いているであろう扉が音もなく開いた。
カイゼルたちは、咄嗟に剣を構えた。
「あら、カイゼル殿下ではありませんこと?」
そこには、いつか見た光景が広がっていた。
闇夜に溶け込むような漆黒のドレスを纏ったリリィ——彼女の小脇に抱えられているのは、だらりと腕を伸ばしたままのグレインだった。
カイゼルたちが呆気に取られていると、その場に似つかわしくない間延びした女性の声が響いた。
「リリィ様ぁー!連れてきましたよー!!」
屋敷の傍から現れたノエルは残党たちを一括りにした縄をズルズルと引きずりながら、リリィの元へと歩み寄った。
「ノエル、ご苦労様でした」
「いえいえ、リリィ様がガツンとやってくださったおかげで私の仕事は縛るだけでしたよ」
ノエルの軽口に、リリィがわずかに口元を綻ばせる。
夜風にさらされたドレスの裾が、静かに揺れた。
リリィの手のひらがノエルの頭を優しく撫でていく。
カイゼルは、ただその光景をみつめていた。
そんな彼女の穏やかな仕草が、なぜか胸の奥を痛ませた。
また次回
毎日が筋曜日!




