一石二鳥
それは、リリィが魔球を打ち返した数時間後の出来事だった。
深い霧が立ち込める、荒れた森の奥。
日々現れる中型魔獣——バルーンボアに悩まされていた村の近くに、討伐隊が足を踏み入れていた。
バルーンボアは、大きい個体であれば三メートル級にもなる猪とアルマジロを混ぜたような見た目の魔獣だ。
怒ると全身の皮膚下に空気を急速に取り込み、体が倍以上に膨れ上がる。
硬い皮膚に全身が覆われ、矢や軽い打撃は効かなくなる。しかも、その巨体で回転しながら突進してくるため、並の人間では一撃で簡単に吹き飛ばされてしまう。
まさに村人にとって厄介極まりない魔獣だ。
「ここ最近、この辺りに現れると報告があったのだが……」
隊長が木々の間を抜けていく——まさにその時。
一人の隊員が、ある異物を見つけて立ち止まった。
「隊長、これを見てください!」
そこにあったのは、真っ二つに割れた巨大な黒球。
球の割れ目を合わせると、指の第一関節の四本分——まるで拳で突いたような跡が残っていた。
「な、なんだこれは!? 誰かの拳の跡か?」
「いやいや!人間の拳でここまでめり込むわけないだろ!」
そう隊員たちがざわつく中、隊長がふと、球の周辺に目を凝らした。
「お前たち、あれを見ろ」
球に気を取られすぎていて気づかなかったが——彼らがいる数メートル先に、一体のバルーンボアが倒れていた。
大きさからして村人たちを悩ませていた個体で間違いないだろう。
額には黒々とした球のかけらが散らばっていた。
「……え?まさか……」
「この球が飛んできて、奴を……?」
隊員たちは絶句しながら沈黙した。
誰も確証はなかったが、唯一確かなのは——。
「バールーンボアは、完全に仕留められている……」
隊員たちは言葉を交わさず、ただ顔を見合わせた。
そして、その目に共通するのは——深い不思議と困惑の色だった。
魔球騒動から数日後。
カイゼルは秘書のディーンに「奇妙なことが起こりまして……」と言われながら手渡された報告書に目を通していた。
そこに記載されていたのは、とある討伐部隊からのものだった。
「謎の割れた球体と指の跡。そして、倒されたバルーン・ボア……」
深いため息とともに、答えはすぐに口をついて出た。
「これは……リリィ嬢だな」
あの時、彼女は涼しい顔で何事もなかったかのように振る舞っていたが——やはり、彼女が。
(……あの出来事のあと、彼女の様子を詳しく確かめていなかったな)
後悔の念が胸を締めつける。
危険な場面になるほど、彼女は迷いなく前に出る。
そして何事もなかったかのように、物事を収めてしまう。
(もし、誰も見ていないところで傷でも負っていたら……)
言葉の先は胸の奥に重く沈み、形にならなかった。
その感情はゆっくりと——しかし、確実にカイゼルの中で膨らみ始めていた。
また次回
毎日が筋曜日!




