やはり、筋肉しか勝たん
リリィは語ることをやめ、静かに上空を見上げた。
(今度は、随分と派手な真似を……)
彼女の視線の先——澄み渡るような晴天の空を、轟音を立てながら飛ぶ漆黒の球体。
(大きさは約三十センチくらいかしら……あれは、魔球ね。魔力の密度も尋常ではないわ)
肌が焼けつくような強烈な魔力をその身に受けながら、リリィは素早く周りの男たちに指示を出す。
「皆さま、危険ですわ。わたくしから離れてくださいませ!」
目の前にいた男たちは彼女の声に従い、散り散りに避難し始めた。
しかし、数名は空を見上げ、唖然としたまま動こうとしない。
「死にたいのですか!早くっ!」
怒気を帯びた大声に彼らははっと我に返り、後方へと退いていく。
リリィは一歩踏み込み、拳を握る。
全身の魔力を血管の中を流れる血のように腕へと送り込む。
筋繊維がぎゅっと収縮し、骨が軋むほどに力が凝縮されていく。
魔力は光も炎も生まない。ただ純粋な力として、拳の奥底に溜まっていく——。
漆黒の魔球が一直線に突き進む。次の瞬間、距離がゼロになり——拳が閃いた。
リリィは腕の筋肉を弓のようにしならせ、その全ての力を拳に込めて振りかざした。
「……ぐっ!」
激しい衝突音と同時に地面が陥没し、砂がリリィの周りで跳ね上がった。
「まだまだぁ!!」
指が擦れ、痛みを伴う——だがリリィは歯を食いしばりながら腕を極限まで伸ばし、魔球を押し返す。
「うおおおおおおお!!」
咆哮が鍛錬場を震わせた。
人の声とは思えぬその響きに、空気そのものが怯んだようだった。
やがて魔球は軌道を反転し、唸るような音を上げながら遥か彼方へと吹き飛んでいく。
騎士たちはただその軌跡を見つめ、呆然と立ち尽くしていた。
ごくりと誰かが唾を飲み込む音がやけに響く。
やがて、ひとりの若い男がぽつりと呟いた——。
「……城外ホームラン?」
彼に続くように周りにいた他の男たちも口々に話し始める。
「は?今の素手で……?」
「いいや、見間違いじゃない。拳だ……」
互いの顔を見合わせるうちに、じわじわと形容し難い熱が広がっていく。
「筋肉しか勝たねぇ」
「リリィ嬢の教えに間違いはないな!」
「……疑って申し訳なかった」
わっと声を上げながら、リリィの元へと彼らは駆け寄った。
——その直後、砂場を踏みしめ、息を切らしながらカイゼルが鍛錬場に飛び込んできた。
「リリィ嬢!!」
叫んだ先——そこには、異様な状況が広がっていた。
どこか誇らしげな表情を浮かべたリリィを男たちが囲み、我先にと指導を乞い願っていたのだ。
「……っ、はぁ……どういうことだ?」
カイゼルは息を整えながら、リリィのそばへ歩み寄る。
「あら、カイゼル殿下。何かご用事で?」
「……っ、……今、魔球が飛んでこなかったか?」
「さあ?それは何のことでしょうか」
「……は?」
リリィはカイゼルの言葉を、さらりとかわしながら手を叩いた。
「さっ、皆さん、さっそく指導を始めていきますわよ!」
「はっ!」
「まずは、腕立て伏せを百回ですわ!」
困惑したままのカイゼルを残し、鍛錬場には男たちの野太い掛け声が響いたのだった。
また次回
毎日が筋曜日!




