監査
それから数日後。
噂は現実となり、王宮内に静かな波紋を広げた。
調査チームが編成され、財務局への監査が正式に命じられたのだ。
名目は——印章の保管状況に関する定期監査。
だが、それが“誰の意図によるものか”を知る者は少ない。
リリィは事前に「気になる点がある」として、カイゼルに同行を願い出ていた。
当日、現場にはリリィとノエル、カイゼルとその護衛。そして記録係が同席していた。
「カッ、カイゼル殿下がいらっしゃるなど聞いていませんでしたな……」
「当日に報告となって申し訳ないな。しばらく騒がしいが普段通りに仕事を行ってくれ」
グレインはカイゼルの存在に狼狽えながらも「何も仕事中に来なくとも……」と小さな声でぶつくさと不満を吐露した。
「それでは、カイゼル殿下。始めましょうか」
「そうだな」
書記官たちの視線を感じながら、リリィたちは調査に取り掛かっていった。
大方、財務局の中を確認した後——一行は建物の裏手へと回る。
「こちらの倉庫の中も、くまなく探してみましょう」
「ああ」
二人の護衛に入り口を見張らせ、リリィたちは木製の扉を開けて中に足を踏み入れる。
用途ごとに分けられた棚には、それぞれに名前のついたラベルが貼付された箱が並び、きちんと整理されているのが窺えた。
(棚におかしな点はなさそうですわね)
「俺も手伝おう。とりあえず、手分けして確認をしていこうか」
「ありがとうございます。ええ、そういたしましょう」
リリィはカイゼルの言葉に頷き、棚から箱を手に取って入念に確認していく。
(定期的に清掃も行われているみたいですわ。中身は紙とペン——そして、インクに封筒。何もかもが普通ですわね)
ノエルの報告によると財務官の一人が小箱を抱え、倉庫に向かっていったと言っていた。
(箱の中では簡単に見つかってしまいますわ——やはり……)
リリィが鋭い視線を倉庫内の窓際を見遣った。
「こっちは確認済みだ」
「わたくしの方も終わりましたわ」
その声に視線をカイゼルへと戻しながら答えた。
「カイゼル殿下は、お先に退出なさってください」
「……あ、ああ。分かった」
カイゼルは少しの戸惑いをみせながらも、彼女に促されるままに退出していった。
「ノエル!」
「はいはぁーい!」
やっと出番が来たかとノエルは嬉しそうに窓際へと歩み寄った。
「リリィ様はもうお気づきかと思いますが、こちらのブロック壁をご覧ください」
ノエルは壁の一角を指差しながら続ける。
「ここだけブロックの周りが削れていますよね?これを……こういたしますと……あら不思議」
彼女はゴリゴリとブロックの塊を引き抜いてみせる。
二人で覗いてみるとそこには、奥行きのある小さな空間が広がっていた。
「ビンゴですわね。今は空ですが、噂を聞いた直後に木箱を回収したのでしょう」
ノエルは笑みを浮かべながら「ねっ?ねっ?」と褒めてほしげにリリィを見上げた。彼女に尻尾が生えているような幻影が見える。
リリィは手荒にわしわしとノエルの頭を撫でてやると尻尾の幻影はぶんぶんと左右に振れたようにみえた。
主人からのお褒めの手荒な撫ではノエルにとって何よりのご褒美だ。
(一度、丁寧に撫でてみましたら、「違います!」と強く抗議されましたものね……)
緊張が一瞬だけ、ふっと解ける。
「いやぁ、それにしてもリリィ様が流せとおっしゃった噂をあんなにも簡単に信じて、すぐさま行動に移す姿は——ニヤケものでしたよぉ」
ノエルは焦ったように踵を返した男の姿を脳裏に思い浮かべながらニヤリと笑う。
「余程の代物でなくては、そうはなりませんわ」
「敵の正体も隠していた物が何かもリリィ様はお見通しなのですよね?」
ノエルの言葉にリリィは静かに微笑んだだけだったが——真っ直ぐにノエルを見つめる眼差しが、何よりの答えだった。
また次回
毎日が筋曜日!




