筋肉の狭間で
二人は中庭から一刻も早く離れるように足早に廊下を進んでいく——だが、向かう先から放たれる殺気をリリィはすぐさま察知した。
(まだ、襲撃は終わっていませんわ!)
咄嗟に前を行くカイゼルを引き寄せ、背に匿った。
廊下の影から飛び出してきたのは黒服の女——その手には短剣が握られていた。鈍色の刃がギラリと嫌な光を放つ。
女は機敏な動きでリリィとの間合いを一気に詰めた。
「……っ!」
(速い!)
殺気に満ちた瞳でリリィを真っ直ぐに捉え——全体重をのせながら鋭い刃を彼女の腹部へと深く突き刺した。
「……くっ!」
歯を食いしばった隙間から、声が漏れ出る。
(——殺ったか)
刃をさらに押し込む手に確かな手応えを感じ、女は微かに笑みを浮かべた。
相打ち覚悟で挑んだが——相手はあまりにも、呆気なかった。
しばらくすれば、床には血が滴り出すだろう。
苦痛に顔を歪めているはずの相手の顔を拝んでやろうと見上げた——が。
「……は?」
漏れ出たのは、間抜けな声だった。
リリィは無傷のままそこに立っていた——いや、正確には腹筋が刃を受け止めていたのだ。
女が身体ごと突っ込んでくる瞬間、リリィは腹部を僅かに屈めた——刃は筋肉の溝で止まり、沈みきっていなかった。
「……っな、なんだと!?」
女が顔を引きつらせる中、リリィは優雅に言い放つ。
「あらあら、今度は真正面からいらっしゃったのですわね。その度胸だけはお褒めいたしますわ」
リリィは深く一呼吸し、静かに拳を握りしめた。
「少々、ご無礼をいたしますわ。お覚悟を!」
鋭い拳が——一閃。
女の腹部を捉えた衝撃が炸裂し、女の体が廊下の突き当たりまで一気に吹き飛んだ。
「——かはっ!!」
女の手から、キィンという音を立てて短剣が床に滑り落ちる。
「……っ!?」
床に転がる刃を視界に捉えたカイゼルは目を見開き、愕然としながらリリィを見上げた。
だが、すぐ目の前にいたはずのリリィは——落ち着いた足取りで女の元へと向かっていた。
リリィの拳は鳩尾を的確に捉えていた。呼吸さえままならない中、女は苦しげに吐き捨てた。
「ぐっ……こ、殺せ……!」
呻く女を見下ろしながら、リリィは冷静に言い放つ。
「おや、まだ会話ができるようですわね。それだけお元気ならば、今回は見逃して差し上げましょう」
「……な、なぜ……だ」
女は問いかけながら、顔を歪めた。
「他の仲間たちに伝言をお願いいたしますわ。もし再び、わたくしに手を出そうとなさるのなら——そのときは容赦なく、本気を出させていだだきます……と」
静かに告げられた言葉に女の背筋が冷えた。
(……まだ、本気を出してなかった……だと?)
「ご覚悟なさいませ?」
にこりと微笑んだ笑みには優しさのカケラなど微塵もなかった——そこにあったのは血も凍るほどの殺気だった。
彼女の放つ圧に押させるように、ノロノロと立ち上がった女は窓から脱出を試みていく。その様子をリリィは静かに見つめていた。
「リリィ嬢!!」
咄嗟に振り返ったリリィの瞳に映ったのは、カイゼルの苦しげな表情だった。
「ドレスが破れているではないか!怪我は!?血は!」
「いえ、カイゼル殿下——」
「早く……っ、早く医務室に向かうぞ!」
リリィは再び腕を掴まれ、カイゼルに促されるまま廊下を歩き出した。
また次回
毎日が筋曜日!




