財務局へ
リリィはノエルを連れて、王宮内の行政区画の廊下を歩いていた。
ここには財務局、書庫、会計室と多数の管理施設が並んでいる。
もちろん、廊下ですれ違うのは役人ばかりだ。
「わたくしたちが歩いている……それだけで違和感なのでしょう」
リリィは通り過ぎた者が後ろで立ち止まり、振り返った気配を感じながらノエルに話しかけた。
「一令嬢と、そのお付きの何の変哲のない侍女では……やはり、ある意味で目立ちはしますね」
特出した特徴もない顔立ちに、丸眼鏡をかけたノエルが答えた。
前が見えるのだろうかと心配になるほどの重めの前髪は、彼女の表情や顔の細部を隠すのに一役かっている。
普段の間延びした話し方も——今は潜入用へと変えていた。
廊下にある扉を三つほど過ぎた先に財務局の入り口が見えてくる。
扉の前には詰所のような小さな部屋があり、その奥が応接前室となっている。
リリィはその前で立ち止まり、書記官と衛兵に向かって声をかけた。
「わたくし、リリィ・フェザースノウと申しますわ」
「身分証と許可証はお持ちでしょうか?」
黒縁の眼鏡をかけた書記官は事務的に淡々とした声音で問いかけた。
「ええ。こちらが、王宮より預かりました調査許可証でございます」
リリィは静かに述べながら書類を差し出す。
書記官は目を伏せて念入りにチェックした後、顔を上げた。
「確認致しました。中へどうぞ」
彼は立ち上がり応接前室へと続くドアを開けた。
重厚な扉をくぐると、まず小さな部屋があった。
書記官が数名、帳簿を手に行き来し、室内の奥では秘書官が来客の記録を取っている。
壁際には来訪者用の椅子が並べられ、そこに案内されたリリィとノエルは起立しながら財務官長の出迎えを静かに待った——。
しばらくすると奥にある扉が静かに開き、財務官長の——グレイン・ドナートが現れた。
今にもベストのボタンが弾けそうな腹を揺らしながらリリィたちの元へ歩み寄ってきた。
いぶかしげに二人をじろじろと見つめてから、彼は口を開いた。
「はぁ、やれやれ。令嬢自らがお出ましとは珍しいことだな」
忙しい時に何故来たのかと問い詰めるかのような視線を彼女たちに向けた。
「グレイン官長様、お手を煩わせてしまい大変申し訳ありません。孤児院長ヘレナ・ベネット宛の出納伝票を確認させていただきたく、こちらにまいりました」
「……ヘレナ・ベネットだと?」
グレインは少し目を見開いたあと、すぐに表情を整えた。
「さっさと終わらせてくれないとこちらも困るのだが」
「ええ、もちろんですわ」
彼は渋々といったように体の向きを変え、閲覧室へと向かっていった。
リリィたちも彼に続いて入室する。
壁一面には棚が置かれ、規則正しく並んだ書類たちで埋め尽くされていた。
先ほど受付をしてくれた書記官がリリィたちが望んでいた書類を中央の長机に置いた。
「ご確認ください。孤児院長ヘレナ・ベネット宛の出納伝票です。こちらで、お間違いございませんか?」
「ええ、ありがとうございます」
リリィは頷くと、視線一つでノエルに意図を伝えた。
ノエルはすぐさま卓上の紙を取り、筆写を始める。
筆先を滑らせながら、印章の形と紙の端を指でなぞる。その仕草は、一見無造作でありながらも正確だった。
(こちらの印影……どこか不自然ですわ)
リリィは疑問を胸中に抱きながら、書記官の後ろで作業を見守っていたグレインへと顔を向けた。
「グレイン官長様に質問がございます」
「なんだろうか」
「こちらの最後にあります、もう一つの印章はどの方のですか?」
「ふん、そんなことも知らんのか。国庫の金を動かすには、いくつもの承認が要る——それはルドルフ宰相閣下の印だ」
「……なるほど、ルドルフ宰相様」
リリィは納得したように頷いた。
「終わりました」
室内にノエルの声が響いた。
「これにて調査は終了ですわ。グレイン官長様、ならびに書記官の方もご協力ありがとうございました」
あまりの速さに唖然としている二人を残し、リリィたちは閲覧室を出て財務局をあとにした。
皆様のおかげで累計6000PVを突破いたしました!
ありがとうございます
毎日が、筋曜日!




