事件の始まり
孤児院の門前に停まった馬車から降りたリリィは従者とともに荷解きを始めた。
荷台に積まれているのは寒さの厳しい冬へ備えるための支援物資だ。温かな毛布や布団、保存食、衣服など——どれも子供たちが冬を越すための必需品ばかりだった。
それらを仕分け、持てるだけ小脇に抱えて孤児院の倉庫へと向かう。
木造の倉庫の前では院長のヘレナ・ベネットが笑顔で迎えてくれた。
彼女は普段は穏やかで優しいが、ときに厳しく子どもたちを叱る姿も見せる——まるで母のような女性だ。
「ごきげんよう、ヘレナ様。こちらは奥に置くのでよろしいですか?」
リリィは朗らかな声で彼女に話しかけた。
「あらまあ、いつもありがとうございます。皆さんが運んでくださるだけでも助かるのに……」
「いいえ。これは、わたくしが好きでやらせてもらっているだけですわ。それに——」
「筋トレですよね」
リリィが言うより先、ヘレナは「ふふふっ」と軽い笑いを交えながら答えた。
その返事にリリィは微笑みながら倉庫の中へと進む。
乾いた木の匂いと穀物の粉っぽい香りが、ほのかに鼻をくすぐった。
毛布を棚に置いた瞬間——彼女の視線が自然と別の棚に移り、表情が険しくなった。
「これは……おかしいですわね」
「どうかなさいました?」
「冬の備蓄は普段よりも多くなるはず……。ですが、わたくしには普段と同じ量に見えますわ」
ヘレナはリリィの隣で小さくため息をついた。
「やっぱり……分かりますか。私もずっと気になっていたんです」
「ヘレナ様、何か心当たりがあるのでは?」
リリィの鋭い問いかけにヘレナはゆっくりと顔を俯かせた。
何かを言いかけようとしては、再び口元をきつく引き結ぶ。曇った表情に彼女の迷いが滲んでいた。
リリィは彼女が心を開けるようにと、静かに語りかけた。
「わたくしは個人的に孤児院への支援を行っています。こちらに何かあった際は、わたくしも遠慮なく手を差し伸べますわ」
彼女の優しく心強い言葉にヘレナは顔を上げ、意を決したように話し出した。
「……実は、今年の春頃から管理費という名目でお金が引かれるようになりまして」
「……管理費」
リリィは眉をわずかに寄せた。
「ええ。支援金の一部から『修繕費等含む』と記載された額がいくらか……」
「それは、いつ頃から?」
「春先くらいだったでしょうか。新しい印章が押された書類が届くようになって……」
ヘレナは震える手のひらをぎゅっと握りしめながらも続ける。
「——それが毎回ですよ?おかしいとは感じていましたが、渡される際に異を唱えれば支援を打ち切られるかもしれないと思うと……怖くて……」
「事情は、わかりましたわ。今から帳簿と書類を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ええ、ええ。よろしくお願いいたします」
二人は荷下ろしを従者とシスターたちに任せ、院長室へと向かった。
室内へ入るとリリィは棚から春前から今日に至るまでの帳簿を手に取り、卓上へと広げた。
真剣な表情で書類に目を通し、見比べていく。
(さきほど聞きました通りに、今年の春頃から管理費が引かれ始めていますわ……)
「やはり、おかしいですよね……?」
ヘレナがリリィの傍で不安げに呟いた。
「ええ。修繕等と明記されてはいますが、現実は……」
淡々とした口調ながら、リリィの瞳には静かな光が宿っていた。
「……管理費という名目で誰かが」
その先を言わずともヘレナも悟ったように口を噤んだ。
全てを調べ上げ、院長室を出ると数名の子どもたちがリリィの元へ駆け寄ってきた。
ドレスにしがみつき、嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「リリィ、来てたんだね」
「遊ぼうよー!!」
リリィは真っ直ぐに視線を向けてくる彼らに眉を下げた。
「申し訳ありません。わたくしは屋敷に戻らないといけませんの……今日は遊べませんが、また次の時に」
「大切なこと?」
「ええ、とても大切なことなのですわ」
「そっか」
「リリィ、またねー」
物分かりの良い子どもたちはリリィから離れ、ぱたぱたと廊下を駆けていった。
(必ず、わたくしが守り抜いてみせますわ)
子供たちの背中を見つめながら、リリィはその内に決意を強く固めた。
王宮内の闇編がスタートです
また次回
毎日が筋曜日!




