シーツを被った筋肉
ドアを開けた瞬間、稲光が室内にいるリリィの姿を一瞬だけ浮かび上がらせた。
白いシーツを頭からかぶり、ちょこんと顔だけを出した姿のリリィが部屋の隅で膝を抱えていた。
「……カイゼル殿下?」
「リリィ嬢?……ノックをしたんだが——」
二人が驚きながら会話をしている間も、変わらず雷鳴は留まるところを知らないかのように鳴り響き続けていた。
「申し訳ありません、カイゼ——」
「——聞こえない」
カイゼルは急ぎ足でリリィの元に歩み寄った。そして拳一個分を開けた隣へと腰を下ろし、リリィを見上げる。
「すまない。雷の音が酷くてほとんど聞こえなかったんだ。もう一度、最初から話してくれるか?ドアをノックしたんだが、リリィ嬢からの反応がなかったから……」
「ノックをしていてくださったのですね。こちらも、何も聞こえなかったものですから。返事ができず、申し訳ありませんでしたわ」
「いや、いいんだ。それよりも……その格好には意味が?」
リリィはモゾモゾと少し動きながら答える。
「ええ。幼い頃からこういう時はこの格好をすると心が落ち着きますの。……ここまで、カイゼル殿下がついてきてくださったということは、もうお気づきで?」
「……ああ。リリィ嬢は雷が苦手なのだろう?」
リリィの瞳が少しだけ見開かれ、観念するかのようにふっと目を伏せた。
「なんとかごまかしていたのに……。さすがカイゼル殿下、目ざといですわ」
「やはりか……」
稲光が並んだ二人の影を床に映し出す。
少しの沈黙の後、カイゼルは再び話し始めた。
「……実は、俺も雷が少し苦手なんだ」
「あら、カイゼル殿下もですか?」
「ああ」
カイゼルは眉を下げ、ふっと笑った。
その笑みから目を逸らすようにカイゼルから視線を外し、リリィは前を向いた。そして幼い頃の記憶を辿るように遠くを見つめながら語り出した。
「……わたくし、幼い頃に雷に打たれたことがありましたの……」
「……そうだったのか」
「わたくしにも奔放な時期がありましたのよ?両親の目を盗んでは、木登りをしたり。小型の魔獣と対峙してみたり。敷地内の裏山で野宿をしてみたり……」
「んん?……奔放のスケールが大きくないか?」
「ある夜、激しい雷雨が降っていました。わたくしは、ふと思いましたの『雷ってどれくらい強いのでしょうか……もしかしたら勝てるかもしれないわ!!』と。わたくしは豪雨が降りしきる中、ずぶ濡れになりながら敷地内にある鍛錬場の中央まで走りましたわ」
「…………」
もはやどこから突っ込もうかカイゼルは悩み、そして早々に諦めた。
「周りにはわたくし以外、高いものは何もなく……。そうしましたら案の定、雷に打たれました。両親とマチルダの叫び声が遠くで聞こえたのを最後に、記憶はぷっつりと途切れましたわ」
「……でも、無事だったんだな」
「はい。幸いにも、体を流れるはずだった電流を体内を巡る魔力がうまく防いでくれていました。その産物といいましょうか……それ以来、体内の魔力移動が訓練なしに自然とできるようになりましたわ」
「なるほど。だから、拳にも込められるのか」
「ええ。……それから、わたくしは令嬢としての教育をみっちりと受けることになりましたわ。そして社交界は、貴族の戦さ場と両親から教わりました。このままではいけないと思い、その頃から筋トレも追加で始めましたわ」
急に話が飛んだことにカイゼルは両眉を上げながら言う。
「その……なんというか、それは方向性がちょっと違わないか?」
「どこら辺がですの?戦さには間違いないでしょう?」
「それは……そうなのだが……」
カイゼルはしばし考えるそぶりを見せたが、やがて納得したように口を開いた。
「いや……リリィ嬢がそれで良いと思っているのなら、俺が口出しするのは野暮というものか……」
「……?」
リリィはカイゼルへ、再び顔を向けた。
お互いの眼差しが交差する。
「リリィ嬢はそのまま真っ直ぐに進んでくれ。それが何より君らしくていい」
カイゼルは穏やかに微笑んだ。
また次回
毎日が筋肉曜日!




