漆黒の巨躯
人参やり体験が終わるとヨハンが馬の生態や毎日の掃除の仕方などを説明していく。
「こちらの建物ともう一つ奥に一頭のみの厩舎があります」
「……あの」
テオが控えめに手を上げながら言う。
「一頭だけなんてかわいそうです」
「そうですね。ですがこれは彼や他の馬たちのためでもあるのです」
「彼?」
リゼットが首を傾げた。
「彼の名前はアーク。軍馬と呼ばれる戦いの時に乗る馬です。とても怒りっぽくて、人に対して簡単には心を開きません。それは他の馬たちに対しても同じです」
「馬たちと相性が悪いのか」
ユアンは納得したように頷いた。
「その通りです。なので彼だけは別の厩舎で過ごしてもらっています」
「人にも仲良くできないの?」
テオが質問すると、後ろに立っていたリリィが答えた。
「違いますわ。彼はわたくしには心を開いていますの」
子供たちは一斉にリリィの方へと振り返った。
「そうなんですよ。気難しい性格なんですけど、リリィお嬢様の前ではいい子なんですよ」
ヨハンが軽く笑いながら言った。
「リリィって……何者なんだ?」
「やっぱりリリィってすごい!」
「……かっこいい」
三人は顔を見合わせながら驚いたり笑い合った。
「遠目なら彼をお見せすることもできますわ」
そういいながらリリィは厩舎の扉を開く。
彼らの視線の先には説明された通りに一頭用の厩舎があった。建物の目の前にはアーク専用の馬場が広がっていた。
「扉はこのままにしておきますので、皆さんはこのままこの場所にいてくださいね」
子供たちがこくりと頷いたのを確認したリリィは一人でアーク専用の厩舎へと向かって行った。
「どんな馬なんだろうなぁ!」
「絶対、美しい馬よ」
「……とっても楽しみ」
わくわくと期待を胸にリリィとアークが現れるのを待った。
アーク専用の厩舎の扉が開く——そこに現れたのは見る者の息を呑ませるほどの漆黒の巨躯。
全身を覆う毛並みは光を吸い込むかのようで、陽光を浴びると絹糸のように艶やかに輝いた。
筋肉が隆々と盛り上がり、四肢は太く力強い。
ただ大きいだけではない。鍛え上げられた体は、まさに戦場をも駆け抜けられる覇気を秘めていた。
リリィに負けず劣らずの堂々たる体格は、馬というよりもひとつの生きた彫像のようだ。
そしてなにより印象的なのは瞳。深い闇を思わせる黒の中に、静かな知性とリリィへの絶対的な忠誠心が宿っていた。
遠目からでも分かるアークの存在感に子供たちはただただ圧倒され、言葉を発することさえできなかった。
また、次回
毎日が筋曜日!




