テオの夢
「さあ、皆さん。お屋敷の中はここまでにして外の空気を吸いに行きましょうか」
子供たちを連れ、リリィは公爵邸の表側ではなく裏側へと進む。
中庭を通り過ぎ、さらに奥へと進む。石畳の道の先に見えるのは美しく整えられた石造りの建物。
リリィは建物の前まで進み、振り返った。
「こちらは厩舎といって、皆さんが朝乗ってきた馬車を引っ張っていたお馬さんたちがいらっしゃいます」
馬という言葉に子供たちは体をそわそわとさせる。
「見た目はとても強そうですが、心はとても繊細です。急に大きな音や声を出しますとお馬さんはびっくりして暴れてしまいますわ」
リリィは子供たちをゆっくりと見回しながら続ける。
「なので、なるべく落ち着いた声で接してあげてくださいね」
「はい」
子供たちは大きな声を出したい気持ちを抑えながら控えめな声で返事をした。
満足そうに頷いたリリィは再び厩舎へと体を向け、歩を進め始めた。
入り口には掃きほうきを持った青年が立っている。リリィは彼の隣に並び、紹介を始めた。
「皆さん、こちらが馬の世話を担当しているヨハン様です」
「こんにちは。ご紹介にあずかりましたヨハン・セドリックです。ここの厩舎の管理と馬の世話を担っております」
爽やかに切り揃えられた灰茶色の髪に、すっきりとしたシャープな輪郭に優しげな少し垂れ目の瞳。
ヨハンは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「本日は皆さんに馬の餌やりを体験してもらいます」
彼の言葉に子供たちは静かに瞳を輝かせた。
彼に続いて中に一歩、足を踏み入れると厩舎独特の匂いと乾草の香りが漂い、馬たちのいななきが響いていた。
それぞれの馬房に一頭ずつ分けられ、通路を挟んだ両サイド合わせて十頭の馬が管理されていた。
赤茶、黒、茶、白と色も個体の大きさも様々だ。
個室の扉の上から顔を出している馬たちは子供たちの訪問を歓迎しているようだった。
「……大きいな」
普段から声の大きいユアンも声のボリュームを落としながら驚く。
「ほんとうね……毛並みもとても綺麗」
「……ちょっと怖いけど瞳がきれい」
リディアは馬たちを見回しながら呟き、テオは首をすくめながらもじっと馬たちの瞳を見つめている。恐怖心よりも好奇心の方が優っているようだ。
通路の真ん中を一列に並びながら両サイドから覗く馬たちを見つめながら進む。
最奥まで行くと先ほどまでとは違い、小さめの馬房が左右一つずつあった。
左側からは茶色の仔馬、右側からは白色の仔馬が顔を覗かせていた。
ヨハンが二頭の真ん中に立ち止まり、子供たちに声をかけた。
「皆さんにはこの仔馬たちに餌やりをしてもらいます」
それを聞いた子供たちの中には、ほっと安堵の息をついた子もいた。
(さすがに、大人の馬は怖いですものね)
そんな彼らの様子を見ながらリリィはふっと笑った。
ヨハンは奥のドアの傍に用意しておいた人参のかけらが入った木のバケツを手に取り、説明を始める。
「皆さん、片手の手のひらが上のようになるように出してください。出せましたら一人一人、その上に人参をのせますのでそのまま仔馬の前まで出てください」
子供たちが指示された姿勢をとったのを確認しながらヨハンは続ける。
「皆さん、いい感じですよ!手のひらは真っ直ぐにしておくこと。そうすれば仔馬が食べやすいです。最初は怖いかもしれませんが大丈夫です。もし、怖ければ大人の方と一緒でも大丈夫ですよ」
そう説明しながら子供たちの手のひらに人参を配っていく。
「テオ、楽しみね」
リゼットが緊張と嬉しさが混ざった表情をしながらテオに声をかけた。
「……うん」
テオも手のひらの人参を見つめながら頷いた。
子供たちは二手に分かれて、順番に餌やりを体験していく。列はどんどんと進み、次はテオの番が迫ってきていた。
「リリィ……」
テオがリリィの裾を指先で摘んだ。
「ええ、わかりましたわ」
二人は仔馬の前に進み出る。テオはゆっくりと手のひらを仔馬の目の前に差し出した。
馬は口をもにょもにょと動かしながら手のひらの人参を器用にパクリと食べた——瞬間。
テオの瞳が見開かれ、キラキラとした輝きに満ちた。
「……っ!リリィ!」
テオは思わず隣に立つリリィを見上げた。
「……僕、お馬さんの世話をする人になる!」
「あらっ!素敵ですわね。優しいテオにぴったりですわ」
リリィの言葉にテオは頬を赤らめながら俯いた。
「……僕、頑張るね」
テオは再び顔を上げ、リリィに満面の笑みを見せた。
それはまだ幼い彼の新しい未来が開かれた瞬間だった。
また、次回
毎日が筋曜日!




