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弱音も、胃の中のものも吐けやしない

カイゼルはしばらく呆気にとられながらも、一部始終をずっと眺めていた。


美しいフォームを描き、遠ざかる逞しい背中。令嬢を背に乗せながらも一切の乱れのないクロール。キラキラと輝く水面を小さな飛沫を上げながら戻ってくるリリィの姿。それは言葉では言い表せられないほどの美しさだった。


「カイゼル殿下、お待たせいたしました。ただいま戻りましたわ」


水面から上がったリリィは再び前席へと座り、ペダルに足をかけた。


「しっかり座って、掴まっていてくださいませ」

「分かった」


カイゼルの返事を合図に、高速でペダルを漕ぐ。それに連動してスワンボートの羽が唸るように上下に可動する。

ふわりと体が浮く感覚にカイゼルが目を見張る。


「リ、リリィ嬢!!スワンボートの前方が浮いている!」

「このまま本気で行きますわよ!!」


もはや水面をボートの底で撫でながら進んでいるのか、数センチ浮いているのか分からない。スワンボートはマチルダたちが待つ岸辺を目指して加速していく。


ふわふわとした浮遊感とあまりのスピードに、必死に耐えていたカイゼルの表情が段々と青くなる。


「……っ」

(これは……まずいかもしれない)


だがリリィの手前もあり、弱音も、胃の中のものさえも——今ここでは吐くことさえできない。


カイゼルはぎゅっと目を瞑りながら岸辺に辿り着くまで必死に耐え続けた。

岸辺が目前まで迫り、リリィが漕ぐ足をゆっくりと緩めていく。


「もうすぐで、つきますわ」

「……っ……ああ」


さっきよりも覇気がなくなったカイゼルの返事を疑問に思いながらも、リリィはゆっくりと岸辺にスワンボートを停めた。


リリィが先に降り、手を差し伸べながらカイゼルを岸辺へと導く。

カイゼルは右手でリリィの手を取るが、もう片方の手は口元を押さえている。


「……カイゼル殿下?お顔が真っ青ですわ」


カイゼルが返事をする前に岸辺にマチルダの声が響いた。


「リリィお嬢様!!」


マチルダはどこから持ってきたのか、超大判のバスタオルを広げてリリィの背中にそっとかけた。


「あら、ありがとう」


リリィはお礼を述べながらバスタオルの端と端を首元で結び、マントのようにした。


「それよりも、マチルダ。カイゼル殿下を」

「かしこまりました」


マチルダは手に持っていたもう一つのタオルを地面に敷き、その上に具合の悪そうなカイゼルを座らせた。


まさに、阿吽の呼吸

また、次回!

毎日が筋曜日!

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