向かえ!爆速クロールで!
二人が優雅にスワンボートを楽しんでいると——突然、向こう岸付近のボートから焦りを含んだ男性の叫び声が上がった。
「——ロージー!!」
水面には溺れながらも、彼の差し出す手を必死に掴もうとする令嬢の姿。
しかし、彼女の手は無情にも宙を舞うだけだ。
水を含んだドレスはさらに重さが増し、もがけばもがくほど沈んでいってしまう。
「誰かが落ちたぞ!」
「大丈夫か!?」
ボートに乗っている周りの貴族たちがどうすべきかとあたふたとしている中、リリィだけは冷静だった。
彼女は漕ぐ足をゆっくりと止め、ハンドルから静かに手を離した。
「カイゼル殿下、しばしのお時間をいただきますわ」
背後のカイゼルに一声かけてからサングラスをそっと台に置き、立ち上がる。
そして——ドレスが濡れるのもいとわず湖へと飛び込んだ。
「えっ!リリィ嬢!?」
意表を突く彼女の行動にカイゼルは驚きながら、思わず窓から身を乗り出した。
「今から、向かいますわ!」
リリィは爆速クロールで水を斬りながら令嬢の元へと弾丸の如く向かっていく。
目にも止まらぬ速さで繰り広げられる水掻き。先へ、さらに先へと伸ばされる腕。両足を交互に上下に動かし、前へと進む。
(濡れたままのご令嬢を男性のいるボートへは戻せませんわ。それならば——)
あっという間に、令嬢の元まで辿り着き、溺れかけている彼女を掬い上げた。
「わたくしの首元にしがみつきなさい!」
「……っ……はい!」
凛とした指示に、彼女は両腕をリリィの背中側から首に巻きつけた。
「岸辺までお運びいたしますわ!しっかり掴まっていてくださいませ!」
令嬢が両腕にぎゅっと力を加えたのを確認してからリリィは背を浮かせながら再びクロールを始める。
彼女に当たらぬように腕の可動を調節しながら水を掻く。岸辺では先回りしていたマチルダがバスタオルを持って待ち構えていた。
「リリィお嬢様!!」
「マチルダ、こちらのご令嬢を!」
「かしこまりました」
岸辺に辿り着き、マチルダに令嬢を託す。
「あとは、頼みましたわ」
「お任せ下さいませ」
マチルダはリリィの目をしっかりと見つめ、力強く頷いた。
リリィもそれに応えるように頷いてから、再び湖へ入水していく。
向かう先はカイゼルが待つスワンボートだ。
リリィならやりかねそうだなと思い……
また、次回!
毎日が筋曜日!




