優雅に爆走するスワンボートに乗って
目先の水面に浮かんでいるのは普通のスワンボートよりも二倍——いや、もしかしたらそれ以上に大きいのかもしれない。中の構造も普通のものより広々と造られている。
上がった息を整えながら降りてきたライルが説明する。
「こちらは、リリィ様専用のスワンボートになります」
「リリィ嬢専用!?」
カイゼルの声が湖畔に響く。
「そうですわ。普通のサイズのスワンボートですと席が狭くて乗れませんの……。どうしても乗ってみたかったので工房に頼みこんで造ってもらいましたの」
「あの、工房でか?……本当になんでも造れるんだな」
「ええ。工房の方々には尊敬しかありませんわ。無理をいって、この羽も可動式にしてもらいましたの。ペダルを漕ぐと羽ばたくように動きますのよ」
「……それは、すごい技術だな」
カイゼルは感心しながら、羽の造りをじっくりと眺めている。そんな彼の姿を柔らかな笑みで見つめながらリリィはドレスのポケットを漁った。
「湖ですので、こちらをかけなくてはいけませんわね」
彼女が取り出したのは、鋼鉄製の縁に黒曜石のようなレンズが嵌め込まれた、「軍用なのか?」と問いただしたくなるような重厚なサングラス。
それをスチャッとかけ、帽子をマチルダに託し、リリィはスワンボートの前席に颯爽と乗りこんだ。
リリィ専用に改造されたそれは、彼女が前席に乗っても広めで、足をペダルにかけても無理なく動かせるように造られている。どこもかしこもしっかりと計算し尽くされていた。
カイゼルが後部座席に乗ったことを確認してから彼に声をかける。
「それでは、カイゼル殿下。しっかり、お掴まりになってくださいませ」
「よく掴ま——うおっ!?」
言いかけた瞬間、スワンボートがグンッと力強く前進した。
リリィが漕ぐスワンボートは湖面にその美しい白鳥の姿を映しながら進んでいく。
「まあ!水面がキラキラとしていて、とても綺麗ですわね」
窓枠に肘をかけ、優雅に微笑むリリィ。サングラス越しに湖を眺めるその姿は、まるで余裕に満ちた貴婦人だ。
しかしその実、ボートは爆速で湖面を駆けていた。
「——何あれ!?本当に、スワンボート!?」
カーブを攻めた瞬間、湖畔に立っていた家族連れの子供の叫び声が近づいては遠ざかっていく。
「カイゼル殿下、いい風ですわよ」
リリィは涼しい声でカイゼルに話しかける。
どこからどう見ても”漕いでいる”のに、ペダルが止まってみえる。湖面からは豪快に水飛沫を上げ、ボートの軌道には白い航跡が残っていた。
後部座席のカイゼルは窓からそっと湖面を覗きながら、恐怖と優雅の板挟みにされていた。
「リ、リリィ嬢!!……そっ、想像と違う!!もう少し速度を……」
「まあ!カイゼル殿下ったら。褒め言葉なんていいんですのよ」
「ほっ、褒めてないいいいい!」
嬉しさのあまり、リリィのペダルを踏む力がさらに強くなる。加速したスワンボートは器用に他のボートを避けながらどんどんと進んでいく。
リリィたちが脇を通り過ぎるたび、他のボートに乗った貴族たちは唖然としながら彼らを見つめるのだった。
まさに本物の白鳥のように上半身は優雅に、足元は忙しく
また、次回!
毎日が筋曜日!




