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1.現実か、幻か

——ワン、ツー、拳。

——ワン、ツー、拳。

——ワン、ツー、拳。


ドレスの裾をひらり、ひらりと翻し、鋭い一閃を放つ。

戦場の中で舞うように拳を振るう姿。


そしてあの大きな背中。


それら全てがまぶたの裏に焼きついて離れない。

ゆっくりと微睡の中から這い上がる。


「ん……」


意識が覚醒しだすと、嗅覚も正常に機能しはじめていく。薬草や消毒用のアルコールのツンとした匂いが鼻腔をくすぐった。


ふと、薄らと目を開けたカイゼルの視界に飛び込んできたのは天幕の内側に吊るされた小さなランプの灯。

ぼんやりと揺れる光の中で天幕が風にそよぎ、淡く影を落としている。


「……こ……こは……?」


出したつもりの声は掠れていた。喉が痛み、口の中が乾ききっていた。


「……目を覚まされましたか、カイゼル殿下!」


初老の侍医の駆け寄ってくる足音が布を踏む微かな音とともに響く。

彼はすぐさまカイゼルの冷えた額に手を置き、瞳の動きを確かめはじめた。

ほっと安堵の息をもらした侍医を静かに見つめながらカイゼルは口を開いた。


「水を……」


頷いた彼は水差しから銀の椀に水を注ぎ、慎重にカイゼルの口元へと差し出した。


「どうぞ、カイゼル殿下。少しずつ……」

「……すま……ない…」


カイゼルは彼の手を借りながら、椀に口を寄せる。

冷たい水が喉を潤し、少しずつ感覚が戻ってきた。


「ここは、本陣の療養場です。殿下は激戦のさなか、意識を失われ……。幸い、大きな後遺症はないようですが、数日間昏睡状態でした」

「……他の者たちは?……生き残った騎士たちは、無事なのか?」


侍医は一拍置いてから、静かに頷いた。


「はい。殿下と共に最前線にいた部隊の半数は、一命を取り留めております。皆、重傷ではありますが順調に回復に向かっております」


カイゼルは小さく安堵の息をついた。

だが、その表情に浮かぶ影は晴れることはなかった。


記憶の奥にはっきりと刻まれているあの光景が頭の中で再生される。


「……あの影は……?」


侍医の顔にわずかな困惑が浮かんだ。


「影……といいますと?」


カイゼルは上体を起こしかけ、噛みしめるように言葉を紡いだ。


「……あの戦場でもうここまでかもしれないと思った矢先、俺の前方にそれは現れた。……その影はドレスのようなものを纏っていた。そして、拳だけで敵を叩き伏せたんだ」


侍医は奇怪な影についての話に、目を丸くする。


「ドレス……拳だけでですか?……それは、とても奇妙な話ですね」


カイゼルの眉間に皺が寄る。


「……いや……わからない。もしかしたら……俺が都合のいい幻を見たのかもしれないな」


起こしかけた背を、再びベッドに沈ませる。


侍医は一歩踏み出しかけて、言葉を飲み込んだ。

信じがたい話のはずなのにカイゼルの目に宿るものに押されるように、ただ静かに黙した。


「何もできなかった自分を、誰かが助けてくれたって……そう思いたかっただけかもしれないな……」


自嘲気味に笑うカイゼルの声は、かすかに震えていた。


風が天幕の布をそっと揺らす。外では医療係たちが低く声を交わしながら傷ついた兵の処置に追われている。

この場所には、かろうじて生き延びた者たちの痛みと安堵が混在していた。


だがカイゼルの天幕の中は静かだった。まるであの夜から時が止まっているかのように。


「……カイゼル殿下。お身体も、心も、まだ十分に癒えておりません。……どうか今はご無理をなさらず、お休みくださいませ」

「そう……だな……」


侍医の言葉にカイゼルは、うっすらと目を閉じる。


心は未だ嵐の中にある。だが、疲労に蝕まれた肉体は睡魔には抗えない。

意識が再び眠りへと引き戻されていく。


——あれは現実か、はたまた幻か。


天幕の隙間から差し込む月光がカイゼルの横顔を柔らかく照らす。

静寂の中、浅く安らかな呼吸が天幕の中にそっと響いていった。


物語はまだまだ始まったばかりです

ここからどんどん楽しい展開が待ち受けています

また、次回

毎日が、筋曜日!


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