ほかの人よりも少し大きいだけ
リリィはにっこりと微笑んで、まるで特別なことは何もないと語るかのように言った。
「わたくし?……そうですわね。ほんの少しだけ、ほかの人より大きいだけの『ごく普通』の令嬢ですわ」
セラフィナはその答えに目を細めて微笑みながら、次の問いを重ねた。
「……そう。カイゼルから、あの夜の出来事をお聞きしました。あなたは剣も盾も持たず、拳ひとつで敵を倒していたとか……なぜ、そのような戦い方を?」
「わたくし、戦闘時に生じる『間』が嫌いですの」
「間……と申しますと?」
セラフィナは静かにカップを置き、興味深げに首を傾げる。
「たとえば、剣や槍は構えや振り抜きの際にどうしても時間が生まれます。その隙を作らず、最短距離で確実に打ち込む方が合理的と考えましたの」
「ふむ……。確かに、そういった隙は存在しますものね」
セラフィナの声に、理知的な納得が滲む。
「なるほど、あなたの戦い方は常人とは違いますのね。筋肉質で鋭敏。そして令嬢らしからぬ力強さですもの」
リリィはその言葉に、ふわりと微笑んだ。
「そう見えますか?わたくし自身はただ、自分の体を素直に鍛えて思うままに使っているだけです。特別なことは何も……」
「その謙遜さがまた、魅力なのでしょうね。ですが……その普通の中にある非凡さこそが、あなたの強さの源なのでしょう」
リリィは少し目を見開いてから、嬉しそうにはにかんだ。
「非凡と言われると照れますが……そう言っていただけるのであれば光栄なことですわ」
「……リリィ。あなたのような方がヴェルティエ王国にいることは、本当に心強いことですのよ?」
セラフィナを真っ直ぐ見つめ、リリィは真剣な表情でお礼を告げる。
「ありがとうございます。これからも、わたくしなりにできることを尽くして参りますわ」
「——ふふっ、ますますあなたの事を知りたくなりました。よろしければ、もう少しお話をうかがってもよろしいかしら?」
「ええ、喜んでお答えいたしますわ」
そしてセラフィナが満足するまで、二人の談義は続いたのだった。
褒章の儀を見届けたカイゼルはリリィとセラフィナのやり取りを思い返しながら廊下を歩いていた。
セラフィナは王妃として常に気を張り、感情を過度に表に出すことをあまりしない。
だが、リリィの前ではリラックスした状態で会話をしていた。
ふっと柔らかな笑みが自然とこぼれた。
(……また彼女と話す機会を設けた方がよいだろう。きっと母上は喜んでくれるはずだ)
少し落としていた視線の先——向かいから来ていた人物の靴先が視界に入った。
「これはこれは」
かけられた声だけでカイゼルは即座に誰が目の前に立っているのか把握した。
(気づくのが遅かった。……厄介な相手に捕まったな)
興醒めした気持ちのままカイゼルは顔を上げた。
「カイゼル殿下ではありませんか。……何か良いことでもおありでしたかな?」
静かな問いかけだが、彼の目は下弦の月のように弧を描いていた。
その視線は一見すれば優しげに映る——だが、細められた隙間から覗く瞳はカイゼルの考えの先を見透かすかのような鋭利さを孕んでいた。
カイゼルはルドルフ・エルドリッジの視線を真っ向に受けながら答えた。
「まだ詳しい詳細は伝えられないが……新たな政策が動き出しそうでな」
「それは何よりでございますな。さすがは殿下、お若いながら先を見通すお方だ。きっと国の未来も盤石となりましょう」
冷たく艶めく銀髪を整髪料できっちりと撫でつけ、神経質なほどに整えられたスーツを纏っている。
彫りの深い顔。眉間に刻まれた深いシワは、彼が歩んできた苦悩と栄光、そのすべてを物語っていた。
「ルドルフ宰相にも、また力添えを頼むかもしれない。その時は頼む」
宰相は胸を張るように伸びた背筋をさらに反らした。
「お任せを。殿下のご期待以上に働いてご覧にいれましょうとも」
「……頼もしい限りだ」
形式的な笑みを浮かべ、王族としての礼節だけを残した。
口ではそう言いながらも、カイゼルの瞳に温度はなかった。
(利用できるうちは使う——だが、腐敗すれば……)
ルドルフが満足げに去っていくのを見送りながら、先ほどまでの柔らかな笑みはすでに消えていた。
これにて、褒章の儀 閉幕です
次は、孤児院編がスタート
毎日が筋曜日!




