筋肉に顔をうずめて
「君、リリィ嬢に失礼——」
「はぁぁぁぁ!これこれ!この筋肉、堪らないねぇ!!最高だねぇ」
彼女はリリィの胸筋に遠慮なく、すりすり、グリグリと顔面を擦りつけている。
言葉を遮られたカイゼルは若干、引き気味に口を開けたまま、その光景にしばらく唖然としていた。
リリィはしがみついている女性に対して、カーテシーを決める。
「アンネリーゼお姉様、お久しぶりですわ」
「いいんだよぉぉ!!そんなに丁寧じゃなくて!お姉ちゃんなんだからぁ!!」
筋肉に埋もれながら、くぐもった声でアンネリーゼが答えた。
「そんなことは出来ませんわ」
“姉に対しても礼儀正しく”がさも当たり前だというように、リリィはキッパリと言い切った。
そう、何を隠そう——いや、全く何も隠れてはいないがアンネリーゼは大の筋肉好きだ。但し、リリィ限定の。
二人のやり取りを聞いたカイゼルは、まばたきを繰り返しながら驚きの声を上げた。
「リッ、リリィ嬢の姉上!?これは、失礼致しました」
「すみませんねぇ、殿下!リリィの筋肉を目にしたら、いてもたってもいられないもので」
いまだにリリィに引っつきながらアンネリーゼが返す。
「アンネリーゼお姉様、カイゼル殿下に失礼ですわ」
「しょうがないだろぉぉぉ!!久方ぶりのリリィの筋肉だぞぉぉぉ!!存分に楽しまないでどうする!」
濃い紫色の瞳をこれでもかっと見開つつ、心底嬉しそうな笑みをリリィへと向ける。
そんなアンネリーゼを、リリィは困ったように眉を少し下げながら見つめた。
「俺はぁ、こうなることがわかっていたから呼ばなかったんだ。集中してたら来ていても分からないと思ったんだよ」
リリィの後ろで、ザムエルが頭を片手で押さえ、やれやれとため息をついた。
「ザムさん、酷い!!」
アンネリーゼは再びリリィの筋肉にグリグリと頭を押しつけながら文句を垂れている。
「アンネリーゼお姉様、カイゼル殿下にご挨拶を……。これ以上は不敬ですわ」
「しょうがないなぁ……。リリィの姉のアンネリーゼです」
渋々といった様子でリリィから離れたアンネリーゼはカイゼルと向き合い、頭を下げながら名乗った。
「……これはこれは、リリィ嬢の姉——」
カイゼルが言い終える前に、アンネリーゼはさっさと踵を返して再びリリィにしがみついた。
「これでいいんだろ?リリィ」
「はぁ……仕方のないアンネリーゼお姉様ですわ」
リリィは軽いため息をついたが、観念したようにほんの少しだけ口元を緩めた。
「……相変わらず、全力でいらっしゃいますわね」
その一言に、アンネリーゼはさらに嬉しそうにリリィの胸筋に顔をうずめる。
「当たり前だろぉ!!リリィの筋肉は、家族の誇りだぞ!!」
「…………」
(……やれやれですわ)
そう思いながらも、リリィはアンネリーゼを引き離そうとはしなかった。
その後、職人たちによって無理矢理引っぺがされたアンネリーゼは、工房の前で泣き叫びながら二人を見送ったのだった。
女性の正体はまさかのリリィの姉でした
次回は、カイゼルがとうとう真相に迫る?
毎日が筋曜日!




