筋肉?それは装備ですわ
「お話ですか?このあとは、特に予定もございませんので大丈夫ですわ」
「では、待っていてくれるか?」
「ええ、もちろんです」
カイゼルはほっと胸を撫で下ろしてから、ふと思い出す。
「そういえば、外にフェザースノウ家の馬車が見当たらなかったのだが……」
「本日はフェザースノウ邸から運動がてら、歩いて来ましたの」
リリィは何でもないことのように、さらりと言い放った。
「えっ!一人でか? 侍女も、護衛すらもなく……?」
カイゼルは呆気に取られながら目を見張った。
「ええ。特に問題はございませんでしたわ」
「問題だらけじゃないか!ご令嬢が一人で歩くなど、非常識にもほどが——」
言いかけた言葉に被せるように、後ろにいた護衛がそっと咳払いした。
「んん!……あの、カイゼル殿下?あの方はどう見ても、お一人でも何の問題もないと思われます」
「いや、しかしだな……!」
「もし仮に襲撃者が現れたとしても、どうにかするのはあちら側かと……」
護衛の言葉にリリィがくすっと笑ってから、軽く両手を広げた。
「護衛の方のおっしゃるとおりですわ。わたくしの装備は常に完璧ですの」
「……装備?」
「筋肉ですわ。ほら、前腕と体幹には少々自信がありますのよ?」
リリィはお茶目にパチリと片目を閉じてみせた。
「……!」
(……そういえば……そうだった)
カイゼルは小さく息を呑みながらも言葉を続けた。
「それでも一人で歩いていると聞くと……やはり心配になる」
「どういうことですの?」
言っている意味がわからないと、リリィは小首を傾げた。
「鍛え抜かれた体も、冷静な判断ができるのも。見聞きすればすぐにわかる」
言葉を選ぶように少し間を置き、カイゼルは真っ直ぐな視線をリリィに向けた。
「それでも君は一人のご令嬢だ。強さとは別のところで大切にされるべき存在だと俺は思っている」
その言葉には、彼女を案じる想いが滲んでいた。
リリィの瞳が見開かれ、わずかに揺れた。
一瞬、言葉を失いかけたが——すぐに穏やかに微笑んだ。
「……そのように言っていただけるなんて思ってもみませんでしたわ。カイゼル殿下、ありがとうございます」
心の奥に小さな火が灯るような感覚。
それは“強さ”を求められるのとはまた別の温度だった。
「けれど——わたくしは、ただ好きで歩いているだけですの。自らの足で、わたくしたちの街を」
「……それも、君らしさの一つなのだろうな」
「それに馬車に乗っていたら本来の街の姿が見えるものも、見えなくなりますわ」
リリィの言葉を聞いたカイゼルはふと視線を落とし、わずかに目を細めた。
まるで心のどこか深い場所に、静かに答えが落ちてきたかのように。
やがて、納得と共に穏やかな笑みが浮かんだ。
「……君には、気づかされてばかりだな」
それだけを呟くと、それ以上言葉を重ねることはなかった。
「それでは、どうぞ……ごゆるりと視察を行なってくださいませ」
「ああ」
彼を見つめながら、リリィはにっこりと微笑んだ。
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