魔獣の住む森で
足取りが分かるように、護身用に選んだ斧で木の樹皮にバツ印をつけながら、さらに森の奥地を目指していく。
しばらくすると、小高い山の麓に辿り着いた。
そこには雨風を凌ぐには十分な岩陰があり、かつて獣が寝床にしていた痕跡が僅かに残っていた。
足に魔力を宿し、走り回っていた時に偶然みつけた場所だった。
「今夜は、久々の野宿ですわね」
さっそく寝床作りを始める。
まず、最奥まで進み、岩肌を背に、体を休めるのに適した場所を決めていく。
足元の小石や枝を払い、地面を均一になるように整え、その上に乾いた草を層になるまで敷き詰める。
革袋から油布を取り出し、広げて端を石で押さえた。
荷を用意してくれたのはマチルダだった。
別れ際にした会話が脳裏によぎる。
『わたくしは、獣棲東域へ向かいますわ!』
王宮から疾走しながらフェザースノウ邸へと舞い戻ったリリィは、マチルダの前で開口一番にそう告げた。
(皆さまを巻き込むことになってしまうのなら——いっそのこと……)
瞳孔が開き、視界が僅かに揺れる。
身体中の血が沸き立つように熱くなり、今にも暴れだしそうだった。息は乱れ、意識が飲み込まれそうになる。
マチルダはリリィの表情を一目見るなり、全てを察したように頷いた。
『かしこまりました』
彼女は言葉少なに、いくつかの品を口紐のついた革袋に詰めてくれた。
『こちらは肩に掛けられますので、両手は空けておいてください。斧の手配はノエルに。東地区の入口付近に置かせます』
『ありがとう、マチルダ』
手際良くリリィの身なりを整えながら、マチルダは静かに続けた。
『リリィお嬢様。無事に、戻ってきてください』
いつもと変わらぬ表情——けれど、声音にはリリィの身を案じる気持ちが込められていた。
『ええ、必ず』
マチルダの想いに応えるように力強く頷き返すと、リリィは荷を携え、足早に屋敷をあとにした。
また次回
毎日が筋曜日!




