護身術指導
城下町の中心に位置する噴水前には大勢の大人から子供まで、幅広い年齢層が集まっていた。今日から月に一度、市民に向けての護身術指導が始まる。
彼らの前にはリリィ、騎士団の面々——そして退役軍人が数名ほど立っていた。端には、視察と称してカイゼルの姿もあった。
リリィが一歩前に進み、開会の言葉を述べていく。
「お集まりいただき誠にありがとうございます。本日から月に一度、皆さまには身を守る術を学んでいただきます」
噂の令嬢を前に市民たちは少し騒めきながらも、彼女の言葉に耳を傾ける。だが、彼らの視線はリリィとカイゼルの間を行き来していた。
「日常の中には——ときに、危険なことも起こります。魔物への備え、護身術、災害時の初動について。自身の安全を守る方法を知っていれば、いざという時に役立ちますわ」
開会を済ませると、リリィはてきぱきと指示を飛ばしていく。彼女の采配により、グループ分けされた市民たちの中に指導者が一人一人ついていった。
「まずは、わたくしが手本をお見せいたしますので……ギルベルト団長様、相手役をお願いいたします」
その言葉に市民の視線が、一斉にギルベルトへと向かった。
「わっ、私ですか?ですが……」
適任者がすぐ傍にいるだろうと、ギルベルトは狼狽えながらカイゼルを見遣った。案の定、カイゼルの表情は曇っている。
言わんこっちゃないと、ギルベルトの胃がキリキリと痛みだす。
「……何か問題があるのでしょうか?」
リリィは純粋な気持ちのまま、小首を傾げた。その無垢な仕草が、ギルベルトにさらに追い討ちをかけていく。
「俺が相手役をやろう」
カイゼルが二人の会話を遮りながら、前に進み出る。彼の声音には少しの苛立ちが滲んでいた。
目の前に立ったカイゼルと向き合う。幾度となく交わしてきた視線が重なった。
その瞬間——風が吹いていないにもかかわらず、リリィの髪がごくわずかに、ふわりと舞った。心臓がトクトクと脈打ち、全身が熱を持つ。
「……では、お願いいたします」
何食わぬ表情でリリィは説明を始めていく。
「では、まずは腕を掴まれた時の対処を。力ではなく、角度で外すのが基本ですわ」
カイゼルに自身の手首を掴むように促す。彼は静かに頷き、指先でリリィの肌に触れた。
(……っ!)
指導だから問題ない。
そう思っていた。
けれど、手首を取られた瞬間、“彼の手だ”と認識してしまった。
下半身は微動だにしていないのに、彼女の足元で砂利が細かく弾ける。
リリィが手首を軽く捻ると、カイゼルの手が自然に外れ、参加者たちから小さな驚きの声が上がった。
「このように、簡単に解くことができますわ。それでは皆さんも実践へと移ってください」
彼女の声に従い、参加者たちは手本通りに習得していく。その様子を確認してから、指導を次の段階へと進める。
払う、反転するなどの軽い護身動作を通してカイゼルと接していく。
巧みに回避していくリリィに、参加者たちからはどよめきが起こった。
だが、カイゼルの表情だけは優れなかった。微細な違和感に、眉間に皺がよる。
(——何かが、おかしい)
リリィの動作は、決して大きなものではない。
なのにも関わらず、普通ではありえないような現象が彼女の周りで生じていた。
カイゼルはそれらを、視界の端で捉えていた。その時の彼女の反応をつぶさに観察してみる。
(リリィは……気づいていないようだな)
普段と変わらぬ様子で指導を続けるリリィを、この状況下で止めることは憚れる。
カイゼルは終わり際に声をかけようと心に決め、彼女の動きから目を離すことなく静かに見守り続けた。
また次回
毎日が、筋曜日!




