戦場を知る微笑み
再び顔を上げたリリィは場内を見渡し、はっきりと問う。
「騎士団の団長様はいらっしゃいますか?」
彼女の呼びかけに王族の傍に控えていた一人の壮年の騎士が進み出る。
黒髪に銀が混じった髪を後ろでまとめたその男は、式典の警護を任されているギルベルトだ。
彼の視線がリリィと交わった瞬間、息が止まった。
それは“畏れ”とも“直感”ともいえる、体の奥を打つ警鐘だった。
目線の先の令嬢は決して声を荒げることも、睨みつけることもしていない。
それどころか、どこまでも上品で所作一つにも曇りがない——にもかかわらず。
その立ち姿に、ギルベルトは戦場の空気を感じた。
無駄のない動き。背筋の通った姿勢。揺るがぬ重心。それは数多の死線を越えてきた者だけが持つような“隙のなさ”だった。
(あれは……本当に令嬢なのか?)
ギルベルトの背にひやりと冷たいものが走る。
そんな感情をなんとか押し隠し、軍務を全うするようにリリィの目の前まで歩みを進めた。
「私が団長のギルベルト・クラウスだ」
リリィは僅かに声音を落とし、ギルベルトだけに届くように話し出した。
「こちらの方、裏手にある庭園の一角でご令嬢に対して無礼を働いておりました。処分については騎士団にお任せいたしますわ」
小脇に抱えていた男をギルベルトの元へと差し出す。
ギルベルトがそれを受け取ろうと手を伸ばした瞬間。リリィはふと、にこりと微笑みながら付け加えた。
「それと——王宮の警備配置、あまりにも手薄ですわね」
その言葉にギルベルトの表情が一瞬でこわばる。
口元が引きつり、喉がごくりと鳴った。
「……そっ、その通りでございます……」
彼女の鋭い指摘に、思わず口調が改まる。
(……やはり、ただの令嬢ではなかったか……)
彼の返答には誤魔化しも、反論もなかった。
なぜなら、図星だったのだ。
庭園の死角も、衛兵の配置さえも——すべて彼女には“見えていた”のだ。
ギルベルトは男の重みを両腕に受けながら、二度とこの令嬢を侮ってはならないと心の底から理解した。
また次回!
毎日が筋曜日!




