レッスンの始まり
王妃教育に使われる王宮の東棟は、専門分野ごとに部屋が割り振られた特別区画だ。
二階には、宮中作法を学ぶ小広間を中心に、礼法用の応接サロン、外交講義のための小会議室が並ぶ。
一階には、広々とした舞踏練習ホールと、音響の良い音楽室が配置されている。
リリィの王妃教育が終わると、教師たちは一階奥のサロンへと集まり、その日の振り返りを行う決まりになっていた——。
しかし、指導を終えて戻ってきた彼らの表情は、一貫して冴えない。眉尻は垂れ、視線は床の一点に落ちたまま。誰も彼もが深くソファへと沈んでいく。
とうとう耐えられなくなった一人の教師が、顔に手を当てて堰を切ったように語りだした。
「長年、次期王太子妃の方々にご作法についてお教えしていましたが……あぁ、なんてことでしょう。本当に、一度で全部飲み込まれてしまったのですよ!説明も途中で『あ、つまりこうですわね?』と補足されて、返す言葉もなく……」
最初に嘆いたのは宮中作法を担当しているマデリンだった。
「わたくしは礼法ですが……正直に言わせていただきますわ。初日であの完成度は異常です。これでは、わたくしたちの存在意義が……」
彼女の隣で、震えながら扇子を強く握りしめているのはライネルト夫人。
「分かりますよ……そのお気持ち。あの若さで国家間の利害をあれほど冷静に見抜くとは、正直、驚きを禁じ得ません」
向かい側では、元外交官であるルーカスも共感をあらわにする。
「動きの癖がないのはわかります。しかし……なぜ初見でステップを踏めるのか、理解ができないのです」
最後に舞踏教師のソフィアが呻いた。
どんよりと重い空気の中、サロンの扉がノックされ、王太子付きの侍従が先に現れる。
「陛下のお遣いで、カイゼル殿下がお見えです」
教師たちは慌てて立ち上がった。
カイゼルが室内に静かに足を踏み入れる。
憂いを帯びた彼らの表情を見回し——眉を潜めた。
「どうした? まるで戦場帰りのような顔をしているが」
カイゼルの問いかけに、マデリンが真っ先に口を開く。
「リリィ様は少しだけ席を外しています。カイゼル殿下、リリィ様が優秀すぎて我々の出る幕が——一切、ございません」
「……は?」
また次回
毎日が筋曜日!




