外套を纏った男
その後も拳闘は続いていった。
だが、リリィの動きは衰えを知らず、むしろ冴えわたる一方だった。
候補者たちはその持久力に驚き、思わず舌を巻いた。
そしてついに、場に残るのは最後の一人となる。
彼の背に、全員の視線と期待が集まっていく——。
外套を身に纏い、フードを目深に被った男がリリィの前へと進み出る。
「恐れ入りますが、お名乗りいただけますでしょうか」
つい先程までとは違った、マチルダの硬い声掛けにリリィの耳がぴくりと反応した。
フードを掴んだ男が勢いよく外套を脱ぎ捨てた瞬間——リリィの心が震えた。
思わず息を呑み、薄紫色の瞳を大きく見開いた。
鍛錬場に烈風が駆け抜ける。
陽光を浴びて煌めく黄金の髪を風がさらい、整った顔立ちとサファイアのような碧い瞳が露わになる。
彼は鍛錬用の軽装だった。
だが、シンプルな格好でありながらも内から溢れ出る王族の威厳は決して消えることはない。
周りの候補者たちが騒めく中、フードの男は決意に満ちた声を響かせた。
「俺はカイゼル・ヴェルティエ。この国の第一王子だ。しかし、本日はこの場における一切の言動について王族としての責務を一時放棄し、私的な想いを告げる者として臨むことを——ここに宣言する!」
カイゼルの一言に、よりいっそう大きな喧騒が巻き起こる。
「今、私的な想いって言ったよな!まさか……ええっ!?嘘だろ!?」
「王族に拳を!?絶対に不利なんじゃないか?」
そんな彼らの声を背中に受けながら、リリィはカイゼルに問いかけた。
「……カイゼル殿下。何故、こちらに……?」
「さきほど、述べた通りだ。父上たちにも申し出し、許可証をいただいてきた。ここに書状もある」
カイゼルは懐から一通の紙を取り出し、リリィに差し出した。
彼女は曖昧な表情のままそれを受け取り、素早く目を通す。
「…… 参加を許諾する」
文末には、確かに二人の名と王家の紋章が刻まれていた。
両親の言葉を思い出し、カイゼルはふっと笑みを浮かべた。
「父上たちはこう述べられた。『あなたが本気で彼女を想っているのなら、全力で挑みなさい』と」
「……っ!」
リリィの心が大きく揺れる。
震える腕をもう片方の手で掴み、彼女は瞳を閉じる。
自身の中の迷いを断ち切るように、深く何度も呼吸を繰り返す。迷いを吐き出し、闘志を吸い込む。
やがて、目を開いたとき、その涼やかな瞳には戦意が満ちていた。
「わたくしは、お相手がこの場に立ったのであれば——王族であろうと不敬にあたらぬ限り、拳を振います。それでも構いませんか?」
「リリィ嬢、それでいい。それでこそ俺が好きになった人だ」
リリィの胸がドキンと跳ねる、だがその気持ちを抑え込むように拳を握りしめる。
(彼のためにも決して負けられないですわ!)
(絶対に降参と言わせて、きちんと想いを伝える!)
二人の気持ちが交差する中、マチルダが静かに号令を出す。
「それでは——始め!!」
リリィは腕を振り上げ、鋭い拳の一閃がカイゼルめがけて放たれた。
だが、彼は構える気配すら見せない。
候補者たちが固唾を飲んで見守る中——突如、激しい砂嵐が二人を包んだ。
また次回
毎日が筋曜日!




